其の三
『あそこは相変わらずかい?』
俺が訪ねると、ドライバー氏はルームミラー越しに困ったような顔をしながら、
『相変わらずどころか・・・・前よりもっと酷うなってまっせ。餓狼会とアングリーバンディッツの抗争は』
『餓狼会』は、日本人ばかりで構成されたグループで、前科者、元その筋、ストリートギャング、そうした手合いが中心メンバーとなっていて、人数はこちらの方が多い。
一方、『アングリー・バンディッツ』は、不法入国した外国人達によって結成された組織で、数は少ないが、武装化という点ではこちらの方が遥かに進んでいる。
この二派がS地区の覇権をかけて抗争を繰り返しているという訳だ。
『しかし大将も大変でんな。あんなとこ、今はもうポリ公かて完全にほったらかしでっせ。そんなとこにわざわざ何度もいかはるやなんて』
『危険を恐れてちゃ、俺達の
『ああ、それやったら、餓狼会のシマウチですわ。』
何でも単に試合を見せるだけでなく、客たちに金を賭けさせる、いわば『格闘技賭博』を開帳し、これが口コミで噂を呼び、今では格好の
『それをまた、アングリー・バンディッツの方が自分らのもんにしようと、虎視眈々と狙ってるという、まあそういう図式ですわ。ああ、せや、今日も大会が開かれまっせ』
彼は片手でハンドルを操りながら、もう片方で一枚のビラを摘み上げ、後部座席の俺に渡してくれた。
素っ気ないビラだが、日時と場所、そして出演者のカードが仰々しいキャッチフレーズと共に印刷されている。
『あしこに出入りしてるチンピラから手に入れましたんや。行くなとは言いまへんけど、せいぜい気ぃつけて』
話をしているうちに、コンクリートのボロ橋の手前に着いた。
もう六月だ。
時刻は午後四時になったところだから、周りはまだ十分に明るいのだが、橋の向こう側、つまりはS地区だけは暗く、どんよりとしている。
『ほな、ここまでで、餓狼会のシマは、橋渡ってすぐやけど・・・・』
彼はまた同じ言葉を繰り返そうとしたが、俺は五千円札を二枚、彼につきつけ、
『ありがとよ。生きて帰ってきたら、また頼むぜ。電話番号は前と一緒だな?』
彼は押し頂くようにして金を受け取り、
『へぇ、さいだ。ほなここで、ご無事をお祈りしてまっせ』
俺が車を降り、ドアを閉めると、何度も頭を下げつつも車をUターンさせ、元来た道を引き返していった。
橋を渡り始める。
向こう側のたもとに、誰もいない交番があった。
軒先の赤色灯は半分破壊され、窓ガラスは全て割られており、壁には至る所に下品な落書きや昔の
幸いまだ空は明るいが、路上は静まり返って、破壊された車が路上に放置されてある。
ドライバー氏から貰ったビラを持って俺が歩いていると、
『あんちゃん、どこ行くんや?』
と、背の低い革ジャン姿の、風采の上がらない男が声を掛けてきた。
『地下プロレスってやつを見に来たのさ。』
『ポリやないやろな?』
『さて、どうかな?”そうだ”なんて口が裂けてもいいたくないし、”違う”と言ったって、どうせ信じちゃくれまい』
『身体を触らせて貰いまっせ』
チビが指を鳴らすと、路地からもう一人男が出てきた。
妙にガタイのいい、ゴリラのできそこないみたいな顔をした若い男だった。
俺に壁に両手をつけ、といい、言われた通りにすると、直ぐに俺の懐から
『なんや?こないなもん持って、格闘技見物やと?』
チビは胡散臭そうな目つきでM1917を手に取ってこっちを睨む。
続けてデカブツが引っ張り出したのは
『なんや、あんた、探偵け?』
『そうだよ。だが、揉め事を起こす気はない。お前さんたちがそうであるように、自分の身は自分で守らなくちゃな。』
続けて俺は一万円札を二枚出してチビに握らせた。
『とっとけよ。』
俺がそういうと、二人は戸惑ったように顔を見合わせていたが、札を受け取り、
『ま、ええやろ』そう言って俺に拳銃とホルダーを返し、
『こっちや、』と首を振り、先に立って歩き出した。
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