第5話 視線

「おはようございます」

 早く寝たおかげでスッキリした気分で目が覚めた。

「おはよう、よく眠れた様だな」

 笑いを堪えきれてない様な笑顔で挨拶が返ってきた。


 今日は食事をしたら自分で自分の服を洗濯するらしい、洗濯して汚れを落とす様子を観察する事で水魔法が使える者は清浄魔法クリーンをイメージしやすくなって早く覚えられると言われている。


 ちなみに俺は水・火・土の三種類使えるが魔力量は貴族としてなら人より気持ち多い程度だ。

 転生したなら記憶と共にチートに目覚めたりすれば良かったのに…。


 着替えてサミュエル先輩と食堂へ行くと、なんだか微笑ましいモノを見るような生温い視線をそこかしこから感じる。

 サミュエル先輩の袖をクイクイと引っ張り

「先輩、何だか妙な視線を向けられている気がするんですが、どこか変ですか?」

 支給された見習い服の着こなしがおかしいのかもしれないと、自分の身体を見下ろす。


「おはよう! お子様クラウス君!」

 不躾な言葉と共に後ろから現れたヨシュア先輩が俺の頭をワシワシと撫でる。


 乱暴に撫でられて首が持っていかれそうになり、咄嗟にしゃがんでその手から逃れる。

「おはようございます、何なんですかいきなりお子様だなんて…」

 少々先輩に対して失礼な態度だったかもしれないが不本意な言葉にジロリと睨んで抗議する。

 

 これでも一応は二十一歳の記憶を持つ中身は大人だ、『私』を知り尽くす友人には小二男子と厨二病患者を内に飼ってるとか言われた事があるが、会社の同僚には良識ある大人として認識されていたはずである。

 たまに「ホント天然だよね~」としみじみ言われたりしたが『私』は認めていない、天然ではなく笑わそうとしてボケる養殖だ。


 そんな俺の抗議を全く気にする事も空気を読む事もしないヨシュア先輩が満面の笑みで

「そりゃあお前が昨日の点呼の時間まで起きてられずに寝ちゃったお子様だからだよ! クハッ」

 そこまで言うと、堪えきれないように笑い出し、更に衝撃の事実を告げる。


「フロア長がちゃんと居るか部屋の中確認した時、あどけない顔で寝てるお前を見て和んじゃったもんだから結構な人数が覗きに行ったからな、同じフロアの住人は全員お前の名前覚えたと思うぞ、ハハハハハ」


 まさか、そんな…とサミュエル先輩に視線を向けると気不味そうに目を逸らされた。

 膝から崩れ落ちそうになったがなんとか堪え、瞬時に計算する。


( ここで怒ったらただの子供の癇癪と受け止められるだろう、実際まだ十歳は子供なんだから開き直って子供アピールした方が周りも優しく対応してくれるかもしれない、その場合は同期の奴らにも舐められる可能性が高い。子供という事実プラス理詰めで言いくるめてただのお子様じゃないと一目置かれる様にしないと!)

 この間約三秒で考えをまとめる。


 コホンと一度咳払いしてヨシュア先輩に向き直り、あえて周りに聞こえる程度の声量で

「俺はまだ十歳で身体を成長させなければならない為、夜は眠い時には眠れるだけ眠らなければならないのです。 ある国には『寝る子は育つ』という言葉があるくらいですから」


 ツラツラと話す俺にヨシュア先輩も周りもポカンとしている。

 更に畳み掛ける為にも二度の姉の里帰り出産で『私』が姉と一緒に読み漁った育児書の知識を思い出すんだ、俺!

 にっこり笑って余裕気に見せかける。

「成長期には8時間の睡眠をとる事によって身体を成長させるものが体内で増えるそうですよ」


 成長ホルモンだとか脳から分泌されるとかはこの世界では知られてないだろうし証明もできないからその辺はちょっとボカしてみた。


 食堂がシンと静まりかえってしまった。

「サミュエル先輩、早く朝食を食べましょう! 時間が無くなっちゃいますよ?」

 周りと同じ様に固まっていた先輩の袖を再び引っ張ると、ハッとなって食事を取りに向かった。


 食事中にサミュエル先輩が俺の知識に対してしきりに感心していたので

「俺は兄姉と歳が離れているので、早く兄様達みたいに大きくなれる様に勉強したんですよ」 

「確かにカール様は大きいからな」

 フッと優しく笑って納得してくれた。

 何気に俺がヘルトリング家の人間という事もサミュエル先輩が知っていた事もわかってしまった。

 それでも貴族とか関係無く接してくれてる先輩に対して更に好感と尊敬の念を抱いた。

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