第7話 男の決闘 ―I'd like to know you.―

『アーマメントスーツ』の下の肌があわ立つ。

 胸が締め付けられ、呼吸が浅く、早くなる。

 互いに銃を向けたまま、静止した時が流れていく。 


「……だ、だだだ誰、ですか」


 コンソール脇に備えられたマイクに口を近づけ、カナタは囁いた。

 SAMの拡声機能によって対峙する機体へと届けられた声に、相手は銃口を下げる。


『その声、話し方、もしかして月居くんですか?』


「……さ、早乙女くん、なの……?」


 何故、彼がここにいるのか。いつからいたのか。どうしていきなり銃撃したのか。

 カナタの疑問は次々と湧き上がるが、それはレイも同様だった。


『「VRダイブ室」には矢神先生がいたはずです。他の誰も部屋に入れるなと、彼には頼んでおいたのですが……』


「えっ……? だ、誰もいなかった、よ?」


『はぁ? あの男、まさか勝手に持ち場を離れて――』


 自分が「VRダイブ室」に入れたのは偶然鍵が空いていたからだとカナタは思っていたが、実のところは違っていた。

 矢神キョウジという男は授業外でのレイの仮想空間へのダイブを特例として認めた上に、カナタがここに来るのを見越して部屋を明けておいたのである。

 部屋は薄暗く、ヘッドギアを着けて横になっているレイのベッドはカーテンに遮られていたので、カナタは気付けなかった。


『……奇襲をかけたこと、謝ります。まさかボク以外の人が来るとは思ってもいませんでしたから、少し驚いてしまって』


「あ、謝らなくていいよ。ひ、非は無断で立ち入った僕にある」


『……あの、立てますか? 殺すつもりで撃ったわけではないので、大丈夫だとは思いますが』


 声を震わせるカナタに、レイは訊ねてくる。

 あの破壊衝動に任せた射撃を見られた――レイの目には自分がどう映ったのか、それを考えるとカナタは怖かった。あれは月居カグヤの息子として、決して人に見せたい姿ではなかったから。


『どうしました? 立てないのなら、手を貸しましょうか』

「……う、ううん。へ、平気だよ」


 こちらを案じてくるレイに少し上げたボリュームで答えながら、カナタは機体の体勢を立て直した。

 朝の教室ではあれだけ嫌悪感を剥き出しにしてきたレイが、どうして謝ったり心配したりしてくるのか、カナタには分からなかった。

 モニター越しに見えるのはSAMの無骨な顔だけで、パイロットの表情は当然伺えない。

 対面したもののどうすれば良いのか迷うカナタの心情を見透かしたように、レイは言ってきた。


『ここで、ボクと戦ってくれませんか。まだ弾は残っているでしょう?』


 そうしたい理由は口にせず、ただ戦うことをレイは求めた。

 複雑な理屈など要らない。二人が願い、欲するものは同じ――「強さ」だから。

 強くなるには戦うしかない、その共通認識だけが彼らを繋いでいた。


「わ、分かったよ。た、戦おう」


 目元にかかった銀髪を掻き上げて、カナタはその頼みに応じた。

 それから両者は銃剣を構え直し、後ずさって十分な間合いを用意する。

 即席のステージは殺風景なアスファルトで、観客は一人もいない。だが、カナタにはそれくらいが自分には合っていると思えた。そして、レイも同じ感想を抱いていた。


『では――行きますよ』


 月夜の決闘が幕を開ける。

 宣言と共にSAMの手の甲から放たれるは、ワイヤー式のアンカーだ。

 壁面や『異形』の身体などに突き刺し、巻き取ることで3D的な機動を可能にするSAMの基本装備である。

 その役割は移動補助にとどまらず、アンカーを敵の急所に打ち込むといった攻撃にも用途を広げられる。レイの狙いもそれで、カナタの【イェーガー】の右肩へとアンカーを撃ち放つが――。


「っ……!」


 前進と同時に地面すれすれまで機体を前傾させ、その攻撃を回避するカナタ。

 足底部に収納していたホイールを展開、急加速。

 銃剣の刃を閃かせ、レイの首を取らんと肉薄する。


『今のは軽いジャブです、それを避けたくらいで調子づかないでくださいねッ!』


 レイは振り上げられる刃を銃剣の柄で受け、弾き返す。

 腕から肩へと伝播する激突の衝撃にカナタは歯を食いしばりながら、下へ向いた剣先を力任せに上へ引き戻した。


「う、うおあああああああッッ!!」

『へぇ、沈みませんか!』


 吼えるカナタ、歓喜するレイ。

 汗を流す少年はモニターに映る機体越しにレイを見つめながら、染み付いた記憶でコンソールを見もせずに操作する。

 駆動部の関節を激しく軋ませて再び斬り上げられる銃剣に、金髪の少年は瞳を輝かせて笑った。

 

『荒削りな戦い方。経験に依らず知識と天性の才能だけで進める、強引な試合運び。ですが……嫌いではありません!』


 魔力を燃やして緑色に煌く光の壁を展開し、カナタの剣圧の一切を鎮める。

 魔法の扱いは自分に分がある――入学式のエキシビションマッチで得た情報からレイはそう分析する。


『申し訳ないですが、近接戦闘は切り上げさせてもらいます!』


【防衛魔法】を発動したのは一瞬だったが、距離を取るにはそれで十分だった。

 足底部のホイールを逆回転させ後退、アスファルトを削りながら急ブレーキを踏む。 

 小銃の連弾をカナタへ見舞うのと並行して、レイは魔力を練り上げ魔法へと昇華させていく。

【イェーガー】の顎がその口内を覗かせ、風の魔力が緑色の「魔力光」を瞬かせた。


「ぼ、僕だって……!」


 入学してからの二週間、カナタはただぼんやりと席に着いていたわけではない。

『魔法学』の授業で学んだ基礎的な魔法に加え、母・カグヤから貰ったテキストを参考に彼オリジナルの魔法を構想していたのだ。

 魔法の発動はSAMに搭乗していないと不可能なため、これまで試せてはいなかったが――丁度いい機会だ。


(早乙女くんの大技は「風属性」。風とはつまるところ空気の動きだ。だったら、それを阻害する「力属性」の魔法を使えば……!)


 無意識のうちに芽生えていた対抗心が、レイの十八番に対応できる魔法をカナタに考えさせた。

 魔法には属性があり、その属性ごとに『魔素まそ』と呼ばれる魔力の最小単位がある。化学に例えれば元素のようなものだ。そして魔法を『魔素』の構成で表した式を、『魔法式』という。

『魔法式』のコマンドをSAMに入力すれば、『コア』が自動的にパイロットから魔力を得て魔法を発動するという仕組みだ。

『魔素』の組み合わせは無限大であり、生まれる魔法の効果もまた多岐にわたる。魔法式を作り、魔法として体系づける――機体の操縦技術のみならず、SAMパイロットにはその「発明」が求められるのだ。

 そして月居カナタという少年は、本人も自覚していないことではあるが、人並み外れた発明の才を有していた。


(力属性の魔素αを二乗して、同属性の魔素γを三乗する。さらに闇属性の魔素θも混ぜ合わせれば……)


 少年の瞳が光を宿す。

 喜々としてコンソールにコマンドを入力していくカナタの指さばきは一切迷いがなく、迅速だった。

【イェーガー】が開く顎に溜められる「力属性」の白と「闇属性」の黒の魔力光の輝きに、レイは興味深げに目を細めた。


『エキシビションマッチでは見せなかった魔法……それでも、ボクの嵐は止められませんよ!』

「き、君には負けない! ぼっ、僕だって、君のように強くなりたいから!」 

 

 レイとカナタ、叫ぶ二人の砲門から魔法が同時に放たれる。

 魔力をチャージしていた時間が僅かに長かった分、威力ではレイのほうが上回るだろう。

 暴れ狂う竜巻の周囲を囲み、白光を散らすカナタの「力と闇の複合魔法」。

 猛り唸る風の声を聞きながら、二人は魔法同士の激突の行方を見守った。

 

『君の才能は認めます。ですが……ボクには本物の「異形」と戦った経験と、三年間毎日流した汗がある! この身体は、君が知らないあの「恐怖」を、絶望を、既に知っているのです!』


 エリートとして来日した少年のプライドは、二度目の敗北を許さない。

 同じ相手に二度負けるなど、レイの過去が――大切な人を守れなかった忌まわしい敗北の記憶が、許しはしない。

 弱ければ大切な人を失ってしまう。だから、レイは強さをひたすらに希求する。一日たりとも自分を甘やかすことなく、愚直なまでのストイックさで彼は『レジスタンス』に見出されるほど成長してきたのだ。


『君が戦いを拒もうがボクには知ったことじゃありません。ですが、戦場にいるなら「動けない」なんてことがあっちゃいけないんです! 恐怖に身が竦んでも、心を殺して戦う機械になりなさい! そうでないと――君も、大切な人を失ってしまいますよ!』

 

 白い光が打ち消され、封印を拒んだ竜巻がカナタのSAMを急襲する。

 銀髪の少年はそれを防ぐ術を持たない。前回の戦いのように竜巻を無理やり突破しても、そこを狙撃されて終わるのが関の山だろう。

 レイの言葉を受け、少年の脳裏には契約を結んだ少女や、友達になってくれた少年の姿が過ぎった。

 彼らが『異形』の爪牙に切り裂かれてしまったら、カナタが掴んだ居場所はどこにもなくなる。独りを望みながらも、彼は一人で生きられるほどの強さを持ち得ていない。


「だっ……だから、僕はっ……!」


 恐れを捨てなければ。どれだけ他者から悪意を向けられようと揺らがない、強靭な心を手に入れなければならない。

 コンマ一秒の間に打ち込んだコマンド。少年の機体が緑の魔力光を帯び、地を蹴って風の中を強引に突っ切らんとす。


『【防衛魔法】ですか。しかし、長くは続かない!』


 竜巻の威力を力魔法で軽減したカナタの魔力残量は、そう多くない。ゆえに、【防衛魔法】はすぐに継続が不可能になる。レイはそのタイミングを狙って、最後の魔力を吐き出すだけでいいのだ。

 

『ふふっ……今度はボクの勝ちですよ、月お――』


 その時。

 レイとカナタは決して聞いてはならない音を聞いた。 

 低く重く響き渡る、獣の唸り声。大地を揺さぶる、地鳴りの如き足音。   


『なぜ、正式な訓練中ではないのに『異形』が出現するのですか……!?』 


『異形』の出現スケジュールは『第二の世界』を運営するAIによって厳重に管理されており、この時間に登場することは断じてありえないはずだった。

 その異常事態だけでも災難なのに、あまつさえ両者ともに魔力を限界近くまで消費した最悪のタイミングでそれを迎えてしまうとは――。


『月居くん! 風向きと逆に渦を巻くように「魔力波」を発生させてください! 発動中の魔法を別の魔法に転換するコマンド、あなたなら知ってますよね!?』


『あ、ああ……ししし知ってる、けどっ……!』


『異形』の出現に動転しながらも、カナタは反射的に知識として頭の片隅にあったコマンドを引き出した。

 瞬く間にキーボードを叩いて入力を終えた側から、バリアは一転して攻撃のための魔法へと変わる。  

 真紅に輝く「魔力波」が竜巻と化し、最初の激突以上の威力をもってレイの竜巻と力を相殺させていった。

 だが――これで完全に、カナタの魔力は底をついてしまった。

 

「ど、どうしよう早乙女くん。ままま魔法なしで、いっ『異形』と勝負するなんて、でで出来るわけないよ……」

『弱気ですね』

「だ、だって……い、『異形』と魔法なしで戦って勝った記録なんてどこにもないんだ。そ、それにっ、僕が『異形』と向き合って、ちゃ、ちゃんと戦えるかも――」

『あなた、馬鹿ですか?』


 カナタの戦い方は完全に魔法に依存している。最大の武器を失ったことに加え、前例のない魔法抜きでの戦いとなると、彼が弱腰になるのも無理はなかった。

 声を震わせるカナタに、レイは侮蔑の滲む声音で短く言葉を送る。

 パイロットの精神状態を反映して地面に膝をつくカナタの【イェーガー】。沈黙してしまう彼に詰め寄り、レイはその首根っこを掴んで揺さぶった。


『「異形」が来たら戦う、それがSAMパイロットに要求される唯一のことです。他には何も要らない。あなたがどう思おうが、そんなの関係ない。

 ――分からないのなら、もう一度言いましょうか。戦えないのなら、帰ってください。あなたが戦いを諦めるなら、ボクはここであなたを殺します。足手纏いが隣にいるよりは、ずっとマシですから』


 戦うか、戦わないか。

 ――少年の返答は、一択だった。


「……き、君に殺されるなんて、ごめんだよ」

『だったら立ってください。『異形』の姿が確認され次第、作戦を開始します。君はボクの指示で動いてください』


 レイの命令にカナタは柔順に従った。

『異形』に勝つなら、それと戦った経験のあるレイを「指揮官」として仰がない手はない。

 繋げっぱなしの通信に混じるカナタの息遣いに耳を傾けたレイは、その乱れが収まっているのを確かめると静かに銃剣を構える。 


『敵の咆哮が上がったのは北の林の向こう。高魔力反応は見られず、魔法に長けない種の『異形』と推定されます。咆哮を確認してからまだ姿が見えないあたり、よほど足が遅いのか声が大きいのか……ともかく、『魔法』を使えない君でも戦える可能性が高い相手でしょう』

 

 そうレイが推測した、直後。


「さっ早乙女くん危ないッ!!」


 刹那にして膨れ上がった何者かの殺気に、カナタは即座に振り返って小銃を乱射した。

 撒き散らされる緑色の体液に、上がる悲鳴のような鳴き声。

 何もない場所から姿を現したのは、翼を生やした黒い犬の姿をした、体高12メートルほどの『異形』であった。


『っ、後退します!』


 その怪物の爪はカナタのSAMが直前までいた空間を掻き、アスファルトの地面を深々と抉っていた。

 足底部のホイールに最大火力のブーストをかけて後退するカナタは、引き裂かれたセメントが消し炭のように白い灰となって消えていくのを目撃し、唖然とする。

 あれに触れられたらああなるのか。普通の物理攻撃では有り得ない現象。つまり、あの『異形』は――


「さ、早乙女くん! あああれは魔法を不得手とする種類じゃない、自分の姿も魔力も完全に隠し通せる力を持ってるんだ! あ、あの見た目、確か教科書にも――」


 後退する二人、追う『異形』。

 どんどん距離が縮まる状況に銀髪の少年が滝のような汗を流す中、金髪の少年は何も言わない。

 

「ねっねえ、早乙女くん!? きっ君が僕に指示するって言ったんじゃないか! ねぇ、さ、早乙女くん! さっ早乙女くん!?」 


『有り得ません。有り得てはいけません……あれは、あの怪物とだけは、君がそばにいる時に相対したくなかったのに――』


 レイの声はこれまでの勝気な色が完全に褪せ、悄然としていた。

『異形』の犬面、とりわけ眼球を狙って連射を浴びせるカナタは、記憶の引き出しからその怪物の名前を探り当てる。


 序列二十五番、グラシャ=ラボラス。

 透明化能力を有した、破壊と殺戮の化身。

 その怪物は――三年前、ドイツの『レジスタンス』SAM大隊一つを殲滅してのけた「災厄」として、レイの記憶に刻まれていた。

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