第23話 可愛い弟 side カール
俺の名前はカール・フォン・ヘルトリング、ヘルトリング伯爵家の次男で近衛騎士団に所属している。
去年同じ近衛騎士団の副団長をしていた父と母が馬車の事故で亡くなってしまった。
その報せは悲しかったが、家は兄夫婦がいるし妹も翌年に結婚が決まっていたので家の事はそれ程心配していなかった。
ただ予想外だったのは十三歳下の弟のクラウスがショックで熱を出して寝込んでしまった事、寂しくて泣いてるだろうとは思ったが、熱を出すまで心を傷めてしまったのかと思うとやるせない。
弟が産まれた時の事は今でもよくおぼえている。
まだ見習いだった為、休日で家に帰ったら屋敷内が騒然としていた。
母と同い年のいつも冷静なメイドのレオナが白い布を抱えて両親の部屋へ走りながら玄関に立つ俺を見つけた。
「おかえりなさいませ! カール坊ちゃんもうすぐ産まれますよ! もう頭が見えてるそうです!」
俺の前をそう叫んで走り抜けて行った、いつもなら「坊ちゃんはやめろ」と文句を言うところだが、そのままレオナを追いかける。
どうやら予定より半月程早かったらしく、そのせいで騒然としていたらしい。
後にも先にもあれ程慌てたレオナを見た事はない、急に産気づいた上に四人目なせいかとても早く出てきたので出産台まで間に合わず、お茶を飲んでいたソファの上で出産したらしい。
母と弟に会えたのはベッドに移動した後だったが、隣の部屋には出産する時に使ったまだ血塗れのソファが置いてあって動揺したのを覚えている。
今なら血を見ても動揺などしないが、あの頃はまだ擦り傷程度しか見た事がなかったからな。
妹が産まれた時はまだ俺も四歳だったので、可愛いとは思ったがそれ以上に母を取られた気がして拗ねていたと思う。
そういえば自分の事を「俺」と言い出したのもそのくらいだったような…。
初めて見る弟は眠っていて紅い髪が申し訳程度にしか生えてなくて、肌も赤かった。
シワシワしていて正直あまり可愛いとは思えなかったが、手も爪も凄く小さくて思わず突いたら指をギュッとその小さな手で握られた。
「お兄様ってわかるのかしらね」
ウフフ、と母が笑った。
その一言で心の中に何かが溢れた気がした、きっと愛情というものだろう。
「クラウス、早く大きくなってカールお兄様に遊んでもらいましょうね」
にこにこと母が弟に話しかける。
「クラウス…、クラウス、いい名前付けてもらって良かったな。 カール兄様がいっぱい遊んであげるから元気に育つんだぞ」
クラウスは産まれたその日から皆の愛情をたっぷり注がれて大きくなった、ブリジットは時々人形と間違えていないか心配になる可愛がり方だったが…。
初めて「にー」と言った時はアドルフ兄様も一緒に居た時だったから、お互い自分に言ったんだと譲らず喧嘩になったのもいい思い出だ。
間違いなくあの時クラウスは俺を見ていた、そう確信している。
そんな小さかった弟が騎士見習いとして騎士団寮に入ると言った時は近衛騎士団を選ぶと思っていたが、クラウスが選んだのは第三騎士団だった。
アドルフ兄様と同じく母に似て美しい顔立ちをしているし、三男で入る者は少ないとはいえ容姿と家柄的にも問題なかったが本人が強く希望したので反対しきれなかった。
しかも宰相の補佐をしているアドルフ兄様に父や俺と同じ近衛騎士の視点だけではなく、平民と深く関わる視点からの情報を伝えられるからという俺が九歳の時には考えもしない様な理由だった。
入団式以降寮に戻る度に様子を見に行きたい衝動にかられたが、クラウスが寮生活に慣れるまでこちらから接触しないというアドルフ兄様との約束の為、廊下を歩く時に中庭越しに見える第三騎士団寮に目を凝らすという癖がついてしまった。
中庭での訓練の防壁代わりに木が植えてあるので殆ど見えないと分かっているというのに。
そんなある日、寮に戻ると同期で親友のイザークがクラウスと話しているのが見えた。
急いで駆け寄って名前を呼ぶと、いつもの可愛い笑顔が見えた。
「カール兄様、お久しぶりです」
その声変わりもまだな可愛い声を久しぶりに聞いた瞬間、思わず抱き上げて頬擦りしてしまった俺は悪くないと思う。
「会いに来てくれたのか! アドルフ兄様から新しい生活に慣れるまで大変だろうからクラウスの方から連絡来るまで我慢しろって言われて、ずっと我慢してたんだぞ~」
プリプリした頬が気持ち良くてたまらない、ずっと頬擦りしていたいくらいだ。
「カール兄様夕方でお髭が伸びてるのわかってやってるでしょう! 痛いです! しかもここは家ではなく寮ですよ!!」
顔を赤くしながら怒る姿も可愛い、だがあまり怒らせて次に会いに来てくれる日が遠のくと嫌なので仕方なく降ろした。
「あ~ぁ、いくら弟が可愛いからってやり過ぎだろ。 見ろ、お前の髭のせいで綺麗な頬に赤い線が出来てるぞ」
イザークの言う通り俺の髭でついてしまったらしい赤い筋が幾つも白い肌についていて痛々しく見え、イザークの目は如実に「この馬鹿」と呆れていた。
「私はイザーク・フォン・ウラッハだ、カールとは同期で友人なんだ、よろしくな」
クラウスに向き直り、自己紹介しながらクラウスの傷を治癒してくれた。
さすがイザーク、気の利く男だ。
「ありがとうございます。 クラウス・フォン・ヘルトリングです、よろしくお願い致します」
クラウスが挨拶して騎士の礼をとる、お手本の様な優雅な礼だった。
思わずまた抱き上げてしまいたくなった時。
「カールがいつも自慢するのがわかるよ、可愛いな~! 俺も抱きたい」
クラウスを迎え入れる為に両手を広げるイザークに対し、俺の袖をギュッと握るクラウス。
俺の弟はどこまで可愛いんだと内心悶えながらも、先程の呆れた眼差しの仕返しとばかりに眉間を摘まんでため息を吐いてやった。
「誰がお前なんかに可愛いクラウスを抱かせるか! クラウスが汚れる! クラウス、アイツは有名な女好きだから近づくなよ、悪い影響を受けたら大変だ」
女好きとクラウスには言ったが、コイツは美しい者なら性別関係無く手を出す質の悪い奴だ。
まだ子供だから大丈夫だろうが将来的には危険なので「間違っても手を出すな」と睨みつけた。
久々のクラウスに舞い上がったが、クラウスの手に籠がある事に気づいた。
「ところで今日はどうしたんだ? それを俺に届けに来てくれたのか?」
期待を籠めた眼差しで籠を指差す。
「初めてパウンドケーキを作ったので、カール兄様にお茶請けとして食べて欲しかったんですが…、さっき床に落としてしまったので持って帰ろうかと…」
今何と言った!?
クラウスの初めての手作りだと!?
「クラウスが作ったのか!? 落としただけだろ? 包みに入ってるし問題ない!」
持って帰られない様にヒョイと籠ごと奪った。
「あ、ズルイ。 私にもくれ」
イザークに籠からひとつ奪われ、取り返そうとしたが下で籠を取り返そうと必死に手を伸ばすクラウスが居た為動きを止めた。
クラウスは頑張っているが身長差がありすぎて全然届いてない。
イザークと目が合い、心は一つになった、「可愛い」と。
「あの、今日作ったので明日と明後日が一番美味しく食べられますが、一週間まで食べられます」
取り返すのを諦めたのか、服の裾を引っ張りそう教えてくれた。
「そうか、わかった。 次の休日はブリジットも誘ってお茶でも飲みに出掛けようか、来週は俺も休みなんだ」
来週は休日が被るのを思い出し、顔を覗き込んで頭を撫でながら提案してみた。
ブリジットからクラウスに会いたいと愚痴の手紙も来ていた事だし。
「一緒にお出掛けですか!? 嬉しいです! ブリジット姉様には結婚式以来会ってませんから楽しみです!」
花が綻んだ様な笑顔で了承してくれた、これで来週もクラウスに会える。
寮に戻ると言うので見送った。
「で? 何があったんだ?」
部屋へと向かいながらイザークに尋ねる。
最初に見た時片膝をついていた事に違和感を覚えたのだ、普段のイザークなら屈んで顔を見る事はあっても態々膝をついたりしない。
その事に気付いてはいたが、ついクラウスを優先しまったのだ。
「お前がクラウスと色味が似ていると言って気に掛けてたビューロー侯爵家の坊やがライバルの出現に悋気を起こした、ってとこかな? 私も籠をはたき落としたところからしか見てないからね」
「ファビアンか…、俺とクラウスは似てないから兄弟だと思わなかったんだろうが…。 もし次があったら許さない、侯爵家の長男だろうが関係ない。 …しかし、俺が原因でクラウスが嫌な目に…」
この第一騎士団寮は全員貴族で家の柵が絡み合う事もあり、管理人が目の前に居ても一人を大勢で囲んでいるか流血沙汰にならない限り介入して来ない。
ガックリと肩が落ちる。
「クラウスは大して気にしてない感じだったな、あれは大物になるぞ~! 第三で恒例の野営交流会で大活躍したって騎士科の学生達が噂してたし」
そんな噂は初耳だ、来週のお茶会でじっくり武勇伝を聞かせてもらおう。
その為にも早速ブリジットに手紙を書いて送らねば。
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