第84話 梓伊月は配役決めに苦戦する
1組の教室で演劇『ロミオとジュリエット』の配役決めを話し合っていた。
「じゃあジュリエット役は神楽坂さんに決定で~」
パチパチと拍手が鳴る。
私自身も不満はなかった。
演劇なら多少の心得はある。
問題は私がジュリエット役をどう思っているかではない。
ロミオ役を誰がやるかなのだ。
私は梓くんにやってほしい。
でもクラスはそれを許さないだろう。
「じゃあ次はロミオ役だけど~誰かやりたい人は挙手してくださ~い」
二人手を挙げた。
一人はAランクの
そしてもう一人が――
「えっと……ふざけてるんなら早く手を下ろしてくれない?梓伊月!」
教室中がざわつきだした。
嘲笑する者。囁き合う者。物珍しそうな目で見る者。
いずれにせよ、梓くんの味方をしてくれる雰囲気ではなかった。
「俺は本気だ」
「いやいや、君、わかってる?これはクラスの出し物なんだよ?Dランクが主役を張れるわけないでしょ」
「そうやってDとかAとか安っぽいレッテルで判断するなんておかしいと思わないのか!?」
梓くんが主張する。
思わぬ人物からの思わぬ反論に言葉を失うクラスメイトたち。
梓くんが作ろうとした流れ。この流れを無駄にするわけにはいかない。
私は口を開いた。
「私は……梓くんがいいと思います」
一斉に私は視線を向けられた。
「え……神楽坂さん?」
「聞こえませんでしたか?私は梓くんが適任だと申し上げているのです」
梓くんまでもが驚いた顔をしている。梓くんにそんな顔される筋合いないと思うのだけれど。
沈黙が続く。
何を言われるだろうか。何を思われるだろうか。
疑念?失望?落胆?
もう元の評判には戻れないでしょうねと悟ったとき、ロミオ役に立候補していた、岡沢が発言した。
「みんな何慌ててんだよ。違うだろ?神楽坂さんが適任だって言ったのは『ロミオとジュリエット』の境遇を考えてのことだろ」
「ん?何を言って――」
「ロミオとジュリエットは家柄が大きな障害となった。じゃあ梓伊月は何だ?そう!ランクだ。神楽坂さんは梓伊月を庇ったんじゃない。単純に合理的だと思ったからさ。リアリティのある演劇を追求したに過ぎないんだよ」
そうじゃない!私はただ梓くんと一緒にいたかっただけ。なのに、どうしてこんな打算ありきの行動だと思われてるのよ。
私や梓くんの思いをかき消すかのように教室中が活気づいた。
「なんだそうだったんだ。神楽坂さん、プロ意識高いね~。でもやっぱりDランクを主役にするのはどうかと思うし~。ここは平等に多数決にしましょう」
取り仕切っていた代表が言った。
平等――なんて体の良い言葉。
ふたを開けてみれば差異の塊。
票決を取るという土俵が同じなだけであって、ルールは全く違うようなもの。
結局、クラスは多数決を取る流れになった。
「多数決なら不満はないよね?」と言われれば反論できない。ただのわがままになってしまうから。
投票の結果、ロミオ役は岡沢に決まった。
そのままホームルームは終了し、帰宅する生徒、部活に向かう生徒などに分かれた。
私は梓くんに声を掛けようとしたとき、ちょうど梓くんが数人のクラスメイトに教室外へ連れて行かれるところだった。
もしかして、さっき目立っちゃったからひどいことされるんじゃ?
そう思うと、気が気でいられず急いで足を進めようとする。
が、すぐにその歩みを止められた。
「あなたは……江地君?」
「神楽坂さん……」
そのあと彼は無言で首を横に振った。
梓くん……。
苦い心配だけが胸に残った。
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