見えないもの

 肌寒く、湿っぽい。

 台風は通り過ぎたあとだった。普通は暖かい空気が流れるはずなのに、風のせいか寒く感じた。

 私は猫を撫でる。ねこはそっぽをむていた。逃げないのは、きっとちょっとした気分だろう。私は無意識に撫で続けていた。


 遠くでカモメが飛んでいる。橋の上に寛いで、ああなんて優雅な事だ。

 すごく遠くに、君が見える。銃を担いだ君は、ホイールロック式は使いづらいとぼやくのだ。欠伸をする。私もつられて欠伸をする。


 ずっと遠くに思い出のガラス温室がある。地震で壊れたが、苔の生えたいい場所だ。私はそこに毎晩通う。


 あぁ、疲れてしまった。情報量が多すぎてパンクするのだ。

 私にとっての一日が、崩れ落ちそうになっている。それもいい。

 うさぎの抱き枕にしがみついて横になって、枕から少しはみ出して言うのだ。


「泣いたって、許さない」

 私は目を瞑る。そのまま、銀色に光る土のなかへ、落ちていくのだ。


 泣いたって許さない。

 私の師匠の最後の言葉だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る