第26話 おねえさまといっしょ

 翌日の夕方、カール兄様からパウンドケーキがお店の物より美味しかったという兄馬鹿丸出しの感想と、休日にブリジット姉様と会う約束をした事、その日は実家に泊まって朝十時までに帰寮するという外泊届けを申請しておく様に、という手紙が届いた。



  次の休日、朝食を済ませて部屋でサミュエル先輩に今夜は戻らない旨を伝えていると、管理人さんがカール兄様が来たと呼びに来た。

 

「おはようございます、カール兄様」


「おはよう、クラウス。 ブリジットから出来るだけ早く会いたいと頼まれててな、準備はいいか?」


 ブリジット姉様が言いそうなセリフに思わず笑ってしまう。


「フフッ、俺もブリジット姉様に会えるのが楽しみです」


 寮を出て大きな通りまで歩くと辻馬車を拾って貴族街へと向かう。

 この王都はなだらかな坂になっており、坂の上に王宮、騎士団寮、公爵家があり、少し下がった所に学校や貴族街が王宮を中心に輪を描く様にある。

 東側に商人街、平民街があり、商人街の一部に歓楽街があって、歓楽街に面した平民街がいわゆる貧民街スラムというやつだ。


 西南北は貴族街だけで各方角に小さな商店街があるが、貴族街に店を出せるのは貴族が満足する品を出している証明であり、商人にとってのステータスらしい。


 馬車の中で誰も見て無いからと俺を膝に乗せようとするカール兄様と攻防を繰り広げたり、実家に帰ってからの予定の話をしていたら十分程で馬車が止まった。


 2ブロック先に商人街が見える場所にある屋敷がブリジット姉様が嫁いだクロージク伯爵家だ。

 来るのは二度目だが、文官としては普通でも商才はあり南側に店を出す程遣り手なので立派な屋敷だ。


「さぁ、ブリジットが待ってるだろうから行こうか」


 門の前でカール兄様が御者に支払いしていると屋敷の扉が開いて中からブラウンの髪に俺と同じくオニキスみたいに真っ黒な瞳の美女が現れた。


「クラウス! 久しぶりね! 会いたかったわ!!」


 豊満な胸に顔を埋める形で抱きしめられ、息が出来ない。

 数秒抱擁を交わして背中に回した手で背中をポンポン叩いて苦しいと知らせると、抱擁からは解放されたが今度は顔に何度もキスが降ってくる。


「ブリジット姉様…! カール兄様にもさっき言いましたが、もう十歳になったんですから小さい子扱いはやめて下さい!」


 放っておいたらこの兄姉はいつまでも俺を子供扱いし続けるのが目に見える様だ。

 キスを止めるとしょんぼりと眉尻を下げて俺を見下ろす。


「だってクラウスが可愛いんですもの」


「兄様達と同じ様に接してください、こんなところをもし騎士団の人に見られたらまた噂になってしまいます!」


 俺の言葉に目を瞬かせ、首を傾げる。


「また? あらあら、クラウスったらもう騎士団で噂の的なの? 詳しく聞かせてちょうだい。 さ、中に入りましょう、カール兄様も。」


 二人は抱擁を交わし、軽くお互いに頬にキスをすると屋敷の客間へと向かった。


 客間に通され、ブリジット姉様お勧めのケーキやクッキーと俺の好きな紅茶が用意されていた。


「さぁ、クラウスについての噂とやらを教えて頂きましょうか?」


 紅茶を一口飲み、ブリジット姉様が口を開く。


「俺も聞きたかったんだ、なにやら野営交流会で活躍したとか聞いたが?」


「まぁ! そうなの!?」


 前のめりで興味津々の瞳を俺に向ける。

 ダメだ、これは全部話すまで帰してもらえないやつだ…。

 俺に着せたい服を全部着せるまで解放しなかった時と同じ眼をしている。


 不幸中の幸いというべきか、ブリジット姉様とカール兄様はアドルフ兄様程勉強熱心ではなかったので、家の本を全て目を通したとか図書館に通ってあらゆる知識を得ようというタイプではなかった為、『私』が持ってる知識を本で読んだと言っても疑ったりしないだろう。


 とりあえずダニエル先輩から教えてもらった俺についての噂と、野営交流会での出来事を見張り中のヨシュア先輩との話の内容とワインの件以外話した。


「まぁまぁ! さすがクラウスね! 可愛いだけじゃなく優秀だなんて素晴らしいわ!」


「それだけじゃなく、クラウスはケーキも焼けるんだぞ! 先週俺に初めて焼いたケーキを差し入れに来てくれたんだが、とても美味しかった」


 物凄いドヤ顔でブリジット姉様に自慢するカール兄様。

 あ、ブリジット姉様がフリーズした。


「ずるい! ずるいわ! カール兄様だけクラウスの手作りケーキを食べるなんて!」


 如実にブリジット姉様の目が私も食べたいと訴えている。


「俺が作ったのは作り方さえ知っていれば誰にでも作れるパウンドケーキなんです。 なのでブリジット姉様が用意してくれたこのケーキの方が断然美味しいですよ?」


 にっこり笑って生クリームの添えられたチーズケーキを一口食べる。


「へぇ…、作り方さえ知っていれば誰にでも作れるのね…?」


 キラリとブリジット姉様の目が光った気がした、むしろギラリと表現すべきかもしれない。


「まさかブリジット姉様…、今から作ろうとか言いませんよね?」


「そのまさか、よ」


 恐る恐る聞くと、とてもいい笑顔で答えが返ってきた。


 結局クロージク伯爵家の料理人や使用人に見守られながら三人でパウンドケーキを作る事になってしまった。

 なぜその事をブリジット姉様に言ったんだと恨めしく思いながらカール兄様を見ると、一緒に作業出来る事が嬉しいらしくてニコニコしている。

 騎士だから身の回りの事は一通り出来る様になってるとはいえ、貴族らしからぬ行動なのに…。


 昼食の準備の邪魔にならない様にさっさと作業を終わらせよう。

 先にバターを量って柔らかくなりやすい様に薄目に切っておいて、他の材料の準備をする。


 折角カール兄様が手伝ってくれると言うのでバターと砂糖を混ぜる力仕事を任せた。


 ブリジット姉様も侍女が止めるのも聞かずに一緒に作ると言うので、試しに卵を割って貰ったら無残な状態になった為、粉を合わせて振るう役目をお願いした。


 さすが裕福な伯爵家なだけあって、わざわざ買いに行かなくても全ての材料が揃っており、とりあえず今回も五本作る事にした。


 二本はブリジット姉様夫妻と今回迷惑をかけてしまった使用人達に食べてもらい、後は兄弟で一本ずつ分ける予定だ。


 いい感じに焼けたので串を刺して確認する、うん、ちゃんと焼けてる。

 オーブンを担当してくれた料理長が天板から焼けたパウンドケーキを下ろす時に少し高い所で手を離して落とす様に置いて行くのを見たカール兄様が一瞬殺気立ったので慌てて口を開いた。


「さすが料理長ですね、専門分野じゃないお菓子の事でも蒸気抜きする事を知ってるなんて」


 その一言で乱暴に扱った訳じゃなく、必要な行為だとわかった様でポカンとした顔になった。


「これでも伯爵家の調理場を預かっている料理人ですから」


 俺がフォローした事に気付いた様で、お茶目にウィンクを返された。


「昼食の頃には粗熱が取れてるでしょうから型から外しておきますね、昼食が終わったらお運びしますので」


 料理長がそう言ってくれたので任せて客間に戻った。


「クラウスったら手際が良かったわね~、驚いちゃったわ。 ウフフ、旦那様が帰って来たら食べさせてあげましょ」


「ブリジット、あのケーキは今日食べるより明日食べる方が美味しいんだぞ」


 俺からの受け売りをしたり顔で説明した、ちゃんと一週間以内に食べる様にという事も。


「ニコラウス義兄にい様は今日は仕事なんですね、会えなくて残念です」


「第二王子の生誕祝いのパーティーが近いから文官は忙しいんだろう、アドルフ兄様も今日は仕事だからな」


 昼食までの時間、久々にゆっくりと語り合った。

 クロージク伯爵家の料理人の腕前が素晴らしかったので、夕食も実家で食べるし寮に戻ってから貴族街こっちでの食事が恋しくなったらどうしようかと本気で思った。


 昼食後に綺麗に洗ってくれてあるケーキ型と一緒に持って来てくれたパウンドケーキをマジックバックから取り出した防水紙とリボンで包む。

 前回作った時に全部を小包装にするか悩んだので多めに防水紙やリボンを買っておいて正解だった。


 その後夕方まで一緒に過ごしたが、ブリジット姉様が最近食事や紅茶の香りがあまり感じられないとポロっと零した。


「もしかして…」


 結婚して二カ月以上経ってるから可能性が無いわけでない、妊娠して食べ物の匂いで吐き気をもよおす事は有名だが、逆に鈍くなる人もいる事もあるらしい。


 前世の姉の友人が旦那さんから最近香水付け過ぎだと注意されて暫くしてから妊娠が発覚した人がいたのだ。


「クラウス、何か心当たりがあるの? 病気なのかしら?」


 不安そうにすがる様な目を俺に向ける。


「確証はありませんが…、妊娠の症状で香りに鈍感になる場合があると何かで知ったんです。 もしかしたら子供が出来たのかもしれません」


「「あ…っ!」」


 ブリジット姉様と侍女の声がハモった。

 どうやら心当たりがある様だ、きっと月のものが来てないとかだろう。

 ブリジット姉様が頬を紅潮させ目が潤み出した。


「でも待って、まだダメよ、確認してないからまだ旦那様には言わないでね。 でももしかしたら…!」


「すぐに主治医を呼んで参りましょう!」


 本当に妊娠していたら待望の跡取りかもしれないのだ、屋敷内が騒然となる。


「忙しくなりそうだから俺達はお暇しようか、はっきり判ったらちゃんと知らせろよ! それまでアドルフ兄様にも言わないでおくから」


 優しく微笑んでブリジット姉様の頭を撫でるカール兄様。

 一報を待っている事を伝えて実家へ先触れを出してもらい、ブリジット姉様が準備してくれた馬車に乗り込んだ。

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