離れ離れ

第86話 梓伊月は邂逅する

 文化祭当日。


 一組のメンバーは舞台裏で、劇の準備をしていた。


「よし。じゃあ小道具はこっちに持ってきておいて~」


「えっと、この草のやつは上手側に置いておいていいんだよな」


「もうちょい髪、セットしてくるわ」


 慌ただしく、右に左に歩き回っている。


 俺は小道具係……と言ってもほぼ雑用みたいなものだ。


 何か取ってきて、とパシられたりこうやっといて、と指示されたことだけをやらされた。下っ端というやつ。


 Dランクにはできるだけ中心の仕事を任せたくないらしい。


 俺はやることがなく、目立たない壁際まで移動し、もたれかかる。


 一人だけ別世界に切り離されたような感覚を覚える。


 だが、それも今日で終わり――にするつもりだ。


 いや、するつもりなんて言い方じゃダメだな。


 これは俺だけの成果ではない。


 俺だけじゃ成し得ないことだ。


 無事に完遂したらお礼言っとかないとな。


 覚悟を決めるという意味で、深呼吸をする俺。


 すると、俺や他の生徒たちがいる舞台裏に役者組が入ってきた。


「うぇーい」


「おぉー鉄平チョー似合ってんな!」


「だろ?」


 Aランクたちが楽しそうに談笑している。


「あーえっとま、ま、マリオ?だっけ?水筒取ってきてくれ」


「は、はい……」


 マリオ、と呼ばれたのはCランクの松尾だ。名前を呼び間違えられている。


 松尾も岡沢によくパシられている。


 そのあと他にもゾロゾロと歩いてくる。


 華やかなドレスを着た女子やファンタジー風な服に身を包んだ男子。


 彼らの笑顔は俺らDやCランクを足蹴にして成り立っていることを忘れないでほしい。


 しばらくすると。


 というか一番最後に彼女は来た。


「神楽坂さん綺麗ですねー」


「やっべー」


「マジでテレビの女優さんより美人」


「いい匂いする」


「可愛いし美人だし最強だな」


「神楽坂さん以上にジュリエットが似合う人はさすがにいないわ」


 おい、一人匂い嗅いだ奴いなかったか。何、勝手に嗅いでんだよ。


 人知れず焦りながらも、俺は神楽坂を視界に捉える。


 確かに異次元だった。


 洋風のドレスが驚くほど似合っていた。


 神楽坂は日本人なのに、まるでドレスを着るために生まれてきたのかと錯覚するほどだ。


 神楽坂の周りからキラキラとしたオーラが見える。


 チラッと見る。


 神楽坂も俺の方をこっそり見ていた。


 だから自然とそうなった。


 目が合った。


 照れくさくて、俺の方が先に目を逸らしてしまった。


 作戦を実行するには、俺が不審な目で見られるわけにはいかない。


「似合ってる」とか「可愛い」とか褒めてあげられないのをもどかしく思いつつ、俺はその場を後にした。


「ちょっくらジュースでも買ってくるか」


 俺は近くの自販機まで目指した。


 文化祭当日で、もう夕方が近い。


 学校の生徒も学外の人たちも、そこらをごった返している。


 俺は自販機で炭酸ジュースを選び、お金を入れる。


 ガタンッと取り出し口にジュースが落ちてきて、それを拾う。


「さ。戻るか」


 そう思い、振り返った。


 その先に、見知った女子がいた。


「お、お前…………新垣か?」


「……あ。梓じゃん。元気してたー?」


 新垣のその言葉は俺にとって最上級の皮肉だった。


 彼女こそ、俺の中学時代のトラウマの張本人なのだ。

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