第29話 夏到来
「暑い…」
朝のストレッチをしている時点で汗が流れ落ちてくる。
この世界…、というよりこの国にも日本と同じく四季があるので当然夏もやって来る。
室内に入れば魔導具のエアコン、室温調節魔導具はあるが当然外は暑いのだ。
騎士団見習いになって四カ月と少し、隊服も半袖になり大浴場に来る人が減ってシャワー室の人気が上がる季節。
先週からいきなり昼間の気温が高くなり始めたので、アルバン訓練官に許可をもらってランニングコースに水魔法で一口サイズの水球を点在させてある。
喉が渇いたらパクリと口に入れて水分補給できるし、魔力操作の練習にもなるという事でなかなか良い感じだ。
何せランニング時間が既に2時間に増えているのだから水分補給しないと干からびてしまう。
これ以上ランニング時間は増やさないと聞いた時は三人共ホッとしたものだ。
なので午前中はストレッチとランニングだけで終わっている。
タオルで汗を拭きながら寮に入ると、ヒンヤリとした空気のお陰で汗が引いていく。
食堂も夏仕様で温かいメニューが少なく、常温以下で食べる物が殆どだ。
今日は何にしようかな、冷製パスタと野菜スープとデザートは梨にしよう。
二時間走った直後にまともに食べられる様になっただけ成長したというものだ、初めて二時間走ってすぐ食事した時はスープくらいしか入らなかった。
冷製パスタを食べつつ、これだけ細いパスタがあるなら素麺…、そこまで細いのは無理でもせめてひやむぎとか作れないだろうか。
流し素麺…じゃなくてひやむぎとか騎士団の人達なら絶対喰い付くと思うんだけどなぁ。
あ、でもパスタとひやむぎって色が違うな、両方小麦から作るだろうけど別物か?
ネットがあれば調べられるのに。
流しパスタって美味しく無さそうだし…。
ぼんやり考えながら食べていると足首に一際鈍い痛みが襲う、最近足首に重い様な痛みをよく感じる。
「うう…、足首が痛い」
行儀は悪いが、つい足首をプラプラさせて痛み具合を確かめてしまう。
そんな俺の呟きに二人も反応した。
「「クラウスも?」」
アルフレートとライナーの声がハモり、二人は顔を見合わせる。
「俺も最近足首とかたまに膝が重いと言うか、痛くなるんだ」
「僕も! 痛める様な事した記憶ないんどけどなぁ」
三人で首を捻っていると、クルト先輩とヨハン先輩が俺達の会話を聞きつけて近付いて来た、遊びの時もそうだったが賑やかにしているのを見逃さない二人だ。
「何だ、お前達成長期になったのか? ちょっと立ってみろよ」
「「「成長期!?」」」
久しぶり過ぎて忘れていたけど、確かに成長期って関節が痛かったよ!
俺達はいそいそと立ち上がって背を比べてみた。
あれ? アルフレートとの目線が今までと一緒なんだけど…。
「おいおい、成長期同士で比べてどうする? 成長が止まってる奴と比べなきゃわからんだろうが」
物凄く呆れた目で見られてしまった。
確かにそうだ、手前に居たヨハン先輩の胸にくっつくくらい近づく、アルフレート達もクルト先輩の前に移動していた。
「アルもライナーも伸びてるな」
「お、クラウスも大きくなってるぞ! おーい! ちびっ子達の背が伸びてるぞー!」
ヨハン先輩が振り返って食堂に居た騎士達に報告した。
おめでとう、とか良かったな、という声に紛れて可愛くなくなっちまうのか、と残念そうな声も聞こえたが気にしたら負けだ。
三人で成長を喜んでハイタッチした、グータッチはあったがハイタッチはこの世界に無かったので俺が教えておいた。
だってグータッチは人によっては骨同士がぶつかって結構痛かったから。
今まで辛いと思っていた痛みも、成長の証と思えば愛しく感じるってものだ。
心なしか二人も午後の素振りのキレが良くなっていた。
来週からは交代で騎士が木剣を使った手合わせをしてくれるらしい。
なぜ木剣かというと、よく漫画で見る様な寸止めはかなりの上級者じゃないと難しいらしく、子供同士なら大丈夫でも騎士と子供ではたとえ潰し身であっても、もしもの時に致命傷になりかねないとの事だ。
それも楽しみだが、明日はもっと楽しみが待っている。
乗馬訓練を兼ねて川遊びができるのだ!
一人で乗る前に馬に慣れる事が目的で、森から流れる川を目的地としてお昼休憩と水練をするらしい。
馬に乗せてくれる騎士も同行するのだが、クルト先輩とヨハン先輩以外が良いと俺達の意見は一致した。
あの二人は水練と言いつつ足の届かないところへ投げ込んだりするタイプに違いない。
俺は泳ぐのは初めてだが『私』は海の子と言えるくらい泳げた、小・中・高と校歌に波だの潮だの海に関する単語が入っていたし。
川も子供だけでも行ける距離にあったので
草履で叩き潰した虻も数知れずだ。
明日が楽しみで上機嫌な俺を、身長が伸びて喜んでいると勘違いしたアルフレートが
「そんなに身長が伸びて嬉しいのか? でも俺達にはまだまだ追いつかないなぁ?」
と、ドヤ顔で頭を撫でてきた。
ちょっとムッとしたが、明日は水練という下克上のチャンスがあると心を落ち着かせた。
「いつかカール兄様くらい大きくなってアルを見下ろしてやるよ」
ふふん、と笑ってやると、とても複雑そうな顔をしていた。
カール兄様が190㎝、アドルフ兄様が180㎝、ブリジット姉様ですら170㎝あるから少なく見繕っても180㎝はいけるはず!
オレインブルク伯爵家の人達は高くてもアドルフ兄様くらいだったはず。
いつか見下ろされる日が来る事を予測したのだろう。
「おい、見取稽古に行くって言ってるだろ」
ペシペシッと二人共アルバン訓練官に頭を叩かれた、話してて気付かなかった。
訓練場に移動して見取稽古の為に自分と同じ武器を使う騎士の元へ各自移動する。
手合わせを見ていると決着のついた双剣使いの騎士が近づいて来たので会釈する。
正騎士のゲオルク先輩だ、金髪に紫の瞳で自他共に認める24歳のモテ男だ。
「クラウス、明日は俺とデニスも行くからよろしくな。 泳ぎが得意な人選だからあと1人はヨハンだったか?」
ヨハン先輩の名前が出て顔が強張ったせいか、ゲオルク先輩が笑った。
「ハハハ、ヨハンはクルトと一緒にしなきゃ案外まともだから安心しろ! あいつらは2人になると
「それを聞いて安心しました」
つい苦笑いで返してしまった。
デニス先輩はゲオルク先輩の従騎士でもあり、同じ双剣使いだ。
水色の髪に青い目をした穏やかな人柄で、水魔法使いでもあるので洗浄室で会う時もある好ましい人だ。
訓練後のお風呂反省会で同行する先輩達が誰かを2人に教えたらヨハン先輩の名前を出した途端に俺と同じ反応をしたが、ゲオルク先輩の言葉を伝えたら疑いながらも一応納得したようだった。
水泳の時は睡眠不足は大敵なので、点呼が終わるとすぐに寝た。
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