第62話 神楽坂小夜は怖がりたくない

「え、ここってまさか……」


「お化け屋敷だな。結構怖いって評判らしいぞ」


 1年1組が催しているのは文化祭の定番、お化け屋敷だ。


 外装も黒っぽい色が多く使われていて、所々に血みたいな模様が塗られている。


 その教室前まで来たのだが、何やら神楽坂がそわそわしている気がする。


「もしかして、神楽坂ってホラー系とか苦手だったりする?」


「い、いえそんなことはありません。じゃんけんで2回連続あいこになるくらいありえませんので」


「微妙にありえちゃってるけど大丈夫?」


「と、とにかく!お化けとか幽霊とか、そんな非科学的な現象、ぜんっぜん怖くないので早く行きましょう」


「無理しなくてもい――」


「無理してませんから!」


 受付の方へズンズンと足を進める神楽坂と彼女についていく俺。


 俺たちに応対してくれる人は、ホラーでおなじみの口裂け女に扮装していた。


「2名様ですね?」


「うひぃ!?」


「はっやい!神楽坂ビビるの早すぎだって……。やっぱ止めといたほうがいいんじゃ?」


「べ、別に今のは口裂け女が怖かったわけではありません!壁の模様が『死』という文字に見えたのでびっくりしただけです」


「どのみち心霊現象に怖がってるんだよなー」


「何か言いましたか?」


「なんも」


 お化け屋敷に入る前に、受付でざっくりとコンセプトの説明を受けた。


 だいたいは普通のお化け屋敷と変わらないのだが、一点風変わりな仕掛けがある。


 入り口から出口まで歩いていくのはオーソドックスな手法だが、途中で『黒鬼』と呼ばれる霊が追いかけてくるので、捕まらないようにクローゼットや物影の中に隠れないといけないようだ。


 うん、元ネタがわかる分、理解はしやすかった。


 神楽坂も元ネタはわからなくとも、持ち前の理解力の速さで趣旨を把握したようなので、俺たちは暗闇の空間に足を踏み入れた。


「あの、神楽坂さん?」


「なんですか?梓くん。歩くの遅くないですか怖いんですか?」


「遅いも何も神楽坂が後ろから服引っ張ってくるから歩きづらいだけなんだが」


「これは……その、あれです。黒鬼が出てきたときに隠れるためです」


「人影に隠れてもオッケーとは記憶してないけど!?」


「私、梓くんを信頼してるので……今は、迷惑かけますね」


「一歩間違えれば黒歴史一直線の俺の発言を、人柱にするためだけの言い訳に使うな!」


 ボワンボワン。


「あひぃ!?」


「こ、これのことか。黒鬼が出現するときの合図ってやつは……」


 周りが青白い光で点滅していて、かなりおぞましい雰囲気が演出されている。


 なるほど、結構怖いという評判もあながち間違いではなさそうだな。予想より本格的かも。


 どこから現れたんだと辺りを探そうとしたが、そいつは一瞬で見つかった。


 神楽坂の後方数メートルに顔が黒く塗られた黒鬼がいた。


 つまり俺たちがすでに通ったルートから現れたのだ。全く気が付かなかったな。


「神楽坂、後ろに――」


 いる、って言いきる前に神楽坂が決死の表情で俺の服の襟を後ろから思いっきり引っ張って互いの位置が前後した。要は彼女が俺を盾扱いしてきたのだ。


「生贄!生贄!生贄!」


「そんなシステムないから!落ち着いて隠れる場所に向かうぞ!」


 俺を盾扱いして離さない神楽坂の進行方向をうまくコントロールし、なんとかクローゼット(段ボールなどによる手作り)の中に一緒に隠れることに成功した。


 一緒に?


「ってなんでおんなじ場所に入ってくるんだよ。隣にもう一つクローゼットあっただろ!」


「だ、だって……一人、怖い……」


 もはや強がる気力も残っていないようだ。まだお化け屋敷も序盤だぞ。


 ていうか、若干神楽坂との物理的な距離が近いのが気になる。


 おそらく、複数人が同じ場所に隠れてしまうことも考慮されてか、クローゼットの大きさはやや大きめに設定されている。


 だから、密接しているわけではないのだが、それでも暗くてそれなりに狭い空間に二人きりというシチュエーション、ましてや好きな子が相手ともなると、思春期男子がドキドキするのは必然であった。


 視力が機能しない分、聴覚が研ぎ澄まされていて、神楽坂の恐怖で震える吐息が耳朶を打つ。


 ギュッと神楽坂が服の裾をつまんできた。


「も、もう黒鬼はどこかに行ったでしょうか……」


「どうだろ。ここからじゃ見えづらいな。神楽坂、少しそっちに寄るぞ」


 俺は外を見るための隙間から覗こうと寄り掛かるが、体のバランスを崩してしまい、神楽坂の顔のすぐ横に勢いよく手をついてしまった。


「ひゃあ!?」


「す、すまん!わざとじゃなくてだな」


 こ、これじゃあ俺が神楽坂に密室で壁ドンしたみたいじゃないか。みたいっていうか実際してしまったのか。くそう、ドン引きされてたりしないかなぁ。


 そう思い、おそるおそる窺ってみると、息が微妙に荒くなって、熱っぽかった。


「こ、怖かったので。ちょ、ちょっとドキっとしました……」


「お、驚かせてすまんかった。気を付ける」


 良かったぁ~。暗かったから多分、俺が壁ドンしてしまったことに気づいてないな~。神楽坂が怖がりで助かった。


 結局、第一の黒鬼からは振り切れたようだったので、次の部屋に向かうことにした。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

お化け屋敷の下りが思ったより長くなったので、前後編に分けます。

ご了承ください。

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