第59話 梓伊月は見つける

 1年3組の教室はせわしない様子だった。3組の生徒はもちろん、他のクラスからも有志で補修作業に努めていた。


 どうやら壊されたのは外装や内装の飾りと、あとは細かい小道具くらいで、修繕に時間のかかると思われる衣装や大掛かりな装置などは無傷だったようだ。


 見た目における被害は案外少なかったものの、やはり一生懸命準備してきた3組の人間の精神的にまいっている場面が散見された。


 実行委員からは俺と他数人。1年3組の一員である火暮と真昼も当然いて、今も内装の飾りつけを作り直している。


 あとここに来ているのは……。


「なあ、神楽坂……」


「……なんですか?」


「いや……その、大丈夫か?」


「私のことはこの際どうだっていいです。今は、何よりも困っている3組の人たちを手助けするのが私の役目だとは思いませんか?」


 神楽坂は俺の目を見ずに、まるで自分に言い聞かせるみたいに言った。


 それはそうだろう。だって神楽坂は顔の見えない誰かに濡れ衣を着せられそうになているのだから。一番犯人を咎めたいのは神楽坂本人であることは容易に推測できる。


 俺が神楽坂の心持ちを心配してると、彼女は「それとも……」と口を怖がるように開いた。


「あなたも私のことが信用できませんか?」


「そんなことっ――!」


「って何を言っているのでしょう私は……。疑われて当然な言動を取っているのは私なのに……。それに――」


 心の中で葛藤でもしているみたく唇を噛みしめて、震えた言葉を吐いた。



「信じてもらえるほどの何かを、あなたに一つもあげてないですもんね……」



「それは――」


「いいんです。これは私の問題ですから。あなたが深く悩まないでください」


 それだけ言って神楽坂は3組の破壊された外装の飾りつけを直しているスペースにスタスタと足を進めた。


 そこは助っ人に来た実行委員に任されたエリアで、本来なら神楽坂にも手伝う権利はあってもおかしくないのだが。


「えっと……あなた、神楽坂さん、だよね?」


「え、ええ。そうですけど……」


 修繕に勤しんでいた3組の生徒が彼女に話しかけていた。


「あのさ……色んな人が手伝いに来てくれるのは嬉しいんだけどさ……。あなただけは来ないでくれる?」


 威圧するような、いや実際威圧しているのだろう。そんな気迫で神楽坂を責め立てる。


「正直、どういう神経してここに来てんのかわけわかんないんだけど、マジで」


「わ、私は本当にやってないんです!やってないからこうして修繕のお手伝いを――」


「あー、もううるさいなあ。悪い人はやってないって嘘つくものでしょ?また邪魔されたくないから、どっか行ってて」


「お、お願いですから話を聞いてください!」


「あのさあ、そういうのほんとにうざいから。もうみんなしつこいって思ってるよ?」


 神楽坂との口論を聞いていた他の生徒が乱入してきた。


 その生徒を皮切りに、かなりの野次馬が集まってきた。


「もうここにいるみんなあんたがやらかしたって知ってるんだよ。今更見苦しい抵抗しないでくれる?」


「だからそれは誤解で……」


「誤解じゃないでしょ。何か写真に写ってたとか目撃者がいたとかいう話ならみんな言ってるぞ」


「そのみんなって誰ですか!?」


「みんなはみんなだろ。誰もその情報がデマだって言わないんだから、本当だってことだろ。なあみんな?」


 口々に呟きだす


「まあ証拠があるらしいし、ほんとなんじゃね?」


「火のない所に煙は立たぬって言うしな」


「てかあの子必死過ぎ。そこまでして嫌われたくないんなら、なんでこんなことしたんだろうね」


「顔も見たくない」


「帰れ」


「帰れ」


「帰れ」


 そんなひどい仕打ちに俺は人知れず拳を強く握りしめていた。


「お前ら言いすぎだ――」と言おうとした瞬間、後ろから肩をガシッと掴まれた。


 振り向くと、そこには神楽坂のよく一緒にいるメイド?がいた。


「今、あなたが反論すれば逆効果です。火に油を注いでしまいます」


「でも――」


 言い返そうとした俺は途中でやめた。


 なぜなら、そのメイド(暗根だっけか)が唇が切れて少し血が出るほど悔しそうに噛みしめているのに気づいたからだ。


 俺とメイドがそうこうしているうちに神楽坂は消沈しきっていた。


「では、私はお邪魔なようなので立ち去りますね。皆さんの、お力に、なれないのは、残念です、が、陰ながら、成功を、お祈りして、いますね……」


 涙こそ流していなかったものの、彼女の泣きたい気持ちは痛いほど伝わってきた。


 さすがに彼女が泣いたことに面食らったのか、数秒間は沈黙が場を支配したが、やがて野次馬の一人が、


「嘘泣き乙」


 と心無い発言をしたのを契機に、


「演技くさっ」とか「泣けば許されるとか思ってる女が一番嫌い」とか悪意に満ちた言葉が神楽坂を背中からグサグサとめった刺しにしていった。


 見てられなかった俺は神楽坂の手を取って、立ち止まらせた。


「俺は――」



 信じてる。



 そう紡ぎだす前に神楽坂は俺の手を強めに振りほどいて、


「あなたには関係ないですので……」


 とだけ残し、この場を後にした。


 情けないことに、俺は彼女にそれ以上なんと言葉をかければ振り向いてくれるかがわからず、ただ茫然と立ち尽くすことしかできなかった。


 厄介者が消えたからか、さっきまで喚いていた野次馬たちは何事もなかったかのように自分の仕事に戻り始めた。


 現場に残されたのは俺と、神楽坂のメイドだけだった。


「あの……」


「なんだ?」


 女の子にしては飾りっ気のない声音で、そのメイドは訊いてきた。


「梓伊月は、小夜様を信じてくださるのですか?」


「当たり前だ」


 即答した。自分でも驚くくらい反応が早かった。


 それを聞いたメイドは何かをうらやむように微かに口角を上げ、少し悩んだ素振りを見せたあと、話を切り出してきた。


「だいたいの話の流れは把握しています。梓様はおそらく小夜様が昨日の放課後、厳密に言えば18時頃から何をしていたのか、気になっているのではありませんか?」


「あ、ああ。その通りだが、もしかして何か知っているのか?」


「私自身も小夜様の言う用事を直接見たわけではありませんので、今から話すことは全て私の予想となりますが、それでもいいですか?」


「ああ。もちろんだ」


 時間にして1分くらいだろうか。メイドは簡潔に考えを述べた。


「このことを梓様が知ったからといって、解決につながるとは思えませんが、信じると断言してくださった梓様には申し上げた方がよいかと愚考しまして……」


「いや、正直だいぶ助かった。それが本当ならこの状況も何とかなるかもしれない」


「何か策でも?」


「まあな」


「それでしたら私にも手伝わせてください」


「それはだめだ」


「なぜです?」


「あんたには神楽坂のケアをお願いしたい。俺が傍にいてやれない間、あいつは一人だ。わかるだろ?」


 メイドは少々悩んだようだが、後に返事した。


「承知しました。ではご武運を」


「あ、ちょっと待った!」


「なんです?」


 俺は慌ててメイドを引き留めた。


「俺が神楽坂のために動いていることは秘密にしておいてくれ」


「理由は?」


「俺と神楽坂は関係ないらしいからな」


 人のためなら自分を顧みず手を差し伸べようとする。そのくせ、自分が危ぶまれたときは一切人を頼ろうとしない。


 そんな頑固な奴なんだから、俺が神楽坂のために動いていることを知れば、それはそれで苦痛に感じるのではないか。


 まあ、関係ないと言われて若干腹が立ったってのもあるが。


 だから俺はあくまで秘密裏に事の解決に挑むことにした。






 文化祭二日前の放課後、ゴミ捨て場。


 俺はあるものを探すのに夢中になってしまっていた。時刻は19時をまわっていた。


「だいぶ苦労したが、やっと見つけたな」


 陽も沈み、暗くなった辺りを見渡し俺はフッと微笑する。


「多分、犯人分かったわ」

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