第70話 神楽坂小夜はサンタクロースを久しく見ていない

 私はサンタクロースを久しく見ていない。


 昔、本物のサンタクロースを見たことがあるとかそういうのではなくて。


 寝ている間に、枕元にプレゼントが置かれているとか、そうでなくても中高生になってからはクリスマスに家族で祝い事をするとか。


 クリスマスはそういうものだと周りの人間が学校で話しているのを聞くたびに、羨ましいなと思った。


 今は私の家では一切ないから。


 4歳?5歳?記憶が曖昧だけどそのくらいの時期にお母様からペリドットのネックレスを買ってもらったのが最後。


 まあ当時はお母様が買ってくれたのではなく、本物のサンタクロースがくれたものだと思っていましたけどね。


 色々とツッコミどころはあるけど、今思えばいくつかその理由っていうのもわかる気がする。


 まず、ネックレスはもっと成長してからじゃないとつけられないのってお母様に言われてたけど、それって単にサイズが合わないからつけられないってことだったんだなぁとか。


 サイズが調節できるネックレスを買わなかったのは、おそらく私が「これじゃなきゃヤダ」って相当駄々をこねたから。


 それにペリドットって8月の誕生石なんだし、私の誕生日まで待っても良かったんじゃ?と思うかもしれないが、多分それはお母様がすでに病で倒れることを悟っていたからなのかもしれない。


 きっと来年の8月まで体がもたない、と。


 実際、お母様が倒れたのが、春になってすぐのことだった。


 何はともあれ、私はお母様の言いつけ通り、ペリドットのネックレスはつけずに、大事に部屋に飾って、いつかかけられる日を待ち望んでいた。


 お母様やお父様にもネックレスをかけた姿を見てほしかったけど、それは結局叶わずじまいになった。


 それが私、神楽坂小夜のクリスマスの最後の思い出。


 その年以降、プレゼントはおろか祝い事すらしてこなかったので、クリスマスという存在すら失念しそうになるのは毎年のことだった。


 でも今年は違った。


 なぜなら、好きな人ができたからだ。


 自分の親以外で初めてクリスマスを一緒に過ごしたいと思った相手ができた。


 何とかして誘いたいな、と。


 風見君も誘って、私の屋敷でパーティーするのもよかったけど、できれば梓くんと二人きりがいいと思うと、その案は立ち消えた。


 だから、どこかその、デ、デート的な外出に誘ってみようかと企んでいて、学校にいる間ずっと虎視眈々と機を窺っていたのだが。


 先ほど、その企みが水泡に帰した。


 放課後を迎え、梓くんが教室を出ていった。冬休み前、最後の登校日だった。


 何やってるのよ私は!


 学校にいる間、何度も何度も梓くんと目が合ってたでしょ!


 その度に、即座に目を逸らしてばっかりで。これじゃあ私が梓くんを意識しているのがバレてしまうじゃない!


 確かに、目が合うたびに恥ずかしさだけでなく嬉しさも込み上げてきて、どうしようもなかったけど!仕方ないかなとも思うけど!


 でも私がそんなヘタレだからこうしてチャンスを逃してしまったんでしょ!


 ほんと、私のばかぁ……おたんちん……。


『小夜様……』


 うぅ……。こんなんで私大丈夫でしょうか……。


『小夜様……起きてください』


「はぁぅ!」


 私はがばっと顔を上げた。どうやら、机に突っ伏して眠りこけていたようだ。


「暗根……えっと、今は……」


「もうお帰りの時間です。気持ちよさそうに眠っていらっしゃったから起こすに起こせなくて」


「そうでしたか」


 私は黒板に書かれている12月23日という日付を見た。


 夢は夢でも、ただ体験した出来事を思い出していただけだったのですね。


 先ほどまで枕にしていたであろう私の腕を少し動かすと、肘にノートがぶつかった。


「日直日誌?」


「ああ、それはさっき梓様が書いてましたよ。今日の2組の日直、小夜様と梓様なので、おそらく小夜様も書かなければいけない所があるのでは?」


「そういえば私、今日日直でしたね。はい、でしたら今日起こった出来事や感想を書く欄があるので……。ところで梓くんは?」


「数分前に帰路に就きましたよ。私が小夜様をお迎えに参りましたとき、日直のことを思いだしたのか梓様が急いで教室に戻ってきて、日誌を書いていたんですけどね。小夜様がずっと寝ていたから梓様待ってたんですよ、そこで」


「隠れていた私に気づかずに」と暗根が私の隣の机を指差した。


「でも途中で私の気配に気づいて、代わりに日誌を渡しといてくれと頼まれたんですよ。私が了承したらそのまま帰っていきました」


「そうだったのですね」


 私はおもむろに日誌を開いた。


 そこには梓くんが2組の出席状況や何の授業があったのか。


 そして、自由記述欄には『今日は冬休み前最後の登校日だったので、2組のみんなと顔を合わすのが今年最後だと思うと、少し寂しかった』と書いてあった。


 梓くん、絶対そんなこと思ってないでしょう、と思うと可笑しくなってついクスッと笑ってしまった。


 さあ、私も何か書かないと、と思ってシャーペンを手に取ったとき、消しゴムで消されているが、うっすら筆跡が残っている部分に気づいた。


 梓くんが一度書いて消したのだろうか。


 何が書かれていたか気になった私は、目を凝らしてよく観察した。


 すると、こう書かれていることに気づいた。



『神楽坂の寝顔が可愛かった』と。



 ば、バカなんですか!?なんでそんなこと日誌に書くんですか!?まあ消してはいますけど。


 それでもわざわざ書かなくてもいいでしょ!?は、恥ずかしい……。


「く、暗根。私が教室で転寝うたたねしていた過去ごと消せる消しゴム持っていないかしら!?」


「そんなの持ってたら、すでにこの世から平日を消しています……」


「それはそれでどうかと思いますけど……」


 熱くなった顔を冷ましたくて、自身の両の掌を頬に当てる。


 冬場で、それでいて冷え性気味の私の手は心地よい冷たさだった。


 『可愛い』という言葉を梓くんに書かれたという事実を反芻するだけで、熱が半永久的に身体を駆け巡る。


 可愛い、可愛いかぁ……えへへ。


「小夜様、お顔がだらしなくニヤけています。良かったですね」


「うん!じゃなくて、バカにしないでください!」


「はいはい。もうとっくに下校時間ですので早く日誌書いて帰りますよ」


「わかってますよ」


 私はんんっと咳払いして、日誌に筆を走らせた。


 何を書こうか迷ったけど、とにかく気分が良かったので、いつもなら照れくさくて躊躇ためらってしまいそうなことを書くことにした。




『今年、私のことを大きく変えてくれた人に感謝して来年を迎えたいです。ありがとうございました』




 それだけを日誌に残し、教室を後にした。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

みんなが見るかもしれない教室日誌で間接的にイチャつくなぁぁぁ!!僕にもこんな青春させろよぉぉぉ!!


とまあ、初っ端から荒れた作者の蒼下銀杏です。読者の皆様には常に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。


この流れで言うのもあれですが、明日は更新をお休みします。ごめんなさい。

詳細は近況ノートに報告させて頂きます。

明後日に最新話を更新するので、そのときはまたお読みくだされば嬉しいです。

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