其の四

 入り口でボディチェックをされるかと、半ば警戒、半ば期待していたのだが、立っていた大男は、あのチビが『あ、この人はええんや』というと、それ以上何もしなかった。

 俺も信頼されたもんだな。


半分崩れかけたビルの地下二階、恐らく元はディスコテークか、イベント会場に使われていたんだろう。

 

 壁も天井もコンクリートの打ちっ放しがむき出しになっており、その中央に四角いリング・・・・いや違うな、円形の、さながらローマの闘技場コロッセオのようなものが設けられており、縁を人の背丈ほどの金網が覆っている。


 会場の中は、ほぼ人間で埋まっていた。


 殆どが”ここの住人”とはっきり分かるような、珍奇なナリをしている連中だったが、中には外から来たと思われる客もいた。


 一夜にして大金が動くんだ。そりゃ危ない所だと分かっていても来るだろう。


 客たちは壁に貼りだされたオッズを見て、手元に持った紙に何か書き込み、それを腕章のようなものを付けた係員(餓狼会の連中だろう)が集めて回っている。

 

 しばらくすると、場内の照明が一部消され、ゴングの音が鳴り響き、それにつれてスピーカーの音量をフルヴォリュウムにして、アナウンスが鳴り響いた。


 どうやら出場選手と思しき人間がスポットライトの中、一人一人リング(いや、ケージというべきだろう)に駆けあがってゆく。


 耳をつんざくような音なので完全に割れてしまっていて、俺には誰が誰やらさっぱり分からない。


 三人目だったか、四人目だったかに名前を呼ばれたのが、


『ダイゴ』・・・・つまりは美奈子の兄、倉橋大吾である。


 彼はリングコスチュームとして柔道着を着け、黒帯を締めていた。


 胸には卒業した中学の名前が縫い取りで記してある。


 写真で見た時、彼は随分背が高くていかつい男だと思ったのだが、ここに上がって来る連中は、全員彼よりも背が高く、身幅もがっちりしており、少しばかり小さく感じる。


 俺はさっきチビに渡された対戦カードに目を通す。


 試合はトーナメント方式になっていて、ダイゴはAブロックの第二試合に組まれてあった、


 相手は”バッファロー・ビル”と言う名前リング・ネームの選手で、白人と先住民族混血の大男、米国のメジャープロレス団体で、タイトルマッチに出場する権利を得たものの、そのあまりの強さにプロモーターに八百長を要求されたが、それを蹴ったために卑怯な手段で出場を停止されそうになるが、強行出場し、一方的な試合で負かしたが、タイトル移動を認められず、挙句に団体を追放されるという仕打ちを受けた剛の者だそうだ。


第一、第二試合は難なく済んだ。


 第三試合の始まりである。


 日の丸の鉢巻きをし、相変わらず柔道着に身を包んだダイゴが登場するが、場内は歓声と怒号と、そしてブーイングが入り混じっている。


 一方のバッファロー・ビルには、観客席の半分を陣取っている数人の外国人軍団・・・・どうやらこれが、アングリー・バンディッツの連中らしい・・・・がいた。


 ブーイングを飛ばしたのは、どうやらこの連中らしい。


 バッファローは身長が2メートル丁度、体重が160キロ。


 かたやダイゴの方は身長183センチ、体重は90キロと少し。

 日本人としては大きい方だが、相手とは比べ物にならない。


 両者はケージの中央に呼ばれ、レフリー(ここではそんなものは殆ど必要はない。彼らは危険と見たら試合を中止させる。それだけの役目なのだ)が二人を呼び、注意を与える。


 一旦、自分たちのサイドに分れ、やがてゴングが響いた。


 場内、割れんばかりの歓声。


 手に汗握る攻防が・・・・と思うだろう?


 ところがそうじゃない。


 勝負は一瞬で決まった。


 ダイゴは組みつこうとしたバッファローの腕を取り、そのまま自分から巴投げの要領で投げ飛ばした。


 と、次の瞬間、大男は苦しそうに顔を歪め、マットを叩いていた。


 またゴングが高鳴り、あっと思った時には、レフリーが彼の右腕を高々と差し上げていたのである。

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