第63話 神楽坂小夜は怖がりたくない2
「うぅ……出口はまだですか?」
「だろうな。全体の3分の1くらいしか歩いていないんじゃないか?」
一度は黒鬼を振り切るも、やはり恐怖心が消えていない神楽坂は俺の服の裾を後ろからつまんで、縮こまりながらついてきている。
ちなみに俺は怖くないのかというと、答えはノーでありイエスでもある。
ホラーが得意ってわけではないし、むしろ風呂で髪を洗っているとき、背後に誰かいるんじゃないかを疑ってしまうほどには恐怖に敏感だ。
だが、人は自分より怖がっている人を見ると、逆に自分は落ち着くものだ。
今、まさに神楽坂が大げさなほど怯えているので、俺は冷静でいられているという論理なのだ。
探り探り道を進んでいくと、少し広めのエリアに辿り着き、そこには黒鬼ではないまた別の黄色い物体がいた。
「何かいますね」
「俺が話しかけに行けと?」
神楽坂は頷くことすらせず、無言で背中をスッと押してきた。
薄情者め。
「あのー」
まるで声を掛けてくるのがわかっていたかのような反応の速さで、そいつは振り向いてきた。
顔を見れば、黄色の物体の正体が判明した。
ディ○ニーでおなじみのプー○んの着ぐるみだった。
……なんでプ○さん?
明らかに場違いなそいつは最初は黙って接近してきた。
俺たちの目の前まで来ると、そいつが右手にはちみつ、左手に赤い液体が入ったビンを持っていることに気づいた。
そいつは声マネが得意なのか、プー○んそっくりな声で嗤った。
「ボクははちみつもダイスキだけど、ニンゲンの血液の方が、そそられるんだぁ~」
「うぇえ!?暗根ぇ!!」
「違うだろ!どんな間違いだよ!!」
着ぐるみだから、中に入っているのが男か女かはさすがにわからんが、あのメイドのキャラじゃないだろ。
もっと陰りがあって大人しいイメージだから、このプー○んがメイドと同一人物とは思えない。
今日一でガクガク震える神楽坂をなだめる俺。
「ほら、多分このプー○んの人もこんな怖がり方されたの初めてで戸惑ってるぞ。絶対心の中で斬新な女の子だと思われてるから……。早く立って移動するぞ」
「こ、怖い。もうはちみつをかけた生卵を無理やり飲ませようとするのやめてぇ……。マヨネーズがないから嫌がってるとかそういう問題じゃないからぁ……」
「斬新な女の子か」
予想の斜め上のトラウマをフラッシュバックした神楽坂をなんとか立ち上がらせ、次の部屋に体を運ぶ。
ついに神楽坂は及び腰になって、そのまま俺の後ろを不安げに引っ付いてくる。
本人は本気で怖がっているだろうから、こういうこと思うのは失礼かもしれないが、めちゃくちゃ可愛い一面があるんだな。
ここまで頼られると、何もしてなくても天狗になってしまいそうだ。
危ない危ない、調子に乗ってると足元すくわれるぞ。
「いたた……」
俺でも神楽坂でもないそんな弱弱しいおじいさんみたいな声が聞こえてきた。
心配になった俺と神楽坂は音のした方に足を進めた。
「大丈夫ですか?」
床にへたり込んでいるその人を背後から、神楽坂がそう尋ねると、
「えぇ。ちょっと腰を抜かしてしまってねぇ。こりゃあ立てねえかもしれねえです」
と、宣った。
「それは大変ですね!俺でよければ肩貸しましょうか?」
彼の身を案じた俺は手助けしようとする。
「まったく。お客さんが立てなくなってるって状況なのに、一体何をしているのでしょうか。文化祭実行委員として後ほどお話を聞かなければ」
神楽坂もおじいさんが気の毒だったのか、先ほどまでの恐怖を忘れ、いつもの真面目モードに戻っている。
おじいさんが「じゃあお言葉に甘えて」と言ったので、俺は肩を貸そうと近づくが、直前で彼が追加で神楽坂に訊きたいことがあると、俯いたまま彼女を手招きした。
「どうしましたか?」
「あのねえお嬢ちゃん……ちょっと訊きたいんだけどね……」
おじいさんはゆっくりゆっくり神楽坂の方へ顔を向けた。
俺は角度的におじいさんの顔が彼女より先に見えたので、一瞬の差だったがおじいさんの正体を察することができた。
「おじいさんの顔、黒くなってやしませんかい?」
おじいさん(に扮装した生徒)の言う通り、顔が真っ黒に塗りつぶされていた。つまり、正体は黒鬼だったということだ。
そのことを超至近距離で目の当たりにした神楽坂の反応は、というと……。
「おぅあぁぁぁあぁぁぁ!!」
「ちょ、神楽坂!?」
信じられないくらいの勢いで出口へ一直線の神楽坂。
彼女の背中を追いかける俺。
正直、俺一人でこのお化け屋敷に入ってたら、相当ビビっただろうが、やっぱり神楽坂があまりにもビビり過ぎていたおかげで、俺は醜態をさらすことはなかった。
それからはもう神楽坂がビビりにビビりまくっていたので、無事にお化け屋敷を出るまでそれほど時間を費やさなかった。
さしもの神楽坂もホラーは大の苦手か。一応覚えておこう。怖がってる神楽坂、可愛かったし。
お化け屋敷出てからも、間近で見た黒鬼の顔が頭にこびりついているのか、
「わ、私から半径30センチ以上離れないでください、お願いします」
と懇願され、俺は素直に了承した。ほんと可愛いなこの子。
だがさすがに、女子トイレにもついてきてくださいという願いは丁重に断らせてもらった。
ちょっとアホなのかこの子。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
どこかの出店で暗根が売っている、ダンボールで作られた壺(クオリティ高め)
【値段】1つ1000円
【効能】運気が上がる
【オプション】購入者は暗根と1分間おしゃべりができる。
【購入者の声】
Aさん「もう3つは買ってます」
Bさん「壺を買うと本当に運気が上がったのか、美少女と1分話せました!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます