第35話 到着
二度目の休憩の後、また気分が悪くなったライナーに治癒魔法を掛けて持ち直し、何事も無く浜辺の保養地へと辿り着いた。
ヴォルフは到着と同時に厨房へ向かい、俺達は決められた部屋に自分の荷物を持って向かった。
保養所は四階建てで、一階に食堂や会議室等があり、二階は第一寮、三階は第二寮、四階は第三寮が入ると決まっており、各階に寮と同規模の大浴場とシャワー室があった。
ただし、騎士達は個室だが見習い達は二人部屋で一階に部屋がある。
どうやら管理者達の手が足りない時に雑用をさせられる為らしい。
ジャンケンの結果俺が一人になるはずだったのだが、アルバン訓練官が「見習いの人数も少ないし、夜に子供だけだと危ないかもしれないから」と俺と同じ部屋に寝る事になっている。
食堂へ向かうとヴォルフ達料理人が厨房で忙しそうに調理していた、チラホラと騎士達も食堂に姿を見せていたので焦っているのだろう。
「ねぇ、僕達揚げパスタのおかげでまだそんなにお腹空いてないから手伝った方が良くない?」
「そうだな、出来た物を運ぶだけでも助けになりそうだしな」
ライナーが厨房の様子を見かねて言うと、アルフレートも同意した。
俺も頷き厨房へ向かう、ヴォルフに声を掛けて手伝いを申し出ると料理人達に歓迎された。
ライナーは出来た料理を器に盛り付け、アルフレートがどんどん運んで行く。
俺も空いた皿に清浄魔法を掛けたり追加で作られているスープの灰汁を取っていた。
これでも俺は鍋パーティーの時は鍋奉行の友人にアク代官として指名され続けた女ッ!!(前世)
そんな訳で灰汁取りにはちょっと自信がある、雑味の無い美味しいスープを騎士の皆さんに提供してやろうじゃないか。
真面目にお手伝いしていた俺達は年少組のいない第一と第二の騎士達から微笑ましいモノを見る目で見られていた事に気付いていなかった。
ある程度人が減った頃にヴォルフ達にもう大丈夫と礼を言われて食事する為に食堂側へ向かう。
厨房を出るとカール兄様が待っていた。
「手伝いお疲れ様、一緒に食事をしようと思って待ってたんだ。 クラウスの友人達から普段の様子も聞いてみたかったしな。 アルとも話すのは久しぶりだな」
家族ぐるみの付き合いのあるオレインブルク伯爵家であるアルフレートは当然カール兄様とも面識がある。
俺を女の子と勘違いしてるのを知っていて事実を教えず楽しんで傍観していた内の一人だ。
「カール様は俺が居てもクラウスしか目に入って無い様ですからね」
移動中視界に入っていたはずなのに声を掛けられなかったのを根に持ってか、ジト目でカール兄様を見ている。
「ハハハ、そんな目を向けるなよ、ちゃんとアルの事も見てるさ」
軽くいなしながらアルの頭をクシャクシャと撫でる。
頭を撫でられて満更でもなさそうだ、周りにも一目置かれている騎士のカール兄様に構われて嬉しいのだろう。
ここにビューロー侯爵令息が居たらいきり立ちそうな場面だ。
食事を取ってきてテーブルに着く。
「カール様…とお呼びしてもいいでしょうか? 改めて休憩時に治癒魔法を掛けて頂いてありがとうございました」
ライナーがおずおずと話し掛ける。
「ああ、クラウスの友人だしな。 何か困った事があれば相談していいぞ、手を貸せる事なら貸してやる」
会話をしながらもサラダやステーキ肉がお腹に収められていく、俺の倍くらいあったのに殆どがお皿から消えていた。
会話は普段の寮での生活が主だった、訓練の後の大浴場の反省会や、普段関わる事の多い人達の事。
川での水練の時にヨハン先輩に追いかけられていた話になると、髪の色と目の色や今回参加しているかを確認していた。
害虫認定されたのかもしれない、ご愁傷様。
「午後は移動疲れを考慮して自由行動だが、クラウスは街に散策に行くだろう?」
「行きます!」
勢いよくコクコクと頷く。
「港街までは徒歩だと少し時間がかかるからな、保養所と港街間に馬車の定期便が手配されているから乗って行こう。 あと十五分もすれば出てしまうぞ」
俺の皿に残った食事を見てニヤッと笑う、身体に染み付いたマナーは守りつつ急いで残りを片付けた。
「二人はどうする? 一緒に行く?」
「俺は休憩してから浜辺を走ってみたい、足腰を鍛えるのに砂浜で走るのは有効だとアルバン訓練官も言っていたしな」
「じゃあ、僕もそれに付き合うよ。 兄弟水入らずで行っておいでよ」
食器を返却してカール兄様と二人で散策に行く事になった。
急いで平民に見える服に着替えて馬車の停留所へ向かうとすぐに馬車が来た。
馬車で15分程で港街に着いた、歩けば一時間程かかったかもしれない。
カール兄様が人が多い事を理由に抱き上げるか手を繋ぐかの二択を迫ってきたので、渋々手を繋ぐ事にした。
物珍しい物が並んでいるがなかなか乾物が見つからない。
歩いて喉が渇いたので果実水を買った時に乾物や出汁をとれる物について聞いてみた。
話によると、二百年程前に今までに無い調味料や魚や海藻の加工品を作った変わり者が居たが、薄味な物が多くてこの国では人気が無く、今ではコアなファンの為に細々と商売している初代の子孫の店が一軒あるだけらしい。
きっと俺みたいに転生した人なのかもしれない、二百年前なら自宅で味噌とか作ってる人も多かっただろうし!
その店の場所を聞いてカール兄様の手を引っ張る様にして向かった。
店に着いて感動で震えた。
そこにあったのは紛れもなく鰹節があった、昆布や味噌、醤油みたいな「ひしお」もあった。
鰹節の名前を聞くと「トーサブシ」と言うらしい、開発者の手記が残っているが今では誰も読めないらしい。
お願いすると変わった子だと言いながらも見せて貰えた、紛れもなく日本語だった。
ただ、達筆過ぎて俺にはまともに読めなかった…。
とりあえずわかったのは「トーサブシ」ではなく「土佐節」という事、そういや土佐の鰹のタタキとか有名だもんね。
とりあえず鰹節のノウハウを持った人が転生したのは奇跡だ、日本語で書いてあったから転移の可能性もあるけどどっちでもいい。
神様ありがとう!!
カール兄様に少しずつ返済するから店の迷惑にならない程度に買い占めたいとおねだりしたら、近衛騎士の給料半月分くらい掛かったのに入団祝いをしてなかったからと笑顔で買ってくれた。
嬉しくて抱きついて喜んでいると店員さん共々孫を見る好好爺の様な目をして頭を撫でられた。
商品を次々にマジックバックに入れていく様子をお店の人がポカンと口を開けて見ていた。
聞くと注文が入った時だけ王都から他の仕入れついでに買い付けて行く店が一軒あると言うので店の名前を聞いて書きつけておいた。
後は米があれば完璧だから穀物を扱う店を探そうと食品を扱う店の集まる辺りを歩いていると、前方で品の無い男の怒鳴り声が聞こえた。
揉め事だろうかと人の隙間から覗くと十五歳くらいの茶色の長い髪を三つ編みにした女の子が食材をばら撒いて倒れている横で、昼間から酔っているのか顔を赤くした船員らしき格好をした男がぶつかったお詫びに酒に付き合えと手を伸ばそうとしていた。
助けに行こうと言おうとして振り返ると、分かってるという様にコクリと頷いて手を繋いだまま人混みを掻き分けて現場に向かった。
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