第34話 出発

 保養地へ向かう日の朝、サミュエル先輩に何度も一人で行動するなと念を押されながら部屋を出た。


 出発組はいつもより一時間早い朝食を食べて準備をしている。

 昨日の内に同期で唯一残る水魔法使いのパウルに三日間の洗浄係を任せるお礼にお土産を買ってくる約束もした。


 保養地までは馬で三時間、馬車を使うと五時間程掛かるらしい。

 今から出て保養地に着いたら保養所の管理人達の食事を作っている料理人が下拵えをしてあるので、騎士団の料理人達が仕上げてすぐに昼食の予定だ。


 あまり腕の落ちる料理人を出すと面子に関わるので、大抵は副料理長が選出されるらしい。

 そんな訳で第三寮からはヴォルフが来ている、普段貴族の料理を作っている第一寮の副料理長に気後れしてしまうと零していたが。


 荷馬車三台と、料理人や俺達年少組が乗る馬車が二台、騎士達は各自愛馬で行く事になっている。

 馬車に合わせて移動するので騎馬している者にとってはゆっくりの移動で馬にも負担は少なそうだ。


 馬車は余裕を持って六人乗りが準備されている、途中で怪我や病気になった者を休ませたり治療する場所として使う可能性もあるからだ。


 出発の時間が迫り、馬車へ向かうとカール兄様が愛馬に跨りそこに居た。


「おはようございます、カール兄様。 どうしたんですか?」


「おはよう、クラウス。 保養地まで俺の馬に一緒に乗って行かないか? ちゃんと団長の許可は取ってあるぞ」


 凄く良い笑顔で言われた。

 冗談じゃない、本来馬車で移動するのにカール兄様に乗せてもらったりしたら頬擦り目撃事件(俺的には事件)の二の舞状態になるじゃないか!


 俺は出来るだけ真面目な表情を作り


「カール兄様、これは家族旅行では無く騎士団の行事です。 それなのに身内を特別扱いする様な行動をしては他の方々に示しがつきません、俺は予定通り馬車に乗ります」


 キッパリとお断りすると凄く哀しそうに肩を落とすカール兄様。

 大体何で近衛騎士団長が許可してるんだ、年少組が居ないから構いたいのかカール兄様を揶揄って遊びたいのかどちらかだろう。

 実際このしょんぼりした状態で戻ったら周りに弄られそうだ、一応フォローしておこう。


「カール兄様、自由時間で一緒に散策するのを楽しみにしてますからね? 早く戻らないと隊列を乱したと怒られてしまいますよ」


 ほぼ隊列も揃って後は出発の号令だけの状態なのに俺達兄弟のせいで遅らせるわけにはいかない。


「わかった。 休憩の時に様子を見に来るからな、何かあればいつでも言う様に」


 渋々といった感じだったが、一応納得して戻って行った。

 馬車に乗り込む時にカール兄様の方を見遣ると、戻った時に近衛騎士団の人達に慰める様に肩や腕を軽く叩かれている姿が見えた。


 出発して二時間過ぎた頃に馬車に慣れなていないライナーが酔った様だ。

 馬車は前には御者と話す時の開閉出来る小窓と、左右に電車の様に横向きに座るベンチ状の椅子とカーテンが掛かった窓、後部に出入り口のドアがある。


 落ちない様に気を付けながら後部のドアを開けて馬車の後ろに着いていたアルバン訓練官に報告すると、丁度頃合いだからと休憩を取る事になった。


 外に出て身体を伸ばしていると、ヴォルフが近付いて来て俺達の馬車に乗りたい、向こうは会話も殆ど無くて息苦しいと嘆いていたので俺達の希望という体でこっちの馬車に乗れる様に許可を貰った。


 出発前の宣言通りカール兄様が様子を見に来た。


「クラウス、問題はないか?」


 馬から降りて顔を覗き込む様に聞かれた。


「俺は大丈夫ですが、ライナーが馬車酔いしてしまったんです。 水魔法の治癒で楽になりますか?」


 カール兄様も土と水魔法が使えるので聞いてみた。


「かなり楽にできるはずだぞ、俺が掛けてやろう。 ライナーと言ったか? 動くなよ」


 俺の側で気持ち悪そうに胸を摩っていたライナーの頭というか、三半規管のある辺りに手を添えて治癒魔法を掛けた。


「あ…、凄く…楽になりました…。 ありがとうございます!」


 魔法の仄かな光が収まると、さっきまで青い顔をしていたライナーが元気になった。


「ありがとうカール兄様」


 俺とライナーの感謝の眼差しに少し照れた様に微笑みながら水球を作り出して愛馬に与える。


「せっかく保養に行くのに辛い思いするのはおかしいからな、また何かあれば言っておいで」


 俺の頬をスリスリと撫でると、再び愛馬に跨り隊列に戻って行った。


「いいなぁ、クラウスは。 僕もあんな優しいお兄さん欲しかったよ…」


「え? ライナーお兄さん二人いるよね? フォルカーさん達が」


 カール兄様の後ろ姿を見ながらしみじみ言うライナーに三男だから上に二人居るはずと思い聞くと、ふーっとため息を吐いて首を振った。


「クラウス、僕が欲しいのはや・さ・し・いお兄さんなんだよ、損得でしか動いてくれない腹黒い兄さん達じゃないんだ」


「商人としては素晴らしい素質なのかもしれんが、弟の立場からしたら大変そうだな」


 アルフレートが憐みを込めた目でライナーを見て呟いた。


 馬も人も給水して再び移動を開始した。

 動き出した馬車の中でヴォルフがポツリと言う。


「クラウスさん、馬車の中ってカーテン開けなきゃ外から見えませんよね?」


 ヴォルフの言わんとする事がわかった。

 前日に途中で小腹が空いたらオヤツにしようと二人で揚げパスタを作っていたのだ。


 焼き菓子と違い甘い香りがするわけでもないのでヨシュア先輩にも嗅ぎ付けられないだろうと判断してコッソリと。


 顔を見合わせお互いコクリと頷く。

 マジックバックから防水紙に包まれた揚げパスタを取り出して四人でポリポリ食べる。


「お前、またこんな変わった物作ったのか。 美味いからいいけど」


「何で出来てるの? 酒場で出したらウケそうだね」


 手を止めずに咀嚼の合間に二人が口々に言う。


「乾燥パスタを低温でキツネ色まで油で揚げたらすぐ塩とコンソメの粉まぶして、パスタを転がすみたいに揺すって絡ませるだけでできるよ」


 幸いこの世界にもコンソメや乾燥させたパスタが存在した。

 数十年前に野営でもパスタが食べたいと言うパスタ好きの魔術師騎士が風魔法と水魔法を組み合わせて完成させたという。

 その過程でフリーズドライ食品的な保存食も出来て、それらの功績が認められてその魔術師騎士は爵位を貰ったそうだ。


 爵位を授けた先代の王様は作るのに時間の掛かるコンソメを粉状にして持ち歩ける事に喜んだコンソメ好きだったらしい。

 他国に行く時に宿泊で立ち寄る領地の館でいつもの味が楽しめるというのが嬉しかったとか。

 その魔術師騎士は引退しているがまだ存命しているので、いつか会えたらお礼が言いたい。


「そういや口を動かしていると酔いにくいって聞いた事あるかも、何か食べるか話してれば酔わないかもよ? はい、最後の一本だよ」


 そう言いながらライナーに最後の一本を渡す。

 包み一つ分を食べ終わったので皆の手に洗浄魔法を掛けた。

 ふと視線を感じた気がして後方を見ると、アルバン訓練官が出入り口のドアの小窓越しにジト目でこちらを見ていた。


 馬車の左右の窓にはカーテンが付いているが、後方のドアには覗き窓程度の小さな窓で歩いている人からは見えない高さに付いているので気にしていなかった。


 そう、馬に乗っていると丁度目線が小窓の高さになるという事に気付かなかったのだ。

 そっとマジックバックからもう一つ包みを出して「まだありますよ」とアピールする様に小窓越しに見せると、アルバン訓練官がにっこり笑った。


 次の休憩時に揚げパスタを一包み進呈して口を噤んでもらう事に成功した。

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