その六

 次の試合も快勝だった。ダイゴは得意の柔道技と、総合で習ったであろう打撃技を上手くミックスして攻めまくり、相手につけ入るすきを与えなかった。


 次は準決勝である。

 相手は英国出身の、元プロボクシングライト・ヘビー級のチャンピオン。アフリカ系で発達した筋肉と長い腕を持つ剛の者だ。


 だが、彼はこれも物ともしなかった。


 パンチをかい潜り、ケージ際に詰めると、首相撲から鳩尾に一撃を加え、前のめりに倒れようとするところを、見事な払い腰で投げたかと思うや、そのままグランドに持ち込んで、腕ひしぎ逆十字に切って落とし、タップを奪った。


 外国人連は歯噛みをし、眼を血走らせている。


 もはや怒りは頂点に達していた。


 五分後、とうとう決勝戦ファイナル


 ダイゴの対戦相手は正にシベリアのひぐま並みの巨体。名前をアレクセイ・ゴドロフスキー。

 

 ロシアのサンボ選手権、柔道、そしてレスリングのライト・ヘビー級で三年以上王座に君臨し、更にはロシア陸軍の空挺部隊に入り、コンバット・サンボ(軍隊式格闘術)までマスターしたという、変幻自在の業師である。


(これは流石に、ちょっとやそっとで勝てる相手ではあるまい)


 俺は思った。


 観客たちも体格差のみならず、全身から醸し出すその格闘家としてのエネルギーみたいなものを感じ取ったのだろう。

 静まり返って物もいわない。


”アングリー・バンディッツ”の連中も、今度ばかりは自信たっぷりの表情に変わった。


 だが、ダイゴの方はまったく顔色を変えていない。気負っているわけでもなく、恐れもしていなかった。


 ゴングが鳴る。

 最初は距離を取り、互いに間合いを計っていたが、一瞬、ロシア熊が見せた僅かな隙を狙い、ダイゴが”飛びつき肘十字固め”をかけた。

 

 もつれあった二人の巨体は、大きな音を立ててマットの上に倒れる。

 しばらくもみ合いが続いた。

 ダイゴは思い切ってロシア熊の右手を締め上げる。


 普通ならここで直ぐにタップをするところだ。

 しかし流石向こうもここまで上がって来た剛の者だ。


 耐えに耐える。


 ダイゴも容赦をしない。


 そのままの形で一分が過ぎ去ろうとした時、熊の右ひじが嫌な音を立てたのが、離れた場所で観戦していた俺の耳にもはっきり届いた。


 レフェリーが割って入る。


 右ひじを押さえ、脂汗を流し、ロシア熊はピクリとも動かない。


 次の瞬間、ダイゴの右腕が高々と上げられ、ゴングが乱打された。


 場内の歓声。

 

 だが、それを破ったのは、一発の銃声だった。


 外国人の一団がひな壇上になった客席を押しのけて降りてくると、何やら外国語で叫んでいる。


 俺の耳に判別出来たのは英語だけだった。

 後はロシア語、ポルトガル語、そして中国語である。

要は、

”こんなバカげた茶番は観たことがない。不正だ。もう一度やり直せ”

 という事なんだろう。


騒ぎを聞きつけて出てきたのは、餓狼会の面々だ。

『何じゃコラァ!他人ひとのシマ内でインネン付けやがって、やるんならやらんかい。相手になったる!』


 一番先頭の丸坊主が大声を上げる。


 正に一触即発だ。


 どうやって持って入ったのだろう。

『アングリー・バンディッツ』の連中は数こそ少ないが、手にはトカレフやらAK47

等、飛び道具で完全武装。


 一方の餓狼会は人数だけは明らかに勝っているものの、鉄パイプ、釘バット、飛び道具はせいぜい古びたショットガンくらいのものだ。


”不味いな”


 だが、迷っている暇などない。

 俺はM1917を左脇から抜くと、銃口を天井に向け、二連射した。



 


 

 

 


 



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