第4話 大浴場

 部屋に戻って姉が揃えてくれたお風呂セット一式が入った撥水加工のされた籠とバスタオルや着替えを持つ。


 カール兄様のいる第一騎士団寮は見た目も重視されるのでシャンプーやボディソープも質が良い物が備え付けられているが、他の寮では格段に品質が落ちるらしい。

 その為肌に合わなかったり品質が気に入らない者は持参した物を使うシステムとの事だ。


「この時間なら入れるだろ、年齢や立場によって訓練や仕事が終わる時間が違うから適度に人数がバラけるんだ」


 大浴場に向かいながらサミュエル先輩が色々と教えてくれる。

 

 この世界は魔導具のおかげで電化製品のある暮らしと変わらない、電波がないのでテレビやラジオの様な物は無いがお風呂の為に井戸から水を汲んで来るような事はしなくてもいい。

 ただ防水の浴室や浴槽を造る時にお金がかなり掛かるので一般的には普及していないそうだ。


「ここが大浴場で隣にあるドアがシャワー室だ」


「俺達が入れるくらい空いてますか?」


 大浴場のドアを開けるサミュエル先輩の身体の隙間から脱衣所を覗こうとしたが、ドアの向こうには衝立があって着替えている人が見えない様になっていた。

 廊下から着替えてるところを直接見られるのはなんだか気まずいのでちょっと安心した。


「今入ってるのは七人だな、同時に十二人まで身体を洗える場所があるから問題ない」


 脱衣所でパパッと服を脱ぎ、軽く畳んで扉なしの棚に置き、ボディタオルを肩にヒョイと掛けてお風呂セットの籠を持って大浴場のドアを開けた。


 中は銭湯でよくあるシャワーと水道がセットになった洗い場が十二ヶ所と、泳ぎたい誘惑に駆られそうな広い浴槽があった。

 洗い場の一つに見覚えのある人が居た。


「あ、ヨシュア先輩」


 声に反応して振り返ったヨシュア先輩は俺を見ていきなり笑い出した。


「ブハッ! おっ、お前小さいとはいえ前くらい隠して入ってこいよ!」


 ゲラゲラと笑うヨシュア先輩を横目に一つ空けて隣に座る。

 由緒正しき江戸っ子スタイル(『私』は江戸っ子ではないけど)を笑われ言い返そうとした時、腰にタオルを巻いたサミュエル先輩が二人の間に座った。


「何を馬鹿笑いしてるんだ、うるさいぞ」


 腰のタオルを解いてお湯で濡らし軽く絞ったかと思うと、振りかぶって濡れタオルでヨシュア先輩の背中を思いっきり叩いた。

 当然悶絶するヨシュア先輩を尻目に頭を濡らし洗髪を始めるサミュエル先輩。


「何すんだよ!」


 まだちょっとプルプルしながら涙目で文字通り吠える、褐色の肌でもすぐにわかるくらい赤くなって痛そうだ。


「さっきの仕返しだ、仕返しに対しての仕返しをしたら更に倍返しだぞ?」


 ニヤリと肉食獣らしい人の悪い笑みを浮かべる、不覚にもちょっとキュンとした。

 Mっ気は無いはずなのに新しい扉開いちゃったらどうしよう。


 ヨシュア先輩はお湯に浸かろうとしたが、赤くなったところがお湯に入った瞬間浸かるのを諦めて出て行った、叩かれたところが染みたんだろうな…。

 濡れて萎んだ尻尾が哀愁を漂わせていた。


 頭と身体を洗ってお湯で泡を流しながら、ふと隣のサミュエル先輩を見て目が離せなくなった。

( 尻尾で背中を洗っている…だと…!?)

 目が離せなくなっている俺に気付き、クックッと喉を鳴らしてサミュエル先輩が笑う。


「尻尾の長い獣人の特権だ、羨ましいか?」


 頬を紅潮させコクコクと頷く、普通は後輩の俺が先輩の背中を流すところだが一度尻尾で背中を洗って欲しい。


「ほら、背中洗ってやる「ありがとうございます!」


 食い気味にお礼を言い背中を向ける、前世で二歳の甥が背中を洗ってくれた時みたいに優しくてくすぐったい。


「ふっ、ふふっ、くすぐったいです」


 思わず身をよじって振り返ると、悪戯っ子の顔をしたサミュエル先輩と目が合った。

 スルリと尻尾が脇腹を撫でる。


「ふはっ、や、やめて下さい…! あはははは!」


 コショコショと泡の付いた尻尾でくすぐられ、咄嗟に脇の下でギュッと尻尾を挟む。


「うぁ…ッ! 悪かった! もうしないから離してくれ!!」


 悲鳴の様な声にびっくりして尻尾を離す。

 笑い過ぎて乱れた呼吸を整えて涙目になった目を指で拭う、浴槽の方からゴクリと生唾を飲む音が聞こえた気がしたが気のせいだろう、うん、気のせいさ。

 

 とりあえずラノベでよく見る確認すべき事があるので無邪気を装って聞くのは今しかない。


「挟んじゃってごめんなさい、尻尾とか耳ってせいかんたい?って言うやつなんですか? 掴んだら痛いんですね…?」

 

 しょんぼりと俯き上目遣いで様子を伺う。

 もしもそうならまだ成長途中の俺のJr.を掴まれたようなものだ、かなり申し訳ない事をした事になる。


「いや、オレも悪かった…尻尾の付け根はそうだが…あ、いや、尻尾や耳には神経が多いから身体の他の部位より敏感だから獣人の耳や尻尾は許可なく触らない方がいい」  


 自分も悪ノリした自覚があるのか目を逸らしながらボソボソと答える。


「わかりました、今後気をつけますね」


「そうしてくれ」


 はは、と苦笑いが返ってきた。


 その後まったりと浴槽に浸かって温まり、人が増えてきたので出る事にした。

 その際入って来る人達が皆腰にタオルを巻いていたので、どうやらこの世界はそういう文化らしい。

 考えてみたら男同士の恋愛があるなら意識する人がいても不思議じゃないもんね。

 

 でも身体洗う時や浴槽に浸かる時には外すからあまり意味が無い気がするけれど。

 それとも銭湯とか屋内で裸の付き合いがあるのが一般的じゃないから?

 外で水浴びする時はさすがに全裸じゃまずいもんね、だから隠すのが前提なのかもしれない。

 

 今までは家で兄弟だけで入っていたから隠して無かっただけなのかな、もしかしてカール兄様も入寮初日に同じ事をやらかした事があるかもしれないから今度聞いてみよう。


 部屋に戻って寝支度を済ませると、普段と違う環境で疲れたからかいつもより早い時間に睡魔が襲ってきた。


「今日はもう寝ますね、おやすみなさい」


 ウトウトしながらサミュエル先輩に就寝の挨拶をしながらベッドに潜る。


「はは、もうすぐ点呼があるが寝たって言っておく、おやすみ」


 笑いながら請け負ってくれたが、翌朝待っていたのは「点呼の時間まで起きていられないお子様」という不名誉な称号だった。

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