第22話 第一騎士団寮訪問
ヴォルフとアルミンにお礼を言って部屋に戻る、そろそろ撤収しないと夕食の仕込みが始まるだろうし。
部屋の前でドアをノックする、返事が無いのでサミュエル先輩は居ない様だ。
部屋の鍵を開け、カール兄様が居なかった時の為にメッセージカードを書く、これがあれば誰かに預けて渡してもらえるだろうし。
机の上にまだ切り分けていない二種類のパウンドケーキを置く、マジックバックに入れておいても寝かせた事にならないから出しておかないと。
ブリジット姉様が持たせてくれたお菓子の詰め合わせの空になった籠がマジックバックに入れっ放しだったので切り分けた分を籠に詰めてメッセージカードを添える。
本人が居たら抜き取ればいいし。
王都の治安を護っている第三騎士団の休日は数人が当番制で出勤するが基本的にちゃんと休日があるのに対して、近衛騎士の第一騎士団は要人警護、魔術師騎士の第二騎士団は要人警護のフォローと王宮内の警護が主な仕事なので休みが交代制の為、第三騎士団が休日だからといって居るとは限らない。
パウンドケーキを入れた籠を持って中庭を横切り第一騎士団寮に向かった。
いつも中庭越しに目にしているが、訪問するのは初めてなのでちょっと緊張してしまう。
入り口にある管理人室を覗くと元は騎士だとわかる立派な体格の五十代後半に見える男性がいた、この寮の管理人さんだろう。
「こんにちは、カール・フォン・ヘルトリングに会いに来たのですが、今在寮してますか?」
声を掛けると、その管理人さんではなく後ろから声変わり途中といった声でいきなり怒鳴られた。
「おい! お前ヘルトリング先輩に何の用だ!? ヘルトリング先輩の何なんだ!?」
声に驚いて振り返ると二歳程年上だろうか、朱色の髪に焦げ茶の眼をした美少年が偉そうに立っていた。
しかも自分が美少年だと自覚している意識高い系の面倒くさそうな感じがする。
正直相手にしたくない、無視したいところだけどカール兄様の関係者ならそういうわけにもいかない。
管理人さんが助け舟出してくれないかなぁと考えていると、俺の手元にある籠に気付いた様で
「何だよコレ! こんな貧相な物をヘルトリング先輩に渡して擦り寄る気!?」
バシリと籠を払い退けられ、籠の中身が廊下に散らばる。
「あぁ…っ!」
個包装してるとはいえ床に落ちた物をカール兄様に食べさせるのは気が引ける、仕方なく拾い集めて帰ろうとして最後にカードを拾おうと手を延ばすと、大きな手が先に拾い上げてしまった。
見事な金の髪を後ろで縛り、深い海の様な藍色の瞳の近衛騎士の制服を着た美丈夫が片膝をついてにっこり微笑みカードを渡してくれた。
「…ありがとうございます」
まるで取り上げるかの様にカードを拾っておきながら、すぐに渡されたので躊躇いながら受け取り立ち上がってお礼を言う。
美丈夫は片膝をついたまま顔を覗き込み
「その色合い…、君はカールの弟かな? カールならもうすぐ着くよ」
「……ッ!?」
後ろでさっきの美少年の息を飲む音が聞こえ、すぐに走り去る足音がした。
「はい、カールは兄です。 弟のクラウスと申します。 兄のご友人で「クラウス!?」
話していると久しぶりのカール兄様の声に名前を呼ばれ、思わず顔がほころぶ。
美丈夫も立ち上がって振り返った。
「カール兄様、お久しぶりです」
「会いに来てくれたのか! アドルフ兄様から新しい生活に慣れるまで大変だろうからクラウスの方から連絡来るまで我慢しろって言われて、ずっと我慢してたんだぞ~」
挨拶と同時にヒョイと抱き上げられ、頬擦りされる。
家ではいつもの事…、いつもの事だけど場所を考えて欲しい!!
しかし久しぶりに会えて構って貰えるのが嬉しいのも事実、嬉しいけど恥ずかしい!
しかもうっすら伸びてる髭がジョリジョリして結構痛い。
「カール兄様夕方でお髭が伸びてるのわかってやってるでしょう! 痛いです! しかもここは家ではなく寮ですよ!!」
恥ずかしさと痛みで顔が真っ赤に染まっていくのが自分でもわかる。
顔と顔の間に何とか片手を差し込んで防御すると、渋々といった感じで降ろしてくれた。
「あ~ぁ、いくら弟が可愛いからってやり過ぎだろ。 見ろ、お前の髭のせいで綺麗な頬に赤い線が出来てるぞ」
カードを拾ってくれた美丈夫が呆れた目をカール兄様に向けて、こちらに向き直る。
「私はイザーク・フォン・ウラッハだ、カールとは同期で友人なんだ、よろしくな」
そう自己紹介しながら手を延ばすとそっと頬に触れ、治癒魔法を施してくれた、水魔法が使える様だ。
ウラッハといえば確か侯爵家だったはず。
「ありがとうございます。 クラウス・フォン・ヘルトリングです、よろしくお願い致します」
改めて挨拶して騎士の礼をとる。
優しい眼差しで目を細めて笑い、次の瞬間信じられない言葉が飛び出た。
「カールがいつも自慢するのがわかるよ、可愛いな~! 俺も抱きたい」
さぁ来いと言わんばかりに両手を広げる。
予想外の反応に思わずカール兄様の服の袖をギュッと握ってしまった。
どうしたらいいのか分からず、困ってカール兄様を見上げると眉間を摘んでため息を吐いた。
「誰がお前なんかに可愛いクラウスを抱かせるか! クラウスが汚れる! クラウス、アイツは有名な女好きだから近づくなよ、悪い影響を受けたら大変だ」
キッとイザーク様を睨みつけて俺の代わりに拒否どころか拒絶した。
「ところで今日はどうしたんだ? それを俺に届けに来てくれたのか?」
期待が籠った眼差しで籠を指差す。
「初めてパウンドケーキを作ったので、カール兄様にお茶請けとして食べて欲しかったんですが…、さっき床に落としてしまったので持って帰ろうかと…」
せっかく良い感じに作れたのに残念で俯いてしまう。
「クラウスが作ったのか!? 落としただけだろ? 包みに入ってるし問題ない!」
ヒョイと籠ごと奪われた。
「あ、ズルイ。 私にもくれ」
イザーク様が籠からひとつ抜き取る。
思わず手を伸ばしたが二人共190センチ程あるので、無駄な努力だった。
今にも食べ始めそうだったので取り返すのは諦めた。
「あの、今日作ったので明日と明後日が一番美味しく食べられますが、一週間まで食べられます」
せめて美味しく食べて欲しくてカール兄様の裾をクイクイと引っ張り伝える。
そういえばさっきの美少年は何だったんだと思い出したが、カール兄様に聞いてしまうと告げ口になってしまうと思い黙っておく事にした。
もう俺が弟だってわかったから絡んで来ないだろうし。
「そうか、わかった。 次の休日はブリジットも誘ってお茶でも飲みに出掛けようか、来週は俺も休みなんだ」
顔を覗き込んで頭を撫でながら嬉しい提案をしてくれた、自分でも顔がほころぶのがわかる。
「一緒にお出掛けですか!? 嬉しいです! ブリジット姉様には結婚式以来会ってませんから楽しみです!」
来週に思いを馳せて美少年の事はすっかり頭から消えた。
カール兄様とイザーク様、一応管理人さんにも挨拶をして第三騎士団寮に帰る、その足取りはとても軽かった。
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