嘘の代償⑨




数分前



結局、裏山で特別な収穫を得ることができなかった雷は、家路に就いていた。 物語の続きが気になったが、元々それ程期待していたわけでもないし仕方がない。


「ちぇッ、俺が代わりにこの本の続きを・・・。 って、え・・・?」


ランドセルから取り出し、パラパラとページを捲ったところで目を見開いた。 ――――先程の続きがある。 先刻までは確かに白紙だったその場所に、文字が書かれていたのだ。


―――あれ、俺が勘違いをしていただけか・・・?


当然そうなれば、道を歩きながらでも読み始めるしかない。 前方を確認してみると、とりあえず大丈夫そうだった。


“白は村から外れたため、暮らしの質が黒よりも落ちた。 だがそれでよかったのだ。 像の力なのかそれでも幸運はやってきたし、誰かに気を遣うこともなくなった。

 黒も白がいなくなったことで、暮らしの質が落ちた。 何故白は、村から離れたのだろうか。 もしかしたら、利益を独り占めするためではないのだろうか。

 それでも白よりは大分いいのだが、次第に不満を募らせていく。 そんなある日、村に赤がやってきた。 赤は白が住んでいた空き家に住み着いた。

 社交的で努力家の赤は村人に気に入られ、当然黒も気に入った。 家が隣だったということもあるだろう。 黒は毎日のように赤と交流し、そして次第に白のことを忘れていった。

 そんなある日、赤は自分の住まいの前の住人である白のことを知る。 自分がこの村で豊かに暮らせているのは、白の家のおかげ。 そう考えた赤は、感謝を伝えるため白に会いにいった。

 白は人里離れた山で、赤や黒と同等の生活を築いている。 それを知った赤は驚き、礼と共に賞賛した。 ここに至るまでの苦労は、並大抵のものではなかっただろう。 

 だが白は『運がよかっただけだ』という。 赤は村に帰ると、黒に白のことを伝えた。 黒も離れた場所で自分と同等の暮らしをしている白に、劣等感を感じることはなかった。 

 こうして三人は、平穏に暮らしていくと思えた――――のだが、そうはいかなかったのだ。 赤は白を自分と同じ努力家であると考え、次第に白へと惹かれていった。 

 黒との交流もそっちのけで、白のところへ行く毎日。 黒はそれが許せなかった。 少しずつ、赤よりも黒の生活が悪くなっているのも影響した。 そこで黒は、白の嘘の噂を流し始める。”


“嘘” その単語を見た時、雷の心臓が大きく跳ねた。 自分にとって身近なソレが、物語に入り込もうとしたのに拒否感を感じたからだ。


“やはりお前は、黒側のようだな。 赤さえ来なければ、平穏だったのかもしれないが”

「俺を一緒にすんなよ・・・」


雷は嘘つきである。 それは自分でも分かっているが、人の嘘の噂を流したことは一度もない。 だが、流されたことはあった。 苦々しい記憶だが、心の中の自分はそれを見て見ぬフリをしている。


“赤が、黒の嘘を信じるかどうかが問題だな。 さぁ、続きを読んでみようぜ”


不快だったが、その通りだと考えた雷はページを捲ろうとした。 その時、前から歩いてきた一人の少女と運悪くぶつかってしまう。


「あ! ご、ごめんなさい!」

「・・・」


謝ってきたということは、相手も不注意だったのだろう。 おどおどとして気の弱そうな少女だ。 本を読んで、むしゃくしゃとしていた雷は思う。


―――嘘っていうのは、陰で言うもんじゃない。

―――分かりやすく、相手に嘘って伝わることが重要なんだ。


普段なら、初対面の相手に嘘を吐いたりはしない。 だがこの時は違った。 大袈裟に、道路に転がってみせる。


「うわぁぁぁ! 痛いッ!」

「え、嘘・・・。 本当にごめんなさい! 私が、うっかりしていたせいで」

「あー、これきっと全身の骨が砕けちゃってるよ。 明日になったら俺は、人間じゃなくてスルメイカになってしまうんだぁぁ!」

「そ、そんな大変なことに・・・!? ど、どうしよう・・・」


雷の嘘は相手にすぐ嘘と分かる。 初対面なら変な者だと思われ、すぐにどこかへ去るだろうと考えていた。 だが少女は本気でおどおどとし、本気で不安に思っているのが伝わってくる。

“これはマズい”と思い、今度は大袈裟に笑ってみせた。


「ぷッ、はははは! 嘘だよ、嘘。 そんなことあるわけないじゃん」

「嘘、だったの・・・?」

「そりゃあ、そうでしょ。 もし軽く当たっただけで全身の骨が砕けるなら、俺は走ることすらできていないって」

「はぁ・・・」

「しっかし、信じる人がいるなんてな。 俺の嘘もなまったかな・・・。 いや、やっぱり初対面の相手には・・・」


言いながらも、悪い気分はしていなかった。 雷の嘘は嘘だとすぐに分かるため、誰も信じない。 馬鹿にするような物言いが大半だし、軽蔑されることもある。


―――もっと、嘘を吐いてみたい。


最近では求められたことに応えるため、嘘を吐く。 そんな日常に飽き飽きして嫌気が差していたが、この少女にならもっと面白く嘘がつけるような気がした。


「・・・とりあえず、私はもう行くね」


少女は雷が大丈夫だと分かると、背を見せ立ち去ろうとする。 その腕を咄嗟に捕まえた。


「あ、ちょっと待てよ」

「え、あ、はい」

「少し、話そうよ」



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