第25話 名前と人物の一致

 夕方、お風呂から出て部屋に戻ると妙にグッタリしたサミュエル先輩が居た。


「おかえりなさい、何だか疲れてますね?」


 コテリ、と首を傾げて様子を伺う。


「ああ…、ちょっと今日は疲れたかな…。 とりあえずシャワー浴びてくる」


 お風呂セットを持って重い身体を引きずる様に、という表現がぴったりな動作で部屋を出て行こうとする。


「疲れた時は浴槽に浸かった方が疲れが取れますよ?」


「そうか、わかった」


 コクリと頷き出て行った。

 一体学校で何があったんだろう?


 年少組三人で合流して夕食を食べていると、濡れ髪のヨシュア先輩が自分の食事を持って揶揄からかう気満々の目で俺を見てくる。

 あえて違うであろう話題を出す。


「ヨシュア先輩、食べ比べはいかがでしたか? 今日の方が美味しかったでしょう?」


「ああ、そうだな。 食感とか全然違って美味くなってたよ。 まぁ、そのお前の菓子に関係あるっぽかったな…」


 そこまで言って大きな肉の塊を口に入れた、俺の作ったパウンドケーキが何に関係あるんだ!?

 嫌な予感がして言葉の続きを待ってヨシュア先輩をジッと見つめる。


「お前、ファビアン・フォン・ビューローって知ってるか?」


 肉を飲み込んでチラリと俺を見る。


「ええと、ビューロー侯爵家の長男だったと思いますが…。 面識はありませんがその方がどうかしたんですか?」


 侯爵家はイザーク様くらいしか知り合ってないはずだけど…、誰?


「えぇ~? ビューローの奴サミュエルが中庭でお前の菓子食ってたらいきなり「何でお前がヘルトリング先輩の弟が持って来たのと同じ物を持ってるわけ!?」って喰ってかかってよぉ」


 そのビューロー家の長男の真似だろうか、声を高くしてヒステリックな口調でセリフを言う。

 うん? ヒステリックな口調で俺の小包装状態のパウンドケーキを知っている人物ってまさか…。

 信じたくはないが恐る恐る聞いてみた。


「まさかその人って朱い髪で黒っぽい茶色の目をした声変わり途中みたいな声をした人…ですか?」


 ゴクリ、と唾を飲み込んで答えを待つ。


「あ!? 何だ、知ってるじゃねぇか」


 はい、ビンゴォォー!

 違ってて欲しかったけど、容赦なく真実を突き付けるヨシュア先輩。

 食事の途中だったけど、思わず頭を抱えてしまった。


「クラウス、何があったんだ? ビューロー侯爵家の長男って面倒な奴で有名だぞ?」


「何か…、大変そうだね? 大丈夫かい?」


 アルフレートとライナーが心配そうに覗き込む。

 冷めかけた食事に手を付けつつポツリポツリと事情を話す。


「ハハッ、相変わらず人の話を全く聞かない奴だな。 サミュエルにも言いたい事一方的に言ってたって感じだったしな」


「そのビューロー侯爵令息はお前がカール様の弟だと知らなかった様だな、ウラッハ侯爵令息の言葉で知って逃げ出したんだろう」


「はぁぁぁ、まさかサミュエル先輩に迷惑が掛かってしまうなんて…。 あっ! そのせいでサミュエル先輩が疲れてたのかな!?」


 盛大なため息が出てしまった。

 侯爵家の長男なんかにそんな風に絡まれたら貴族でも大変なのに、平民であるサミュエル先輩からしたら生きた心地がしなかったんじゃないだろうか。


「いやぁ、疲れてたのはその後のせいじゃないか?」


「「「その後!?」」」


 年少組の声がハモった。


「なんか、周りから情報集めてサミュエルがクラウスと同室って知ったらしくて…「ヘルトリング先輩の弟だなんて知らなくてやった事だから赦す様に言っといてよね!」とか、「ヘルトリング先輩に余計な事は言わない様に言い含めておいてよ!」とか、そんな事言い続けて午後は付き纏ってたからな」


 器用にモノマネを挟みながら教えてくれた。


「それに俺達と同学年で同じ騎士科だろ? 教室とか訓練とか同じ場所にいるから付き纏われ放題だったぞ、ハハハハ」


 他人事だと思って笑っているヨシュア先輩の背後に現れたサミュエル先輩は、ヨシュア先輩の頭を片手で捕まえアイアンクローをお見舞いした。


「た の し そ う だ な ?」


 顔は笑っているが目が笑って無くてコワイ。


「いだだだだだだだ!」


 ヨシュア先輩の耳も尻尾もめちゃくちゃへしょって涙目になってる。

 獣人同士だけど、種族的にサミュエル先輩の方が力が強そうだ。


「まぁ、そういう事だが気にするな。 お前のせいと言うよりアイツの性格に疲れただけだから」


 ヨシュア先輩を攻撃したその手で、優しく頭を撫でてくれた。


「あの、俺は気にしてないって伝えておいて下さい。 暴力を振るわれた訳でもないですから」


 それでサミュエル先輩が煩わせられないならいいや、素直にそう思えたのでちょっとムカついてはいたけど赦す事にした。


「ビューロー侯爵令息の勢いにあっけに取られて何も話せなかった俺も悪かったと思いますし」


 はは、とあの時を思い出して苦笑いしてしまう。


「アイツが聞く耳を持ってたら伝えておくよ…、そういやアイツがカール様に優しくしてもらったと自慢してたが、髪と目の色合いがお前に似てるからか」


 頭を撫でていた手を止めて、なにやら納得した様に呟いた。


「どうして色合いが似てると優しくされる事に繋がるんですか?」


 まさかいくらブラコンでも色が似てるからって可愛がるとかないだろ。


「そりゃあ、騎士科の第一寮の奴らが言ってたからだぞ、会うなりお前を抱き上げて頬擦りするくらい溺愛してるって」


 ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべてヨシュア先輩が口を挟んだ。

 見られてた! あの恥ずかしい扱いを!

 しかも噂になって広まってるだと!?

 顔に熱が集まるのがわかる。


「カール兄様とは十三歳も年が離れているので…、ずっと小さい子の感覚のままなんです…」


 しどろもどろと言い訳をしたがきっと意味はないだろう、皆の視線が生温かい。


「カール様は相変わらず弟馬鹿なんだな、四歳から扱いが変わってないじゃないか」


 呆れを含んだため息をアルフレートが吐いた。


「うん、そういう意味でも第三騎士団に入って正解だったと思うよ」


 訓練中はともかく、同じ寮だったらプライベートな時間はずっと甘やかしてきそうだし。

 サミュエル先輩が食事するから皆は部屋に戻る様に言ったのでそのまま解散となった。

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