第85話 神楽坂小夜は演劇の練習をしたい

「ああ、ロミオ。どうしてあなたはロミオなの?」


「お。今のは結構良かったと思うぞ」


 梓くんの家で私は演劇の練習をすることにしたのだ。


 私の一挙手一投足に、梓くんは褒めてくれたり、アドバイスをくれたりしている。


 ただ、梓くんは天才型なのか、たまにわけのわからない言い回しをしてくるときがあり困る。


「そのセリフを言うときは、フワッと花が咲くみたいに手を広げてみたらどう?」


「は、花?」


「えっと……じゃあ風に揺れるカーテンみたいに――」


「すみません。もっとよくわからなくなりました……」


 シュンとする梓くん。


 そんな彼の様子を見ると、申し訳なくなってしまう。


「だ、大丈夫ですよ、梓くん。何となく言いたいことはわかりますから。ものすごく助かってますよ」


「ほんとうか?」


「ええ」


「よかったー。てっきり神楽坂の邪魔になってるかと」


「そんなことありませんよ。だって私から梓くんに練習に付き合ってって申し上げたんですから」


 なるべく優しく語りかけるように、言った。


 ホッと胸を撫で下ろしてから、梓くんが疑問を投げかけてきた。


「暗根に見てもらおうとは思わなかったのか?」


「もちろん一度は考えましたよ」


「じゃあなんで?」


「あの子、私のことなら何でも褒めちぎる傾向がありますから。あまり参考にならないんですよ」


「あぁなるほど」


「それに――」


「ん?」


 私は軽く息を吸ってから、溜めて、続けた。


「私が単純に梓くんと一緒にいたかっただけですので」


「あ、あのなぁ。そういうことホイホイ言われる免疫ないんだよ、俺は」


 照れくさそうに頭を掻く梓くんが可笑しくて、私はつい笑ってしまう。


 ジト目で対抗してくる梓くんに私はこう切り返した。


「……文化祭本番では、梓くんと舞台に立てないですし……」


「神楽坂……」


 深刻そうな、複雑そうな顔をする梓くん。


「せめて、練習では梓くんと演じていたいなって、そう思ったんです」


 視線を下に向け、哀愁を漂わせてしまう。そんなことをしてもどうにもならないというのに。


 すると、梓くんが突然、私の頭をポンポンと叩いてくれた。


「ふぇ!?」


 びっくりして素っ頓狂な声を上げてしまう。顔が熱い。


 溢れ出る感情を抑えながら、こうなった元凶の梓くんを上目遣いで睨む。


「ど、どうしたんですか!?きゅ、急にこんな――」


「仕返しだ」


「し、仕返しって……」


「神楽坂がからかってくる方が悪い」


「からかってません。本音を言ってるだけです」


「ほらまたそういうこと言う」


「別にいいじゃないですかっ」


「わかった。一旦この話はやめにしよう。多分、埒が明かない」


 ポンポンしていた手を私の頭から離す。


 梓くんは一度台所に足を運び、水を注いだコップを持ってきてくれた。


「はい、神楽坂の分」


「ありがとうございます」


 冷たい水が喉を通る。熱かった顔が冷えて、少し冷静になれた。


「なあ、神楽坂」


「なんですか?」


「俺はまだ諦めていないんだ」


「え?」


「文化祭の件。配役決めではああなってしまったけどな。俺の闘志はまだ燃え尽きていない」


「何か考えでもあるんですか?」


「今は言えない。ただ、俺がまだ諦めていないということだけ頭に入れておいてくれ」


 梓くんの目を見ればわかる。


 今まで私を助けてくれたときの目と同じだ。


 私は柏手を打つように、両の掌を合わせた。


「無茶だけはしないでくださいね」


「大丈夫だ。神楽坂が心配するようなことはしないさ」


 梓くんはコホンッと咳払いをして、続ける。



「どうかそれまで待っていてくれますか?ジュリエット」



 梓くんは実際のロミオがするように跪いて、手を差し出してきた。


 私はその手を触れるように取った。


「ええ。ずっと待っていますわ、ロミオ様」

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