第60話 梓伊月は推理する
「えっと……君は1年2組の、梓伊月君だっけ?どうして私たちをこんなところに連れてきたの?」
「まあその理由は追々お話ししますが、一つ言うなら、人目を避けたかったということになりますね」
時刻は19時半。夜ということもあり、
虫の音が静かに鳴っていて、独特な緊張感が俺と彼らを包み込む。
「私、まだ仕事残ってるから早く戻りたいんだけど」
「俺も同じく」
「あ、心配しないでください。先輩方がちゃんと答えてくれればすぐに終わりますんで」
「答える?」
「はい。ではさっそくなのですが、水瀬先輩」
「はい?何でしょうか?」
「1年3組の騒動の実行犯はあなたですよね?」
うんともすんとも言わず、絶句する水瀬先輩。目を大きく開いたその様子は図星と捉えることもできるが、全くの的外れと捉えることもできそうだった。
しかし、俺は俺が辿り着いた真相に自信をもって、一つ一つ解き明かしていくことにした。
「順番にお話ししていきます。まずはなぜ神楽坂が自分のクラスではない3組の教室にいたのかについてですが」
そう切り出し、俺はさっきゴミ捨て場から探し出した1通のラブレターと1枚のメモ書きを取り出した。
「あなたはこのラブレターを使って神楽坂を1年3組の教室に誘導したんですね」
「ッッッ!?!?」
水瀬先輩は驚愕していたが、彼女に構うことなく俺は内側が見えないように丁寧に折られたラブレターを開いていく。
そこにはこう書かれてあった。
『神楽坂さん、今日の放課後18時に1年3組の教室に来てくれませんか。伝えたいことがあります』
「そして、もう一つの。メモ書きの方にはこう書かれてありました」
『ごめんなさい。やっぱり勇気が出なくて今日はダメでした。ほんとに申し訳ないんだけど、そのラブレターとメモ用紙は処分しておいてくれませんか。あと、このことは何があっても口外しないでほしいです。お願いします』
「ったく。自分が犯人だと疑われてるのに、頑なにラブレターのことを口外しない辺り神楽坂ってバカ真面目だよな。俺が言うのもあれだが、ホント損する性格してるよ……」
昨日、神楽坂のメイドが教えてくれたおかげでこれらを見つけることが出来たんだ。
メイドは言っていた。
『小夜様はよくラブレターをもらうことがあるけど、いつも私には適当な嘘ついてそのことを誤魔化します。昨日も同じ態度だったので、おそらくそうかと。また、用が済んだと思われた際、何かの紙をゴミ箱に捨てておられましたし。いつもなら相手に直接返すことが多い小夜様が、ラブレターを捨てるという行為は珍しく、印象に残ってました』と。
ならば、と思い、俺はゴミ捨て場に行って、捨てられたであろうラブレターを探していたら、そのラブレターと同じく畳まれていたメモ書きも見つけたってわけだ。
昨日と今日の苦労を想起していると、苛立ちと焦りを含んだような声音で木梨先輩が訴えかけてきた。
「ちょっと待ってよ!それはおかしいって!だって神楽坂さんが3組の教室に写った写真を撮ったのは19時なんだよ?ラブレターで教室に呼び出したのが18時だったら辻褄が合わなくない?」
「それがもう一つのトリックなんですよ。というか木梨先輩、よく平気な顔して援護できますね。あなたと金田先輩も共犯なのに……」
「はぁ!?私と金田君が?そこまで言うなら証拠はあるんでしょうね?」
「ええ、もちろん。では木梨先輩が撮った写真をもう一度見せてもらえますか?」
「構わないわ」
そう言って、彼女はスラスラとスマホを操作して、例の写真を俺に見せつける。
「ほら。何度見ても時間は変わらないわよ!校舎の時計見たら19時になってるじゃない?」
「ではその写真が撮られたのが本当に19時なのか、スマホに保存されてる時間を見せてください」
「そ、それは……別にいいでしょ!校舎の時計が19時になってるんだから!スマホの時間とか関係ないし!」
「まあ見せられないでしょうね。だってスマホに保存されてる時間は18時になっているでしょうから」
「ッッッ!」
「あくまでしらばっくれるつもりなら俺が言ってあげますよ。木梨先輩が使ったトリックを」
ふうと俺は一旦深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
「キーワードは先入観、ですね」
「……先入観?」
「普通、合成写真といったら、人物を切り抜いて別の景色に貼り付けるという方法を真っ先に思いつくでしょう。実際、最初に写真を見た時、火暮が言っていたように」
火暮は言っていた。
『合成されたものかと推測していたのですが、実際見てその疑念は晴れました』
『別の写真から神楽坂さんの姿を切り抜いて合成したという跡が見えません。これを見る限り、神楽坂さんは間違いなくこの場所にいた』
「その後、東雲も合成写真ではないと断言する発言をしたので、俺も当初はこの写真は本物かと思っていました」
俺はゆっくり歩いて、木梨先輩に近づく。
「だが違った。合成されていたのは神楽坂の姿じゃない。この校舎の時計の方だ」
俺はスマホに写っている校舎の時計を指さしたが、木梨先輩は黙ったままだった。
「まあこのことに気づいたのはさっきゴミ捨て場でラブレターを見つけたときなんですけどね」
木梨先輩は一向に話す気配がない。彼女の反応を待っていても仕方がないので、俺は言葉を続けた。
「ラブレターを見つけ、ゴミ捨て場を立ち去ろうとしたとき、時刻は19時過ぎだった。そう!日付は違えど、ちょうど神楽坂が写真に写っていたと言われていた時間と同じだ。そのとき、すでに陽は沈み、空は暗かったんだ。そこで俺は違和感を覚えた。木梨先輩が19時に撮ったと主張する写真にはまだ夕暮れの茜色が空に残っていたでしょう?いくら季節が秋だからと言って、一日二日で大きく日暮れの時間が変わるとは思えない。だから気づけたんだ。木梨先輩が嘘ついてるって」
「…………」
「そうなれば、木梨先輩が写真を撮った時間を偽っていた金田先輩も黒。そして、19時に3組の教室近くで神楽坂を見たと証言した水瀬先輩も黒ってことになると思いますが、どうでしょう?」
俺は茫然自失となっている3人の先輩に問いかける。いや、一人はまだ戦意を喪失していなかった。
「た、確かに木梨や金田は嘘ついてたのかもしれない。でも私は違う!もしかしたら私は神楽坂さんに変装した誰かを見ただけかもしれないでしょ!?」
水瀬先輩が血相変えて反論してくる。
「まあ一応変装の筋は通ってはいますね」
「でしょう?」
「ですが、それでも水瀬先輩が今回の悪事に加担したことは明白なんです」
「なんで!?」
「それはこの…………ラブレターとメモ書きが教えてくれました」
「それがどうしたって言うのよ……」
俺はメモ書きの方の文字が先輩たちに見えるように前に突き出した。
「筆跡ですよ、水瀬先輩……ラブレターとメモ書きを書いたのはあなたですよね」
「筆跡?」
「下っ端の仕事ばかりだったから先輩方は俺のことなんてあまり覚えてないでしょうけど、俺はこれでも先輩たちが書いた文字を見る機会は多かったんです」
「見てたとしても、そんな……。機械で調べたわけじゃあるまいし、見分けられるなんて……」
「意外とわかりますよ。文字ってよく見たら特徴あるんで。一番変わっていたのはですね――」
突き出したメモ書きを片手で持って、もう片方の手で『そ』の文字を指差す。
「水瀬先輩珍しいなってずっと思ってたんです。今どき『そ』を2画で書いている人、なかなかいないでしょ?」
多くの人間、それも若い世代は『そ』を一筆書きで書くことのがほとんどだが、たまに2画で書く人もいるらしい。今回は水瀬先輩がそうだったようだ。
「くっっ!?」
「状況的に筆跡も崩して書けないですしね。汚い字で書こうものなら、そもそもラブレターとしての信用がなくなってしまいますし」
もう必要ないと思った俺は先輩方に見せつけていたラブレターとメモ書きを丁寧に折り込んで、ポケットにしまった。
「一昨日の放課後。17時には帰らされていた一般生徒が19時まで誰にも見つからずに学校に残り、どういうルートで見回りを行うかもわからない風紀担当の目を盗んで、1年3組の教室を荒らすようなマネはまずできないでしょう。なら消去法的に水瀬先輩しか犯行はできないんですよ」
もう3人の先輩は反抗する気力も残っていないようだ。
「俺の推理はどこか間違ってますか?」
「いいや、何も間違っちゃいない。そこまでお見通しならもう何も言わねえよ」
そう白状してきたのは今回、黙認という形で共犯関係だった金田先輩だった。
「んで?どうすんの?チクる?」
彼の潔さはむしろ俺の感情を逆撫でしかけた。
誰のせいで神楽坂があんな目に遭ったと思ってるんだ。
だが、ここで俺が怒っても、神楽坂がひどい目に遭った事実が消えるわけではない。俺が今やるべきことは怒りをあらわにすることではないのだ。
「あなた方を貶めたいわけではないです。俺はただ神楽坂は何も悪くなかったってことを学校中の生徒が理解すればそれでいいんです。公式に自供してくれますか?」
「断ったら?」
「その気もないのに返事を引き延ばさないでください。まあ今までの会話は全部録音してあるので問題はありません」
スイッチがオンになっているスマホをフリフリと見せつける。
「ああそうかい。わかったよ……はあ、我ながらくだらない賭けしちまったもんだな」
「賭け?」
「言葉の綾だ、気にすんな」
いまいち納得しない部分はあったが、俺としては神楽坂の無実が証明され、これから彼女が笑って過ごせるようになれればいいと思っている。
って、いつのまに俺は神楽坂の笑顔にこだわるようになってんだ。
視線を移すと、木梨先輩は項垂れているだけだったが、水瀬先輩は嗚咽していた。まあ悪事がバレたんだし、このくらいの反応が当然だよな。
翌日。この3人の先輩が良心の呵責に耐えかねて、自らが犯した悪事を告白した……ということになった。
俺が事件解決に介入したことは伏せてもらった。
悪事をバラされたという事実よりも自供した方が彼らにとってダメージは少なくなるだろう。
それに神楽坂に恩を着せるようなことにもしたくなかったのだ。
彼女のことはよくわからないが、変に責任は感じそうなので、負担がかからないようにという俺なりの配慮だ。
全く、俺も相当損な性格してるな。人のこと言えねえよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます