第30話 水練

 今朝は楽しみでいつもより早く目が覚めてしまった、子供か。

 あ、俺子供だった、素直に楽しもうっと!


 昼食は厨房で準備してくれた物をアルバン訓練官がマジックバックに入れて持って来てくれるらしい。

 目的地の水練ができる場所は森から1キロ程手前にあるとの事。


 朝食を済ませてすぐに武器庫で帯剣したら厩舎に集合だ。

 移動はゲオルク先輩が魔物が出た時に動ける様に1人で、後の3人に年少組がそれぞれ乗せて貰う事になる。


 ぶっちゃけ俺とアルフレートは貴族の嗜みで1人でも馬には乗れるが、体格に合った愛馬は自宅に居るので乗せてもらうしかない。


 デニス先輩は大人の中では1番小柄な172㎝なので、1番小さい俺を前に乗せている。

 アルフレートはアルバン訓練官、ライナーはヨハン先輩に乗せてもらっている。


 馬を走らせている間は舌を噛まない様にあまり喋らないが、ヨハン先輩がライナーに余計な事を言って怒らせては文句を言いそうになると速度を上げて喋らせない様にしたりと色々悪戯しているのに気付いた。


「俺、デニス先輩に乗せて貰えて良かったです」


 心の底から言葉が出た。


「クルトと一緒の時よりはマシになるとはいえ、本質は変わらないからね」


 クスクスと笑いながら答える、という事はやっぱりライナーが悪戯されてるのに気付いてたんだ。


 休憩を入れても1時間掛からず目的地に着いた、少し川幅が広くなっていて流れが緩やかで、対岸に大きな岩があって岩の回りだけ深くなっているので底が見えずに緑色に見える。


 馬達は呼べば来る訓練をしてあるので草を食んだり川の水を飲んだりしてのんびりさせておいて、俺達は水練を始める。


 服の中に水練用の水着を履いて来たので脱ぐだけで準備オッケーだ。

 ちゃんと帰りの下着も抜かりなく持って来た、前世では何度かズボンの時はノーパンだったり、スカートの時は1人早めに水から出て熱くなってる岩の上に座って水着を乾かしてから服を着て帰るという体験をしたものだ。


 ポイポイと服を脱いで畳んで置いておく、準備オッケーとばかりにストレッチを始めているとアルフレートとライナーが何だかモジモジしている。


「どうかした? 何で脱がないんだ?」


 不思議に思って聞くと2人共心なしか顔を赤くしている。


「お前、恥ずかしくないのか? こんな外で下履き1枚と同じ格好なんだぞ!?」


「知らない人は居ないってわかってるけど、外で脱ぐのはちょっと恥ずかしいかな…」


 なるほど、2人は水着自体初めてだし(俺もだけど)外でほぼ裸になるという事に抵抗があるのか。

 しかも中に水着を着て来なかったらしい。

 前世の記憶が無かったら、確かに俺も抵抗があったと思う。


「でも訓練だから仕方ないんじゃない? 泳げない人が服を着て泳いだら服が水を吸って身体に纏わりついてすぐに溺れちゃうよ?」


「よく知ってるな、クラウスの言う通りだ!」


 アルバン訓練官の声に振り返ると、ズボンの裾は捲ってあるけど服を着たままだ。


「アルバン訓練官は川に入らないんですか?」


「俺は溺れない程度には泳げるが、水練は教えられんからな。 だから泳ぎが得意な騎士達を連れて来てるんじゃないか」


 開き直ってる…、どうやら犬かき程度しか泳げないらしい。


「水に慣らしておきますね」


 ストレッチが終わったのでモジモジしてる2人を放っておいて川へと向かう。


「足の届く所までにするように」


「はい!」


 今世で初めての川遊びだ!

 逸る気持ちを抑えてそっと爪先を浸ける、川特有のキンと冷たい水に思わずブルッと震えが走る。


 そろりそろりと足を進める、腰の深さまで入ると我慢出来ずに声に出す。


「うははは~! 冷たーい!! 2人共早くおいでよ~!」


 1回全身浸からないとなかなか慣れないんだよね、鼻を摘んで息を止めてしゃがみ込んで頭まで浸かってすぐに立ち上がる。


「ぷはぁ~っ! 冷たい!」


 笑顔で振り向くと皆の呆れた顔が並んでいた。

 どうやらちょっとテンションを上げ過ぎた様だ。


「何か慣れてるな、クラウスも水練は初めてじゃなかったか?」


 アルバン訓練官が不思議そうに聞いてきて、一瞬ドキッとしてしまったが事実泳いだ事はない。


「知識だけは本で得られますから」


 にっこり笑って誤魔化しておいた。

 それから水に顔を浸けたり、潜って息止めした様子を見て組み分けし、マンツーマンで指導を受ける。


 一番不安の大きいアルフレートが水魔法を使えるデニス先輩で、平気そうな俺はヨハン先輩、自動的にライナーはゲオルク先輩とペアになった。


 見本を見て真似をする、基本はそれだけ。

 殆ど前世の泳ぎ方と同じだったので俺は全て一発で出来た、ぶっちゃけクロールと立ち泳ぎだったし。


 アルフレートとライナーが手を繋いでバタ足から始めているのを横目に対岸の岩までヨハン先輩と競争したり飛び込みしたりと遊んでいたら昼食の時間になった。


 アルバン訓練官以外は肩にバスタオルを掛けて昼食を囲む、泳げない二人は午前中になんとか進む事は出来る様になり、午後は息継ぎと立ち泳ぎの練習するらしい。


 アルフレートとライナーは俺がすぐに泳げる様になったので、水魔法を使ってズルをしたんじゃないかと疑ったりしたがデニス先輩が魔法は使ってないと保証してくれた。


 まさかそんな疑いをかけられるとは思って無かったので不機嫌になるのは仕方ないと思う、そしてヨハン先輩に唆されて悪戯を仕掛けてしまった事も。


 川遊びで定番のおふざけですよ?

 定番の水死体ゴッコです、うつ伏せになって身体の力を抜いて息が続く限り川の流れに身を任せて流されるやつです。


 コレやって足が届かないとこや流れが速いエリアに行っちゃって焦った経験した人も多いんじゃなかろうか。


 午後の水練の二回目の休憩の後、俺が水死体役でヨハン先輩が焦ったフリして俺の名前を叫ぶだけ。

 口々に俺の名前を焦った声で何度も叫ぶのが聞こえたので、パッと顔を上げてスイスイと平泳ぎで戻ったら…、とても怒られました。


 アルフレートなんて涙目で怒るので自主的に思わず正座しました。

 何か毎日のランニングで肺活量も増えてたみたいで、結構長く息を止められる様になってた事が裏目に出た様です。


 アルフレートはまともに泳げないのに俺を助けに行こうとして止められたらしい。

 ついでにその場合共倒れになって二人共溺れる事や、もしも助けに行ってしがみ付かれて溺れそうになったら潜る様にと指導を受けた。

 溺れてる人は沈むモノには掴まらないので手を離すらしい。


 もしも助ける時は沈まない乾いた木を渡す様に言われた。

 背後に回って首に手を回してってやつはないのか、そういや泳ぎ方クロールと立ち泳ぎしかないもんね。

 漁師さんとかなら他の泳ぎ方も知ってるのかもしれない。


 アルバン訓練官に泳げるから水練はもうするなと言われたので肩にバスタオルを掛けてモソモソと着替える、バスタオルでお尻まで隠れてるからいいだろう。


 パンツを履いて、朝着ていた訓練服に清浄魔法を掛けているとヨハン先輩にバスタオルを剥ぎ取られた。


「も~、女性が周りに居ないとはいえ全裸だったらどうするんですか」


 プリプリ怒りながら服を着る。


「風呂で見てるんだからいいじゃねぇか。 もうパンツ履いてたのか、残念」


「何が残念なんですか、俺のお尻を見ても面白くも何ともないでしょう!?」


「何言ってんだ、お前の尻は綺麗でツルッとしてて可愛いじゃないか。十分目の保養になるぞ?」

 

 キョトンとした顔で、本当に当たり前の事の様に言われた。

 これって子供のお尻だから可愛いなのか、性的な意味で可愛いなのか分からなくて怖い!!


「そ、そのうち筋肉で硬いお尻になりますよ! 人のお尻を鑑賞しないで下さい!!」


 俺とヨハン先輩が言い合うのが聞こえたゲオルク先輩とデニス先輩が顔を見合わせているのが視界の端に入った。

 ゲオルク先輩がうっすら微笑んで視姦するような視線を送るとデニス先輩の頬が赤く染まる。


 そういえばデニス先輩は正騎士であるゲオルク先輩の従騎士だったはず、だからそういう関係になっていてもおかしくはない。

 二人に視線を向けない様に服装を整えて帯剣する。

 幸いアルフレートとライナーは泳ぐ練習に夢中で気付いてないようだった。


 じゃあ今の内に柔らかい尻を楽しんでおく、と訳の分からない理由で追いかけて来るヨハン先輩から逃げてる内に帰る時間になった。

 他の皆が帰り支度をしている間も追いかけられていたので、帰りの馬上ではグッタリしてしまった。


「俺、本当にデニス先輩に乗せて貰えて良かったです」


 二度目の心の底からの言葉が出た。


「最後大変そうだったね」


 俺の逃げっぷりを思い出したのかクスクス笑われた。

 その日、年少組は全員点呼前に眠りに落ちた。

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