第19話


 夕食を頂いたあと、私は用意された自室に戻ってきた。

 部屋につけられた魔石の明かりに魔力は使わず、私はベッドで横になりなった。

 そんな私のほうにフェンリルがやってきて、近くで丸くなって目を閉じた。


 その背中を撫でながら、私は今日一日の出来事を思い出していた。

 ……本当に色々があったなぁ。


 ここまですんなりと戻ってこれたのは、フェンリルのおかげよね……。

 私は眠り始めたフェンリルの背中を撫でる。心地よさそうに尻尾を動かすフェンリルを見ながら、私は軽く息を吐いた。


「……ウェンリー王子」


 その名前をぽつりとつぶやいてから、息を吐いた。

 あの王都に戻り、完全に決別したつもりだったけど、やっぱり少しだけ私の心の中に彼が残っていた。

 

 今日、あの場で婚約破棄をし返した瞬間だって、少しだけ。ほんの少しだけ迷いはあった。


 だって、私は……物心がついたときから、ウェンリー王子が好きだったんだから。

 ウェンリー王子のために、ウェンリー王子にふさわしい女性になるために今日まで頑張ってきた。


 なのに、彼に裏切られた。

 ……怒りと同時に悲しい気持ちが沸き上がる。

 

「うん、今日で終わり!」


 ……私は頬を一度叩いてから、そう自分に言って聞かせた。

 今日だけはたくさん泣いて……明日からは新しい自分になって、これからを楽しもう。


 そう思っていた時だった。

 部屋がノックされた。


「誰?」

「ああ、私だ。ルフェルだ」


 ルフェル? どうしたんだろう?

 気になって私が扉を開けると、彼が微笑とともに私を出迎えた。


「すまない……もう休んでいたかな?」

「いえ、大丈夫よ。ただ、フェンリルはもう眠っているから廊下でもいいかしら?」

「ああ、構わないよ」


 彼とともに廊下に出る。どこかの窓が開いているのか、心地よい風が廊下を抜ける。


「それでルフェル、どうしたの?」

「アルフェアがまだ、少し悩んでいるように見えてね」

「……気づかれちゃった?」

「ああ。……今日は色々あったからな。私は……その、キミの気持ちの半分も理解できないと思うけど……その」


 ルフェルは頬をかきながら、言葉を必死に紡ごうとした。

 ……私を慰めてくれようとしているのが分かって、口元が自然と緩んだ。


「ありがとう、ルフェル。私、すべてを終わらせてきたの……だから、明日からは、新しい私として、新しい人生を楽しもうと思うの」

「……うん、それでいいと思う」

「……だけど、そのちょっとだけ、胸を借りてもいいかしら?」

「あ、ああ……」


 ルフェルの方を向いた私は、それから彼の胸にぎゅっと抱きついた。

 悔しい思いがたくさん出てきた。悲しい気持ちだってそれに混ざっていく。もうなんていえばいいのかわからない。渦巻く感情に任せていると、そっと背中が撫でられた。


 その手は少しだけ震えていた。

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