第20話


 ルフェルの手が震えている理由を考えていた私は、すっと視線を上に向ける。

 と、彼は整ったその顔を真っ赤にしながら、私の方を見ていた。


「……ル、ルフェル、大丈夫? 体調が悪いの?」

「……い、いや。そんなことは断じてなくてね。そのなんだ……」


 ルフェルはしばらく目を白黒させたあとで、あきらめたようにため息をついた。


「じ、実をいうとね。私はあまり女性経験が少なくてね。どうしても、緊張してしまうんだ。……それに……キミは一目惚れした相手、だしね」


 その言葉に私の頬が熱くなる。

 

「そうだったの? でも、私の屋敷で出会ったときも、堂々としていましたし、旅の途中でもずっと慣れている様子でしたよ?」

「それは頑張ったんだ! 今日一日、必死にキミを楽しませようと努力したんだ。けど、その……こ、この抱き着きは予想外だったんだ」


 ルフェルは恥ずかしそうに頬をかいてそっぽを向いた。

 これまでの堂々とした態度とまったく違って、私はつい口元が緩んでしまった。


「……いえ、そんなことありません」


 それと同時に、頬が熱くなる。

 これまでの行動が、私を思ってしてくれたことなんだと分かった途端、私も急に恥ずかしくなってきてしまったのだ。


「すまない、アルフェア……さすがに私もそろそろ、緊張でぶっ倒れそうだ。い、一度離れてはくれないか?」

「……すみません、ルフェル。もう少しこうさせて」


 ルフェルの反応が楽しみたい気持ちが少しだけ出てきてしまって、私はさらにぎゅっと抱きついた。

 ルフェルの心臓に耳を当てると、彼の鼓動がとくとくと聞こえる。それが妙に心地良い。


「あ、アルフェア……っ。あ、ああ……分かった」


 私がさらに抱き着いたのは、ルフェルをからかいたいからじゃない。いや、ちょっとだけ。本当にちょっとだけそんな気持ちもあった。


 だけど……何よりもこの行為は私自身のためのものだった。

 ……きっと私の頬も真っ赤だから。


 ……だから、私はそれを隠すために、彼に抱きついた。


 しばらく彼に抱き着いて、そのぬくもりに心を落ち着けてから私は、すっとルフェルから離れた。


「わがままを言ってごめんなさい」

「いや、いいんだ……私も悪い気はしないからな」

「それでは、また頼んだらさせてくれるの?」

「あ、ああ……っ。その時はもう少し頑張ろう」

「ふふ、そんな気張らなくてもいいわ。……ルフェルは、今のルフェルが一番魅力的だから」

「……そ、そうかな? それでも、やはり男として女性に対しては余裕をもって接したいんだ」


 そこは男性としてのプライドというのがあるのかもしれない。

 私は微笑を返してから、すっと頭を下げた。


「ありがとうルフェル。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ。また明日」


 彼と別れた後、私は部屋へと戻った。

 ……涙は流れず、心は穏やかだった。

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