第24話 食べてみよう
部屋に戻るとサミュエル先輩も居たので、久しぶりに一緒にお風呂に入った。
今は人がいる時は腰にタオルを巻いて入る様にしている、郷に入りては郷に従えというやつだ。
背中を洗う尻尾が羨ましくてついチラチラ見てしまう。
「もう洗わないぞ」
心なしか尻尾を俺から遠ざけられ牽制されてしまった。
どうやら尻尾を脇に挟んでしまったのはサミュエル先輩にとってトラウマ案件だった様だ。
広い浴槽に二人で浸かる、先客は三人だけだったので広々だ。
その内の一人が話しかけてきた。
「お前クラウスだろ? 野営交流会の時にお前が作ったスープ貰ったんだけど、美味かったよ、ありがとな!」
他の二人とサミュエル先輩まで頷いている。
「お口に合って良かったです、知識はあっても実際に作ったのは初めてだったのでちょっと不安だったんです」
前世では思いっきり市販調味料に頼っていたもんね、鶏じゃない謎の鳥で出汁が取れるかすら半分賭けだったし。
「いつか野営で一緒になったら料理係に決定だから頼むな!」
皆が笑顔で頷く、そう、皆…。
サミュエル先輩含む。
「第三騎士団に所属する限り断るという選択肢はないじゃないですか…」
つい苦笑いしてしまった、これって料理の腕磨いておけよ、というプレッシャー以外の何ものでもないよね?
人が増えて来たのでお風呂を出て部屋に戻った、ドアを開けてすぐにサミュエル先輩がクンクンと部屋の匂いを嗅ぐ。
「さっき部屋に入った時も思ったんだが、甘くて良い匂いがするが焼き菓子でも買って来たのか?」
「実は今日パウンドケーキを作ったんですよ、机の上にプレーンと南瓜が練り込んであるものが置いてあるんです。 明日の夕食後にデザートとして食べませんか?」
自分で作ったと言うと驚いたようだ、目も口も開いて止まってしまった。
食べるかと聞いてやっと動き出した。
「クラウスが作った!? お前料理だけじゃなく菓子作りもできるのか?」
「正確には作れると言うより、知識があっただけですよ? 作ったのは今回が初めてです、料理人にも手助けしてもらいましたし」
「それでも凄いと思うぞ? ん? そういや明日食べると言ってなかったか? 今日の夕食後じゃなくて?」
何回同じ事説明したんだろう、そんな事を思いつつ同じ説明をした。
「そうか、ところでどうして二日目の方が美味しいんだ?」
おっと、この返しは初めてだ。
まさか他の人達が脳筋だから…なんて事はないよね?
一晩寝かせる理由って味が落ち着くから…じゃあ説明にならないか、余計な水分とか抜けて材料同士が馴染むってのを分かりやすく言うには…。
「え~と、使った材料達も初対面ですぐよりも、ある程度一緒に過ごして馴染ませた方が仲良くなって余計な気遣いせずに味が纏まるという感じですかね?」
「俺達みたいにか?」
クスッと笑って俺の頭を撫でる、確かに初日よりもいい感じに気が抜けて仲良くなってると感じる。
サミュエル先輩もそう感じてくれてると思うと嬉しくなって笑顔で答えた。
「そう言う事です」
「それじゃ仲良くなるまで待ってあげないとな、食堂へ行こうか」
食堂へ行くとヨシュア先輩とダニエル先輩が食事をしていて、俺とサミュエル先輩に気付くと同じテーブルに来いと誘われた。
了承して食事を取ってきてテーブルにつく。
「クラウス、ケーキ今日食べても美味かったぞ」
席についてすぐヨシュア先輩が言った。
「…ヨシュア先輩? 俺、明日の方が美味しくなるって言いましたよね?」
笑顔が引きつってしまった俺は悪くないと思う。
「だから食べ比べてみようと思ってちょっと食べたんだよ、半分は残してある」
悪びれずケロリとした顔で答える。
その向かいでダニエル先輩が苦笑いしていた。
「ボクが止めなきゃ全部食べそうな勢いだったクセに…。 あ、ボクも味見させてもらったよ、美味しかった」
どうやらお好みに合ったようだ、良かった。
「お口に合って良かったです、でも明日の方が美味しいのでダニエル先輩も食べ比べてみてくださいね。 ヨシュア先輩、残りは防水紙できちんと包んでおいて下さいね。 乾燥したら美味しくはならないので」
「ボクが包んでおいたから安心して、ヨシュアは紙の上に放置してたからね」
その言葉に半眼でヨシュア先輩を見ると、サッと視線を逸らされた。
「メシが冷めるぞ、早く食えよ。 俺は部屋に先に戻るぜ」
最後の一口を食べ終わり、そう言ってヨシュア先輩が逃げた。
「じゃあボクも行くよ、ヨシュアが残りを食べちゃわないか見張らないとね」
悪戯っぽく笑ってダニエル先輩も部屋に戻って行った。
「ヨシュアにも渡してたんだな、一緒に見張りして仲良くなったのか?」
不思議そう、と言うより怪訝そうに聞いてきたのでドキリとしてしまった。
飲む為じゃ無かったから野営にお酒を持ち込んだ事を知ってもサミュエル先輩なら怒ったりしないだろうけど、今は周りに人もいるし本当の事は言えない。
「見張りの時じゃありませんでしたが、美味しい物を作った時にお裾分けする約束をしたので。 あとは手伝ってくれた副料理長達とカール兄様にも渡してあります」
多分自然に言えたと思う、嘘は言ってないし。 ある意味他の人にも渡しておいたお陰でヨシュア先輩に渡した事が不自然じゃなくなって良かった。
食事を終えて食器を返却する時にアルミンが明日まで待ちきれないと訴えてきたが、ヴォルフが管理しているので明日まで無理だろう。
「明日の夕食の時に食べてたら自分の分を食べ終わったヨシュア先輩に奪われそうですね…、朝切り分けて学校で食べられる様に包んで渡しましょうか?」
部屋に戻りながら提案すると、サミュエル先輩も同意した。
きっと昼にはヨシュアの分は食べ終わってるだろう、と。
翌朝は洗浄係ではなかったので、朝食後に二種類のパウンドケーキを野営用に買ったナイフでカットして小包装し、二種類を二つずつ学校へ行くサミュエル先輩に渡した。
昼食を一緒に食べる人にもあげるか、休憩時間に全部食べてしまうかはサミュエル先輩次第だ。
午前の訓練が終わり、昼食を食べに食堂へ向かう。
普段騎士の人達と食べているアルバン訓練官だが、甘い物は好きだと知っていたので誘った。
昼食を食べ終わり、食器を片付けようとする三人を止めてパウンドケーキを取り出した。
食器が無いのに何かを食べていたら人目を引くと思ったからだ。
「昨日俺が作ったパウンドケーキ、デザートにどうぞ。 プレーンと南瓜入りの二種類です」
少し声を潜めて三人に二種類を一つずつ渡した。
「クラウス、お前は料理だけじゃなくて菓子も作れるのか! …んん、ウマイ!」
何人かがこちらを何事かと振り返る。
アルバン訓練官…、何の為に今声を潜めたと思ってるんですか…。
「お口に合って良かったです…」
言って自分もまずはプレーンを一口。
うん、パサついてないし美味しい、一晩寝かせて正解!
「本当だ、美味しいな。 凄いなお前」
「南瓜の方も美味しいよ! 凄いね! …ところでこの包み紙、ウチの店で扱ってる商品と同じ物に見えるんだけど…」
ライナーがパウンドケーキを食べて手元に残った防水紙を見ながら言った、さすが商人の息子、目敏い。
「そうだよ、昨日ライナーの実家の店までダニエル先輩に案内してもらったんだ。 フォルカーさんに会ったよ」
「そうだったの!? 言ってく「美味そうな物食ってるな?」
うん、気付いてた。
アルバン訓練官が大きな声出した時点で真っ先に俺達の遊びに喰いついた騎士コンビが離れた席から近づいて来てたのを。
急いで食べ掛けの南瓜入りを口に入れた。
咀嚼中だから喋れないアピールをすると、ニコニコしながら手を出して待っている。
この二人は人懐っこいというより図々しいタイプの人達だから手に入れるまで引き下がらないだろう、内心ため息を吐き諦めた。
だって他にも何人かこっちの様子伺ってるし。
「残りはプレーンと南瓜入りが四つずつです、一重にリボンを巻いてあるのがプレーンで二重に巻いてあるのが南瓜入りです。 これで全部なのでもうありませんよ? 欲しい人で食べて下さい」
マジックバッグから残り全てを取り出す。
もしアルフレート達がもっと食べると言ったら食べてもらって、残ったらアルバン訓練官の家族に食べてもらおうと持って来ていたのだ。
「本当は残ったらアルバン訓練官のご家族に食べてもらおうと思ったんですけどね」
ポツリと呟くとアルバン訓練官がガーンと効果音が聞こえそうな顔をしていた。
自分が大声出したせいだから自業自得って事で諦めてもらおう。
パウンドケーキを略奪しに来た二人…、クルト先輩とヨハン先輩はちゃっかり各自二種類懐に入れ、残りの四つをかけてジャンケン大会を開催していた。
食器を返却する時にヴォルフとアルミンが待っていて、昼食の仕込み前に皆で食べてとても好評だったと教えてくれた。
ジャンケンに勝った人達や略奪者の二人も美味しいと凄く褒めてくれて嬉しかったけど、次からは食堂には持って来ないで部屋で食べようと心に誓った。
そして午後のアルバン訓練官はちょっと元気が無かった。
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