嘘の代償⑤
―――ふぅ、こんなもんか!
雷は額の汗を拭いながら、ピカピカになった靴箱を満足気に眺めた。 別に慈善事業でやったわけではなく、ただの掃除当番に過ぎない。 それでもここまで熱心に掃除をする小学生は、中々いないだろう。
「お、誰か来たぞ」
綺麗になった靴箱の反応を見てやろうと思い、陰に隠れながら様子を伺ってみた。 だがやって来た少年二人は、チラリとも見ずにどこかへ行ってしまう。
「はぁーッ!? 何を見てアイツらは生きて・・・。 お、また来た」
今度やってきたのは、二人組の少女。 女子なら気付くかもしれないと、期待も増す。
「あれ、靴箱が凄く綺麗になってる・・・?」
「本当だ。 美化委員が頑張りでもしたのかな?」
雷は満足気に口を緩めると、意気揚々と二人の前へと歩み出た。 同時に、持っていた箒と雑巾をくるくる回してみせる。
「ふっふーん」
「ら、雷くん? どうしたの? そんなドッキリに引っ掛かって呆然としている人を、見下しちゃう鬼みたいな顔をして」
「そんな顔してないやい!」
「で、何?」
「ここらの靴箱は、俺様が失われた秘術クリーンクリーンを使って、綺麗にしたのさ!」
雷はビシッとポーズまで決めて、キッパリと言い放った。 だが、少女たちは冷めた目で見つめてくる。
「クリーンクリーンって・・・。 ださッ」
「もう行こ。 綺麗になったって思ったのも、多分気のせいだよ」
「そうだね」
「え、ちょ、待てよ!」
引き止めようとするが、彼女たちの腕を掴もうとした手は宙を舞い二人は立ち去ってしまった。
―――・・・んだよッ!
―――綺麗になったっていうのは、自分たちも言っていたじゃんか。
このようなことは日常茶飯事であるが、こうでもしないと自分のキャラを保てないのも事実。 頑張った成果は、ほとんどの場合で認められない。 やればやる程、空回りしてしまうのを感じる。
―――いっそのこと、全て止めて・・・。
そのようなことをすれば、今までの全てが無駄になると思い首を振った。 そもそも、嘘を吐かないとやっていられないのは自分自身だ。
「さてと!」
雷は掃除道具を片付けると、中庭へ向かう。 今は誰かと絡みたい気分ではない。 一人静かに木漏れ日を眺めながら、鳥のさえずりでも聞いていたい気分だった。
―――なーんて、おセンチな俺なんて俺じゃないよなぁ。
ベンチに横になると、空を眺めてみる。 ゆっくりと動く雲が自由の象徴のように感じられて、羨ましかった。
―――・・・ん?
その時、木の枝に何か本のようなものが引っかかっているのが目に留まる。 普段なら気にすることもない些細なものだが、今は暇だから手に取ってみたいと何気なく思った。
手を伸ばしても到底届かない。 木登りをすることも考えたが、何か棒のようなもので叩き落した方が簡単だろう。
「さっきの箒か」
幸い昇降口まではそれ程遠くない。 箒でそれを落とすのには、左程時間もかからなかった。
―――ぼっろ・・・。
本というよりは冊子のようなもの。 汚れていてボロボロだ。 手に取ったことを、後悔する程に。 だが逆に、だからこそ何が書いてあるのか気になった。
「呪願・・・?」
もともと読書が好きである雷には、自然なことだったのかもしれない。 ページをめくり、内容に目を通し始めた。
“黒と白の二人は同じ能力を持って生まれ、幼い時分から仲がよかった。 着る服も、食べるものも、住む場所も、全て同等のもの。 村人はそれを微笑ましく思っていた。
だが、次第にそれは壊れていく。 ある日、白と黒は小さな像を拾った。 小汚い像だったので、黒は『いらない』と言い、白はそれを持ち帰り家に飾った。
黒とは初めて違うことをしてしまうが、黒も『構わない』と言ったので問題なかった。 それから白の方が、黒よりもほんの少しだけ運がよくなった。
魚を採れば白の方が大きく、木を切れば白の方が質がよく、農作物を育てれば白の方が量が多い。 全く同じことをやっても、常に黒よりいい成果が出た。
少しずつ白の服や食べるもの、住む家がよくなっていく。 黒は隣に住む白を見て、不満が蓄積する毎日。 そんなある日、黒は白に言った。
『これでは不公平だから、お前のものと俺のものを足して半分で分けよう』 白はそれを承諾するが、今度は白に不満が溜まっていく。
自分の方が常に結果を出しているというのに、何故黒に分け与えなければならないのだろうか。 そう思った白は、黒から距離を取ることにした。 同じことをするから差が生まれる。
馬と牛を比べることができないように、別の人生を歩んでしまえばいい。 白はそう考え、住んでいた村を離れ山へと移り住んだ。”
ここで話は途切れていた。 雷は本をくるくると回して確認するが、破られたような跡はない。 だが白紙のページが続いていて、これで終わりだとは思えなかった。
“もしかして、こんな話に興味があったりすんの?”
熱心に読み進めていた雷に、心の声が囁きかける。 潜在意識が集中していようが、お構いなしだ。
「うるさいな」
“随分熱心に読んでいたじゃないか。 こんな汚い冊子だっていうのに”
「も、元から本を読むのは好きだし!」
“いや、それだけじゃないだろ? 自分でも分かっているはずだ”
「・・・」
“気付いているか? その物語の舞台が、今お前が立っているこの場所だっていうことを”
「は・・・? 何でそうなるんだよ」
“だって、書いてあるじゃないか”
「・・・こんなの、本当のことじゃないだろ」
表紙をめくった裏に、小さな地図が書かれていた。 それは今の地図とは違うが、明らかに雷が住む場所に似ている。 白と黒が住んでいた場所、白の移り住んだ山、全てが物語に沿って書かれていた。
“行ってみたかったりする?”
「・・・行ったところで、何があるっていうんだ」
自分の中に欠けている何か、望む何か―――― それをそこにいけば、知ることができるような気がした。
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