第36話 クエストか!

「やめないか」


 カール兄様が女の子を捕まえ様とした男の腕を掴んで止める。

 その隙に俺が女の子に声を掛けた。


「大丈夫? あの人は強い騎士だからもう安心だよ」


 安心させる様に微笑むと、怯えていた表情が少し緩んだ。

 抵抗しようとして組み伏せられている男を横目に転がっている食材を袋に入れて女の子の元へ戻り、立ち上がる為に手を差し伸べた。


 女の子はお礼を言っておずおずと手を乗せて立ち上がろうとしたが、足首を捻ったらしく顔を顰めて座り込んでしまった。

 見ると結構酷く腫れ上がっていた、余程酷くぶつかられたのだろう。


「ちょっとごめんね、治癒魔法ヒール


 足首に手を当てて治癒魔法を掛ける、腫れが酷くてマシにはなったが完治した手応えはなかった。


「ごめんね。 俺じゃあ完治は無理だったよ、でも明日には普通に歩けると思うよ」


 完治させられなかった事を謝ると、ブンブンと手と首を横に振った。


「とんでもない! 助けてもらった上に治癒魔法まで掛けてくれたのに謝らないで!」


 カール兄様は駆けつけた警備隊にこっそり身分を明かした上で事情を話して男を引き渡した。

 保養所に騎士団が滞在している事を知っていたのか、恐縮しながらお礼を言って男を連行していった。


「カール兄様、彼女足首を酷く捻ったみたいで治癒魔法でも完治できなかったんです。 家まで送ってあげたいから背負うか抱き上げるかして連れてってもらえませんか?」


 上目遣いで頼むとふたつ返事で了承してくれた。


「クラウスは優しいな、兄様は嬉しいぞ」


 俺の頭を撫でてから女の子を軽々とお姫様抱っこで抱き上げた、女の子は見る見る真っ赤になる。

 近衛騎士になれる程に眉目秀麗な男性に町娘が抱き上げられたんだから当然といえば当然の反応なのかもしれない。

 実際、抱き上げた瞬間周りに居た年頃の女性達から黄色い声が上がった。


「娘、家まで送って行くから場所を教えろ」


 折角平民の格好をしているのに全力で貴族だと言っているも同然の対応をするカール兄様、女の子も相手がただの平民ではない事に気付いたのかアワアワしながら「あそこの看板の店です」と食堂の看板を指差した。


 カール兄様が歩く後ろを食材の入った袋を持って追いかけた。


 食堂に着くと昼時から時間はずれているというのに賑わっている店の中から、女将さんらしき人が抱き上げられた女の子を見ると慌てて出てきた。


「どうしたんだい!?」


「酔っ払いに絡まれて怪我したのを助けてもらって、わざわざここまで送ってくれたの」


 女の子が説明すると、女将さんがペコペコと頭を下げてお礼を言う。


「まぁまぁ、それはありがとうございます! ちょっと店が立て込んでおりまして大したお構いできませんがお茶だけでも飲んでって下さい」


「気にするな、娘を中へ運ぶ。 どこへ運べば良い?」


 俺に対する時と違ってどちらからと言えば無愛想な対応だ。

 

 店内に入ると満席状態で娘さんが居ないと客に対応しきれないのでは…と心配になった。

 女将さんは客に謝りながらカール兄様を店の奥の住居スペースに案内した。


「カール兄様、お嬢さんも怪我してお店が大変そうだからお客さんが減るまで手伝って行こうと思うんですけど、いいですか?」


 女の子を椅子に座らせたカール兄様が俺の言葉に驚いた顔をして振り返った。


「本気か?」


「はい、大丈夫ですよ。 最近は街で食事したりするから接客の仕方ならわかってますし、女将さん一人じゃ大変そうですもの。 カール兄様は身体が大きくて接客には向かないからここで待っててください」


 女の子も俺達の会話を聞いて唖然としている。


「お待たせしました、ゆっくり休んでって下さい」


 女将さんが三人分のお茶を持って現れたので、お手伝いを申し出た。

 最初は恐縮して断っていたが、社会勉強も兼ねてやりたいと注文方式と支払いのタイミングを聞き出すと、申し出自体はありがたかったのか最終的にお願いされた。


 出来上がったものは持って行くテーブルを料理を作ってる大将に言ってもらい、その都度教えてもらう事にした。


「お待たせしました、海鮮パスタのお客様」


 普段聞かない丁寧な言葉使いだったのか、戸惑った様に返事をするお客さん、できるだけ音を立てない様にお皿をテーブルに置く。


「ごゆっくりどうぞ」


 にっこり微笑んでテーブルを離れる。

 新たに三人の客が来た。


「いらっしゃいませ、お客様三名様ですか? こちらのお席にどうぞ」


 問われてコクコクと頷くお客さん。

 空のコップを三つトレイに乗せて呪文を唱える。


水球魔法ウォーターボール


 ポチャポチャポチャとコップの中に冷たい水が現れる。


「あちらの壁にメニューがございますので、お決まりになりましたらお呼び下さい」


 水を置いてにっこり微笑み、出来上がったお皿を運びに戻る。

 ふふふ、高校の夏休みにファミレスのバイトをした経験が貴族に生まれ付いたのに活かされる日が来るなんて思ってもみなかったぜ。

 

 内心ニヤリと笑いながら愛想良く接客する。

 俺のスムーズな客対応に大将と女将さんだけでなく、店の奥に居るカール兄様と女の子まで唖然としている事に気付かずに。


「ステーキとご飯、大盛りきのこパスタ!」


「はいよ!」


 もうそろそろ大丈夫かなと思った頃、女将さんが威勢の良い返事と共に運ぶ料理を思わず二度見した。


「ご飯…」


 探していた日本米と同じ見た目のお米がそこにあった。

 人の役に立って目的の情報が手に入るなんてゲームのクエストみたいだと思っていると、女将さんにもう大丈夫だからと奥で休む様に言われた。


 奥に居た女の子にこの店で使っている米の事を聞くと、陸路だと三日掛かるが船だと半日掛からない湾の向こう側で作られている米だという。

 取り扱いのある店の場所を聞いて食堂を出る事にした、お礼をしたいと言われたがお店の情報がお礼として充分だと言って出てきた。


「カール兄様、待たせてしまってごめんなさい。 でもお陰で目的の物を見つけられましたよ」


 嬉しくなって繋いだ手を大きく前後に振りながら教えて貰った店に向かった。

 一番目立つ大通りではなく、三番手くらいの通りにあったので教えて貰わなければ見つけられなかったかもしれない。


 海流を利用すれば一日で往復できるお陰か王都で売ってる細長い米よりも安かった。

 米だけで食べる人はそんなに多くないらしく、王都では早く火の通る味付けされた細い米とパン、そしてパスタが主食として食べられるらしい。

 なのでわざわざ買い付けてまでこの日本米(短米と言うらしい)を王都で売ろうという店が無いらしい。


 注文があった時だけトーサブシを買い付けに来てる店ならついでに仕入れてくれるかもしれない…。

 そんな計算をしつつ精米された物を五十キロ分を自腹で買ってカール兄様に呆れられつつ保養所に戻る事にした。


 ホクホクした顔で戻ると「久しぶりに兄とお出掛け出来て嬉しくて堪らない」と周りから見られたらしく、ヘルトリング兄弟はお互いが大好き過ぎると認識されてしまった。


 大好きだけど、大好き過ぎるわけじゃ無いと否定しようとしたが、以前の第一寮での頬擦り事件と第二寮の前で頬にキスした姿も目撃されていた事もあり、誰も信じてくれなかった。


 食後、その噂を満面の笑みで肯定するカール兄様の姿を廊下で見かけたので否定する事は諦めた。

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