其の二

”東洋のサウスブロンクス”


 今では本場を凌ぐと言われているほど、日本有数の危険地帯。

 余りにも物騒なので、自治体もその管理を事実上放棄状態、今や警察も手が出せない無法地帯となっている。


『お兄さんが何故”あんな場所”に?』

 幾ら前科持ちだからって、あそこは他所者がそうそう入り込める場所じゃないからな。


『兄は学生時代、柔道の選手だったんです。』


 結構強くて、一度だけだが、インターハイで四位入賞迄している。

 

 加えて喧嘩という”実戦修行”で鍛え上げた身だ。


 そうした関係であの中で行われている”地下プロレス”要するに武器を使う事以外だったら、最低限の急所攻撃以外は何をしてもよく、判定やフォール勝ちもなく、どちらか一方が完全に意識を失うか降伏の意志を示すまで続けられる・・・・に身を投じたのだという。


 危険な世界である事には間違いないが、何しろあそこは普通の法律なんか通用しない場所だ。

 勢い、勝てば他より遥かに収入がある。


『他よりも稼ぎがいいからここにいる・・・・一度お金を送って来た時、手紙にそう書いてありました』


 確かにそんな場所へ女性だけで出かけてゆくなんて、かなり危険すぎるな。


 俺はそう合点し、


『承知しました。引き受けましょう。それなら危険手当一日割増しとします。いいですか』


 兄を探し出してくれるなら幾らでも出します。彼女は答え、あづさの手をぐっと握りしめ、真剣な目で俺を見た。


『では、これは契約書です。よく読んで、納得出来たらサインを願います』



 翌日、俺は午後一時の新幹線で関西の大都市、O市へと向かった。


 あそこに足を踏み入れるのはこれで二度目ってことになる。


 念には念を入れって奴だ。


 武装も整えるだけ整えた。


 幾ら俺でもあんなところに丸腰で行けるほど自信家に生まれついちゃいない。


 O駅についた時、午後三時をすっかり回っていた。


 流石にこの節だ。


 繁華街もいつもに比べて人出は少ない。


 ましてや”あの都市”は、今でも『緊急警戒宣言』とやらはまだ解かれていないのだ。


 俺は駅前でタクシーを探すか、それとも歩くか、どちらにするか迷っていると、後ろでクラクションの鳴る音がした。


 振り返るとそこには、一台の白い、何の変哲もない国産のセダンが停まっていた。


『やあ、何時いつかの大将やおまへんか?!』


 聞き覚えのある関西弁が俺の耳を打った。すると俺の目にウィンドを上げ、運転席から人懐っこそうな顔が出たのが見えた。


『ほら、わいでんがな。』

 

 日本人であって日本人ではない。


 それでいて根っからのこの町の人間より、この町になじんでいる。


 あの”東洋系の白タク屋”だった。


『S地区でっしゃろ?行きまっせ』


 俺は黙ったまま、車に近づき、後部座席のドアを開けた。


『いやぁ、こんな時期やから、客待ちしててもどうせあかんなぁおもて諦めかけてたんやけど、思いもかけんお人に巡りおうたわ』


『料金は前と同じでいいかね。』

『へぇ、よろしおま、ほな、出しまっせ!』


 男は思い切りアクセルを踏み込むと、車は軋みを上げて走り出した。

 

 


 

 





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