第69話 梓伊月は騙したい

 文芸部の部室(と言ってもただの空き教室だが)の真ん中に机が4つ、向かい合うようにして並べられている。


 俺が廊下側で黒板に近い席に座っていて、正面に神楽坂、右隣に彼女のメイド、右斜め前に風見という配置だ。


 異様なメンツに戸惑いを隠せない俺。多分風見も同じ気持ちだろう。


 俺や風見はともかく、神楽坂や彼女のメイドも心なしかそわそわしているように見える。


 そんな不思議な空気の中、風見が気まずそうに口を開く。


「結局ここに集められたはいいけど、何したらいいんだ?」


 そう言って風見は神楽坂の方へ顔を向ける。


 すると神楽坂はビクッと体を震わせたかと思うと、無言で俺に目をやった。


 ノープランなのかよ。それ一番困るパターンなんじゃ。


 俺も何か案があるわけでもなかったので、すばやく右隣のメイドを視線に捉える。


 彼女はその流れを予想していたのか、脊髄反射くらい速く風見の方を見た、いや、睨みつけていた。


 風見可哀そう……。


 自分の疑問があえなく一周してきて困り果てた風見は「うーん」と唸って小考した。


「じゃあせっかくだしちょっとしたゲームでもしてみないか?」


「「「ゲーム?」」」


 風見以外の3人の言葉が重なった。


「おうよ」


 頷いた風見は自分のスマホを全員が覗けるよう机に置き、画面を操作してあるアプリを開けた。


「ワンナイト人狼?」


「そうだ。4人しかいないから普通の人狼ゲームよりもワンナイトの方が面白いかなあと思ってさ」


 俺は中学のときにやったことがあるからルールはわかるのだが。


「ワンナイト?人狼?何ですかそれ」


「あ。もしかして神楽坂さんたち人狼ゲーム知らない?それだったら別のゲームにするけど……」


「私は存じておりますが、小夜様は……」


「お構いなく。ルールなら今教えてもらえれば大丈夫です」


 それを聞いて、風見はフッと不敵に笑った。


「そっか。じゃあ始めようか。騙し合いのデスゲームを!」


「またアニメの影響か?それは何のモノマネ?」


「いや、具体的な元ネタがあるわけじゃなくて、なんかそれっぽい言い回ししてみただけ」


「どうでもいいですからまず小夜様にルールを説明していただけますか?風見鶏君」


「風見です」


 風見は冷静にツッコんだ後、丁寧に神楽坂に人狼ゲームの説明をした。


「なるほど。要は村人陣営の人が嘘ついてる人狼さんを見抜けばいいんですね」


「ま、そういうこと。ただワンナイト人狼は1夜だけだから人狼の襲撃がないのと、ちょっと風変わりな役職があるから、そこが注意点かな」


 ワンナイト人狼のゲーム進行をざっくり説明するならば。


1.最初に全員に役職が割り当てられる。(今回は村人2つ、人狼1つ、占い師1つ、怪盗1つ、狂人1つからランダムで4つが配分される)


2.それぞれの役職の特殊能力を使う。(村人は何の能力も持たないし、今回は人狼は1つしかないので、仲間がいるかの確認行動もなし)


3.話し合いを始めて、特殊能力で得た情報を頼りに人狼を探し出す。人狼は最後まで正体がバレなければ勝ち。(ワンナイト人狼は役職選びの際、人狼が選ばれないパターンもあるので、その場合は後述の処刑には誰も選ばれないように画策する必要がある)


4.投票で人狼だと思う人を選び、処刑する。


 風見の説明を受けて、俺も改めてワンナイト人狼のルールを確認する。なんせ久しくやってないからな。


「もう一度言うが」と風見は念を押して注意喚起した。


「役職についてはほとんどが普通の人狼ゲームと変わらないから説明を省くが、占い師と怪盗だけは特殊だから再度言っておくぞ」


 風見がこほんっと咳払いをする。


「まず怪盗についてだが、この能力は自分以外の誰かの役職と自分の役職を入れ替えることができるんだ。この際、怪盗は何の役職を誰から入れ替えたのか把握できるんだが、入れ替えられた側は自分が入れ替えられたことに気づかないってのが面白い所だな」


 うんうんと頷き納得する神楽坂。


「次に占い師についてだが。通常の人狼ゲームみたく誰かの役職を1度だけ見ることができるんだが、それに加えてワンナイトでは配分されなかった役職が何なのかを見ることもできるんだ。どちらの能力を使うかは任意だから、上手いこと使って話し合いに役立ててくれ」


 配分されなかった役職とは何か。例えば俺と神楽坂が村人、風見が人狼、メイドが占い師にそれぞれ選ばれたなら、狂人と怪盗がいないということを占い師は知ることができるということだ。


「じゃ。説明ばっかりは飽きると思うし。まあまずは習うより慣れよってことで始めていきますか」


 風見の宣言に、俺と神楽坂とメイドは了承を下す。


 各々が自分に配分された役職を確認し、特殊能力を使用するために風見のスマホを回していく。


 気になる役職についてだが、俺は初っ端から人狼を引き当ててしまったらしい。運が良いのか悪いのか。


 喋り過ぎて悪目立ちするのはよろしくないだろうし、とりあえず静観しておこう。


 そして、全員が必要な行動をし終わったところで、風見が話し合い開始の合図を出した。


「じゃあまず何か言いたいことがある人はどんどん言っていこう。制限時間もあることだしね」


「では私から……」


 おずおずと切り出したのはメイドだった。


「私は占い師で梓様を占って、結果は村人と出ました」


「ほうーなるほどなるほど」


 ん?俺は人狼のはずだがなぜメイドは俺のことを村人だと。


 刹那の間に熟考し、辿り着いた答えは。


 そうか、メイドは十中八九狂人だ。俺以外に占い師を騙る人物がいるとすれば、狂人しかありえない。


 だが、いくら5分の3の確率(俺が人狼、あるいは村人になる確率)で怪しまれないとはいえ、結構攻めた勝負に出るなこのメイド。


 大人しい顔してエグイこととかしそうだと感想を抱く。


 なるほどと頷いた風見はメイドに訊き返す。


「なんで梓を占ったんだ?」


「夜に小夜様を襲うなら梓様が一番ありそうだと思ったからです」


「人狼の話だよな!?てかワンナイトは人狼が夜に襲うアクションないってさっきの説明聞いてなかったのかよ!」


「ワンナイト狙いがなんですって?」


「このメイド、話を聞きやがらねえ!」


「あっはっは!確かにいい勘してるかもなー暗根さん!」


「風見も黙ってろ!」


 ったく、このメイド大人しい顔してエグイこと言ってくるじゃねえか。


 お前らのせいで神楽坂が赤面して黙りこくってるじゃないか。こういう下世話な話に慣れてないんだろう。変な誤解されたらどーすんだよ!


 ひとしきり笑い終わった風見が、


「んで梓は村人だったのか?」


 と訊いてきたので、


「ああ。その通りだな」


 とだけ言った。


 潜伏しやすい環境だな。


 俺は頬杖をつきながら話し合いを促した。


「そういう風見は何だったんだよ」


「俺か?俺も占い師だったぞ」


「お前怪しすぎない?」


「いやいや、ほんとだって。俺は神楽坂さんを占ったら怪盗って出たぞ」


「本当か、神楽坂」


「ええ。私は確かに怪盗です。もっと言うなら私は怪盗で風見君の占い師を交換したので、嘘をついているのはむしろ暗根だと考えているのですが」


「おっとこれは暗根さんピンチですねー」


「待ってください。私は先に占い師だとカミングアウトしました。本物の占い師ならどうして風見君はすぐに反論しなかったのですか?」


「えー。だって梓のくだりが面白かったんだもん」


「ここで、俺の話掘り返すの止めような!」


 くそっ。風見めふざけやがって。


 ただ、少なくとも神楽坂から見て怪しいのはメイドだろうな。


 神楽坂は風見が占い師であることを確定できている。であれば、神楽坂の思考はメイドか俺のどちらかが人狼であるというふうになっているだろう。


 なら俺の取れる最善策は、メイドを人狼に仕立て上げて処刑にもっていくことだ。そうすれば、風見はもちろん、神楽坂も投票でメイドに入れるだろうから、確実に人狼である俺が生き残れる。


 だから、俺は徹底的にメイドを追い詰めるように話を展開する。


「まあ暗根さんが先に占い師だと名乗り出たとしても、俺が村人であることを当てられる確率はそう低くはないでしょうし、根拠に欠けるんじゃ?」


「わ、私は本当に占い師です。信じてください!」


 不意に自信なさげな声音で、感情的に訴えかけるメイドの演技力に脱帽する。


 うわー、なんかほんとうに殺して欲しくなさそうなオーラが出てる。人狼っぽいな。


 ここで俺はさらに寄せにかかることにした。


「ただ、暗根が人狼だと決めるのは早いよな。狂人の可能性もあるんじゃないか?」


「あー確かにそうだが……いや、俺は暗根さんは人狼だと思うな。逆に、というか、暗根さんなら裏の裏をかいて人狼とかありそうだろ」


 俺の思惑通り、風見が引っかかってくれた。


 俺があえて、先に狂人なのではと意見することで、風見に「いや、でも」と反対意見を言わせることに成功したのだ。


 心理学を利用したものだが、人間はある意見に対し、まずは反対の立場で考える傾向があるそうだ。それに、人間は自分が考え、決断した意見はできるだけ曲げたくないという心理もあるのだ。


 これにより、俺は風見をほぼ俺の手中に収めたようなものになった。


「私からもいいですか?」


 神楽坂はちょこんと控えめに挙手した。


「私はこれでも暗根とは長い付き合いですから嘘をついたり隠し事をしたりするとわかるのですよ。よって暗根は人狼だと思います」


「ちょ、小夜様!?」


「これは一番有力な情報だなぁ。なあ梓」


「ちょっとずるい気もするが、それもまた一興だな」


「とはいえ、暗根がはちみつを直で飲むこと自体は狂人っぽい――むぐっ」


「ん?今なんて言った?」


「気にしないでください。いつものことですので」


「いつものことなのか」


 メイドは神楽坂の口を手で覆いながらにっこりを笑いかけてきた。何か怖い。


 それから数分話し合いを続けたのち、風見がこう言った。


「じゃあそろそろ制限時間だけど、何か言い残したいことはある?暗根さん?」


「名指ししないでください。私は無実です。怪しいのなら梓様や小夜様だって疑われるべきです!」


 ああ、この苦し紛れで吐き捨てた感がいいな。これは風見や神楽坂も騙されるわ。


 でも、なんだこの違和感。


 これで終わっちゃいけないような予感が、本能がダメだとアピールしているような。


 そういえば神楽坂は怪盗で、風見の占い師を交換したとか言っていたが、もし仮にあれが嘘で、本当は俺の人狼と交換していたのだとしたら……。


 それは俺がやばくないか。


 神楽坂が人狼になり、俺が怪盗、つまりこのまま暗根が吊られてしまえば負けるのは村人陣営に変わってしまった俺になってしまう。


 そのことに気づいた俺は神楽坂の表情を確認する。


 すると偶然神楽坂も俺を見ていたようで、ぱちりと目が合ってしまった。正面なので、迂闊に逸らすこともできない。


 あ、やばい可愛い。こんな子が嘘なんてつくわけないと思わされるくらい純粋な笑みを浮かべている。


 ほんのわずかだけ桜色に染まった頬が愛らしくて、わけもわからず照れてしまう。


 えっと、神楽坂になんて言うんだっけ。


 まつげが意外と長いな……じゃなくて、えっと何だっけ。


 んーもういっか。なるようになるか。


 互いが見つめ合ったまま、その状況が維持されていたが、風見の「お二人さんだけの世界に入らんでくれー」という失礼な声によって現実に戻され、神楽坂と同じタイミングでシュビッと目を逸らした。


 浮かれてたのは俺だけで、神楽坂と同じ世界には入れていたわけあるか、と心の中で風見にツッコんでおいた。


 その後、結果を見てみたら、やっぱり俺の予想通り神楽坂が俺の人狼を交換していたようで、負けてしまった。


「ふふっ。嘘ついてしまいましたっ」


 神楽坂が口元に小さく手を当て、微笑んだ。


 俺と風見は悔しい思いをすることになったが、それよりも神楽坂が意外と負けず嫌いというか。


 こういうお遊びの勝負なら人も騙すんだと思ったら少しおかしかった。


「もう1回やりませんか?」


 そんな神楽坂の無邪気な声が部室中に響いた。

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