嘘の代償⑩




雷としては、どうしても行かせたくなかった。 相手は女子であるし、自分が強引過ぎるということも分かっている。 

ただ雷は嘘で塗り固めたコミュニケーションしか知らないため、普段どう接したらいいのか分からなかったのだ。


「え、いや、私は別に話すことなんて」

「俺があるの」

「で、でも私、この後に用事が・・・」

「用事って?」

「か、買い物を頼まれていて」

「じゃあ、俺も付いていくよ。 歩きながら話そう」

「ちょッ・・・」


少女の腕を引っ張りながら、スーパーを目指して歩いていく。


「君、名前は何て言うの?」

「・・・・・・えっと、百合」


長い沈黙から、渋々と百合は答えた。 雷は少しばかり違和感を感じたが、とりあえず気にしないことにする。


「俺は雷。 呼び捨てでいいよ」

「雷・・・。 雷(かみなり)みたいだから、そう名付けたのかな?」

「赤ん坊の頃から雷みたいって、そんなわけないだろ。 父さんがゲームにハマっていて、その影響で“さんだあ”っていう名前になりそうだったんだって。

 でもそれを母ちゃんが止めて、雷になったって聞いた!」

「“さんだあ”って、名前だと外国の人っぽいから、雷でよかったね」

「いや、嘘だよ。 流石に“さんだあ”なんて、名付けようとしないでしょ」

「え・・・。 嘘なの・・・?」

「うん」


しれっと嘘を吐く雷と、キョトンとする百合。 それでも百合は嫌がっている雰囲気を出さないため、雷は続けようと考える。 スーパーまではまだまだ遠い。 

雷は辺りを見回し、道路標識を見ながら言った。


「インドには象専用の標識があるんだけどさ、ティラノサウルス専用の標識もあったって知ってる?」

「ううん、知らないよ。 ティラノサウルスって、あの大きな恐竜だよね?」

「そう! 肉食で、最強の恐竜!」

「そうなんだ、凄いね! 専用の標識だなんて」

「いや、嘘だよ。 その頃に、標識なんてあるわけないじゃん」

「え、これも嘘なの・・・?」

「うん」


おかわり、おかわりだ。 流石にクオリティーとしてどうかとも思ったが、今は質よりも量。 百合に嘘を聞かせること自体が、雷にとって楽しかった。 しかもだ。 その時の百合は、笑っている。


「てっきり本当だと思って、私信じちゃった!」

「はははッ! 百合、全てを信じ過ぎ。 いつか本当に騙されるぞ」


雷も笑ったのは楽しかったからなのだろうか、それとも嬉しかったからなのだろうか。 自分でも何だかよく分からない涙が目の端に溜まり、それを拭った。


「本当ね、気を付けないと。 ・・・でも私、嘘って優しい嘘しかついちゃ駄目だと思っていた。 こういう、面白い嘘のつき方もあるんだね」

「面白い嘘?」

「うん。 嘘が人を楽しませることもあるんだな、って。 違うの? ・・・雷は、人を笑わせるために嘘をついているんじゃないの?」

「人を、楽しませるため・・・。 そんなこと、考えたこともなかったな」

「じゃあ、どうして嘘をつくの?」


嘘を吐くのは、自分の存在を周囲に示す手段だった。 だが今百合に嘘を吐いたのは、自分の存在をアピールするためではない。


「百合は嘘だったって分かって、どう思った?」

「え、えっと、どう思うも何も、あ、そうなんだ、って」

「それだけ・・・?」

「うん、それだけ。 だって恐竜さんの標識があってもなくても、私にはあんまり関係がないから」


楽しいと言われて、悪い気はしなかった。 だが、自分に関係がないと言われると複雑だ。


「関係ないかー! そうかもなぁー!」

「ご、ごめん」

「いや、謝らなくていいよ。 っと、スーパーに着いたね」


雷は嘘を、なるべく分かりやすく大嘘にするという信念がある。 それは言うならば、嘘の内容をなるべく現実や相手から遠ざけるということだ。


「あー、うん」


百合はそう言うだけで、特に動こうとしない。 よくよく思えば、制服のままだし買い物へ行こうとしているようには思えなかった。


「どうしたの? もしかして、財布でも忘れた?」

「いや・・・。 えっと、今は買い物はいいや。 それより、さっきみたいな嘘の話をもっと聞かせて!」

「え・・・」


雷は固まってしまった。 確かに嘘を求めて近付いてくる人間は大勢いるが『嘘の話を聞かせて』と言われたのは、今が初めてだったからだ。


―――いきなりそんなこと、え、困るな・・・。


そこで、昼休みに拾った冊子のことを思い出した。 嘘の話というわけではないが、話して聞かせるには丁度いいと思ったのだ。


「じゃあ、俺が考えた嘘話っていうわけじゃないんだけど・・・」


雷は、白と黒の話を百合に読んで聞かせた。 といっても、先程自分が読んだところまでだと全く完結はしていない。 そう思ったのだが、どうやら本が更新されているようだった。


「あれ? この本、ここまでしか書かれてなかったんだけど、続きが増えてる。 さっきもそうだったんだけど、時間が経つと本の内容が増えていくのかな?」

「え・・・。 もしかして、これも雷の嘘・・・?」

「いやいや、違う。 これは本当! 俺も驚いているんだ」

「そうなの? そんな不思議なことがあるんだ」

「うん。 ちなみに、ここまで聞いてどう思った?」


二人は今、スーパーの裏手にある公園のベンチに向かって歩いている。


「黒は赤のことが好きで、赤は白のことが好き、っていう感じなのかな。 そして白は・・・。 本当は、村で一緒にいたかったんじゃないかな」

「え、何で? だって白は、自分から山へ行ったんだぞ?」

「白は黒に、もっと頑張ってほしかったんだよ。 同じことをして結果に差が出るなら、それを埋めるよう頑張るのが白の考えなんじゃないかな」

「なるほど、そういうところを赤も気に入ったっていうことか」

「うん。 それで、続きは・・・?」


百合の言葉に頷くと、雷は続きを読み始める。公園は遊具で遊ぶ子供がチラチラといるが、周りには誰もいないため静かだった。


“白と黒が同じことをして、同じ結果が出ていたということを村人はよく知っていた。 そして、ある日を境に差が出始めたことも知っている。 その理由が“白が黒に呪いをかけたから”というもの。

 怪し気な像に毎日願をかけ、黒の成果を吸い取っていたという噂を黒が広めたのだ。 そして黒自身噂を広めているうちに、本当に像を使って自分に呪いをかけたのだと思い込むようになってしまった。

 その効果は抜群だ。 白は村で噂が広まったということを知る術はないし、村人からしても、白が像を大切にしていたことを知っているため信じない理由はない。

 その時、山を流れる川からの洪水で、大きな被害が出たことも災いした。 そして白は、村人から“災いをもたらす悪魔”として恐れられてしまう。 ただ赤だけは、それを否定した。”


ここで話は途切れている。 まだ白紙のページは残っているが、続きが浮き出てくるような気配はない。


「白が幸運になったんじゃなくて、黒を不幸にしたことにしちゃったんだね」

「みたいだな。 こういう嘘は駄目な嘘だ。 人を傷付ける嘘は、吐いちゃいけない」

「うん、私は雷の楽しい嘘が好きだよ」

「・・・え」

「話の続き、どうやったら出てくるのかな?」


百合はにっこりと微笑んだ。 ベンチで冊子を‭覗き込むようにして見ていたので、肩が触れ顔が近い。 雷は自然と、顔が赤らむのを感じた。


「し、知らない。 また明日にでもなったら、出てくるんじゃないか? だから、また明日会おうよ」


雷も折角出会えたため、今日だけで終わらせてしまいたくなかったのだ。 友達になりたかったし、これからも仲よくしたかった。 そう思いニッと笑ってみせたのだが、その瞬間フッと彼女の顔が暗くなる。


「・・・ごめんね。 雷とは、もう会えない」


「え・・・」






雷が固まっている間も、百合は言葉を続ける。


「私、もう明日にはいなくなっちゃうから」

「な、何を言っているんだ・・・? もしかして、親が転勤するとか?」


百合は遊ぶ子供たちに目を向け、細く息を吐いた。


「ううん、そういうのじゃないの。 ただ、今日の私は明日の雷には会えない」

「意味が分からないよ。 ま、まさか・・・? 今日、死んじゃう・・・とか?」

「そんな感じ。 だからその本の続き、今日知りたいな」


百合は元気に見え、とてもではないが今日命を失うようには見えない。 もしかしたら、雷の知らない重大な病気でも抱えているのかもしれないが、あまりにも受け入れ難い事実だった。


―――もしかして、俺の真似をしようとしているのか・・・?


雷がそう考えたのも、仕方のないことだった。 大袈裟に、相手に伝わるよう嘘を吐くことが雷の信条だ。 それでこそ、相手の求めることに応えることができる。

そんな雷にとって、一番許せないのが命に係わる嘘だった。


「ふざけんなッ!」

「え・・・」


強く立ち上がった雷に、百合は酷く驚いた。


「そういう嘘は絶対吐いては駄目だ! さっき言っただろ、人を傷付ける嘘は駄目だって!」

「え、あの、違ッ・・・」

「そんなことで、俺が笑うと思ったか? 俺が心配すると思ったか?」

「違うの、雷! 聞い・・・」

「あぁ、むしゃくしゃする! もう百合と会うことはないだろうな! さよなら!」


雷は怒りを隠そうともせず、ずんずんと歩き公園を去った。


「くそッ」


道端の小石を蹴ると、カンカンと転がり電柱の陰へと消えていく。 それがまるで、世界から弾かれる自分のように思えた。


―――・・・やっち、まった・・・。


ようやく、楽しい時間を共有できる相手が見つかったと思っていた。 だからこそ、余計裏切られたような気持ちになったのだ。 それでも、あそこまで怒ることはなかったと今となっては思う。


―――・・・今更、謝れないよな。

―――だけど、もし百合の言っていたことが本当だったとしたら・・・。


酷いことを言ってしまったと、後悔し始めていた。 雷は持っていた冊子を取り出し、何気なく後ろのページを開く。 新たに話が追加されていれば、百合のところへ戻る口実になると考えたのだ。


「やっぱりあるわけな・・・。 いや、ある!」


冊子には、新たなページが刻まれていた。 雷は踵を返すと、謝りの言葉を考えながら元来た道を懸命に走っていく。 

百合の連絡先も何も知らない今、公園から離れてしまえば本当にもう二度と会えないと思ったのだ。





 

雷には仲のいい幼馴染がいた。 一歳年上の彼女は、雷に懐きどこへ行くのにも付いてくる。 身体も小さく体力もなかった彼女の面倒を見るため、雷自身も色々と苦労した。 

犬に吠えられれば、泣きやませるため『吠えているんじゃなくて、早口言葉を言っているだけ』と言ったり、物をなくせば『怪し気な占いをやって見つける』と言って、

身体中泥だらけになりながら探したことも憶えている。 他、怪我をした時に市販の薬を塗り付けて『万病に効く薬草だ』と言ったこともあった。

百合が言うところの優しい嘘を、雷自身自然に吐いて彼女を元気付けていたのだ。 だが――――少女が幼稚園の頃、ある事件が起きた。

怪我をした友達を助けるため、幼馴染は雷が吐いた嘘である“万病に効く薬草”とやらを取りに、数人で山へ行くことになった。 当初、雷はそれを知らない。 そのような状況で、事故が起きたのだ。

グループの一人が、山道で足を滑らせ大怪我をしてしまった。 そしてその責任は『“万病に効く薬草”を採りに行こう』と言った、幼馴染のものになる。

更にそれがデタラメだということも分かり、酷いいじめに遭ってしまった。 雷はそれを知り幼馴染に謝ろうとしたのだが、既に遅い。 彼女の心は、とっくに壊れてしまっていた。

彼女の両親もそれを痛ましく思い、他所へ引っ越すことに決めたのだ。 『この子は強い子だから、またいつか雷くんに笑顔を見せる時が来る』という、彼女の両親の最後の言葉も憶えている。

その日から雷は、誰彼構わず嘘を吐くようになった。 彼女に張り付けられた“嘘つきのレッテル”を、全て自分が被るために。 元々全ての責任は自分にある。 

嫌な噂を立てられても、気にしないようにした。 ただそれを本当に信じる者が少なからずいたため、雷は大袈裟で分かりやすい嘘を吐くようになっていったのだ。


―――それがいつの間にか、自分の存在を示す手段に変わっていた気がする。

―――百合とあの子が何となく似て見えたから、知らず知らずに重ねてしまっていたのかもしれない。


幼馴染とはあれから会っていない。 連絡先も分からない。 『いつかまた笑顔を見せてくれる』というあの言葉は、幼馴染の両親の優しい嘘だと分かっていた。


―――だって、全ては俺のせいなんだから。

―――・・・俺がいなければ、あの子はあんなことにはならなかったんだから。



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