第58話 梓伊月は信じたい

「一体何があったのか、もう一度整理させてくれ」


 事件が発覚した当日の放課後の視聴覚室に、東雲の声が静かに響く。緊急で開かれた文化祭実行委員による会議の議題は言うまでもなく、1年3組の騒動のことだ。


「まずは私から」と声を上げたのは実行委員長の木梨先輩だった。


「昨日、私は金田君と文化祭の開会式と閉会式の挨拶文を考えて、それを私のクラスの教室で練習していたの。それで、練習を終えて彼と一緒に下校することにしたんだけど、記念に写真を撮ろうという話になったんだよ。で、校舎をバックに自撮りの形でツーショット写真を撮ったんだけど、そこに写っていたの」


 木梨先輩は一呼吸おいてから言った。


「1年3組の教室の窓際に立っている神楽坂さんが」


「ほう」


「そこで怪しいのが神楽坂さんがいた場所なんだよ。昨日は日曜日だったから準備に来ていた一般生徒は17時には帰宅させられてたよね。私たち実行委員は特別に遅くまで残ることを許されていたから19時に学校にいること自体はおかしくはないと思うよ。あ、19時っていうのは私が写真を撮った時間のことで、写真に写っている校舎に設置されている時計を見てもらえれば分かるわ。あとで見せるね」


 木梨先輩はふうと短く息を吐いた。金田先輩も黙って頷いている。


「話を戻すけど、じゃあなんで神楽坂さんは自分のクラスではない1年3組の教室にあの時間いたんだろう?っていう話が広まったんだけどね。さらにその疑問に拍車をかける証言があって……」


「そこからは私が言うわ」


 ガタっとおもむろに腰を上げたのは、風紀担当の水瀬先輩だった。


「私、見たの。校舎の見回りをしているとき、ちょうど19時前くらいに神楽坂さんと同じ髪飾りをして、膝下まであるロングスカートを履いていた女子生徒を。暗くて顔はよく見えなかったんだけど、『神楽坂さん、そろそろ下校の準備をしてください』と言ったら、会釈だけしてそのまま消えていったの。特に問題なさそうだったから見逃したんだけど……もし、私が、もっと、ちゃんとしてたら、止めていたら、こんなこと、起きなかったのに……ごめん、なさい……」


 水瀬先輩は言い終わる前に泣きじゃくってしまって、最後の方はほとんどかすれた声だった。


「大丈夫だよ」と周りの2年生組が水瀬先輩を慰めている。


「それで……この騒動の渦中の人物である神楽坂。何か言い分はないのか?」


 東雲が話を神楽坂に振る。


「あの……先輩方には申し訳ないのですが、全く身に覚えがありません」


「あんたねえ!ここまで証拠が出てるのにしらばっくれるってどういうつもり!?水瀬がどんな気持ちで泣いているかわからないの!?高校生なのに謝罪もできないの!?」


「落ち着け、無能。出たのは証拠ではなく証言だ」


 東雲はただただ冷徹な声音で感情的になっていた木梨先輩を窘める。


「まずは神楽坂の話を聞くのが先だ」


 そう言って東雲は目線を神楽坂に向け、促す。


 神楽坂は遠慮がちに、手探りで一歩一歩道を辿るみたいに話し始めた。


「はい。まず私の言い分なのですが、木梨先輩や水瀬先輩は私が19時頃に3組の教室にいたとか近くにいたと証言していらっしゃいますが、その時間はとっくに学校を出ています。なので、先輩方の言っていることが全く理解できないんです」


「19時にはすでに下校していたというアリバイはあるか?」


「えっと、暗根という私のメイドと18時10分くらいに下校したのですが……」


「身内の言うことなんてあてにならないでしょ!?いくらでも誤魔化せるんだから!」


 木梨先輩が当たり強めに切り込んできた。


「朝から色んな人にこのようにおっしゃられるので、残念ながらアリバイはないです」


「そうか……わかった。では昨日用があると言って先に視聴覚室を出ていたが、その用というのは何だったんだ?」


 ああ、それは俺も気になるところだ。確か17時50分頃のことだったが、その用事が何だったのかによってこの話題は大きく左右されると思うのだが。


「それは………………言えません」


「言えない?」


 東雲が眉をしかめた。俺も東雲と同じような表情をしているだろう。


「ほらやっぱり!自分がやったのを隠したいから嘘ついているんだわ!」


「無能は少し黙れ、やかましいぞ」


「は?何それ?あんたやたら神楽坂さんのこと庇うじゃない?もしかして共犯なの?」


「見当外れも甚だしい、と言いたいところだが生憎僕もその時間、アリバイは証明できないんだ。なぜなら昨日、実行委員は18時30分からは自由解散にしていたから誰がどこで何をしていたか、把握できていない」


「その言い方だと、犯人が神楽坂さんと決めつけるのは早計で、他に真犯人がいるみたいですね。例えばこの実行委員の中に、とか」


 そう東雲に切り出したのは、今回被害にあった1年3組の火暮朝香だ。


「その解釈で間違いない、火暮。僕はどうも神楽坂のような聡明な人物がこんな短絡的な犯行に及ぶとは到底思えないんだ。もちろん、何か隠している様子もあり、現時点では最も怪しんではいるがな」


 東雲と火暮の会話を聞いて食って掛かってきたのは、やはり木梨先輩だった。


「はぁ!?なんで私も容疑者の一人に含まれないといけないわけ!?私は外で写真を撮ったって言ってるでしょ!?」


「ならその写真とやらを見せてもらおうか」


「ええ、いいわ」


 木梨先輩は自身のスマホを操作し、その写真を画面に映し出してからみんなに見えるように見せた。


 それをみんなは覗き込むような体勢を取る。俺も同じようにして見た。


 写真に写る空は夜のとばりが微かに下り始め、茜色と紺色が綺麗に彩っていて、木梨先輩と金田先輩のいかにもリア充っぽいツーショットが写されていた。確かに木梨先輩が言っていた通り、バックの校舎の3組の教室に、やや小さめだが神楽坂の姿が写っている。校舎の時計も19時となっていて、木梨先輩の発言に嘘がなかったことを示している。


 俺の隣で同様に写真を覗き込んでいた神楽坂は神妙な顔つきをしていた。


 この写真を見る限り、神楽坂が嘘をついていることになるが、彼女が何を考えているのか、俺にはわからない。


 覗き込んだほとんどの実行委員の「うーん」という唸りが、神楽坂への疑念を強く物語っている。


 すると、火暮が突如こんなことを言った。


「さっきから木梨先輩がやけに発言が攻撃的でしたので、正直私は木梨先輩を疑っていました。写真もひょっとして合成されたものかと推測していたのですが、実際見てその疑念は晴れました」


 火暮は写真に写っている神楽坂と思われる姿を指さして意見を宣った。


「別の写真から神楽坂さんの姿を切り抜いて合成したという跡が見えません。これを見る限り、神楽坂さんは間違いなくこの場所にいた。私はそう思いますが、東雲君はどう思いますか?」


「あぁ。僕にもそう見えるな。確かに火暮の意見を借りれば、これは合成写真ではないと断言できるだろう。であれば、やはり神楽坂が嘘をついている、ということになるが……」


「私はやってません!」


 神楽坂の渾身の抵抗は、虚しく視聴覚室に響き渡るだけだった。


 数秒の沈黙の後、突然、「小夜は……!!」という強い意志を感じる声が聞こえて、実行委員全員、その発生源の方向へ顔を向ける。


 そこにはこの学校の元気印、真昼がいた。


 俺を含め、多くの人間が真昼のらしくない態度に驚き固まるが、まだ、比較的付き合いのある火暮が寄り添っていった。


「どうしました、真昼?何か知っているんですか?」


 火暮がそう訊きだすと、真昼は例の、死神に魂を抜かれたような表情になって、


「何も知らない……私は何も知らない……」


 と、何かに怯えるようにぶつぶつと唱えだした。


 そんな真昼の様子を不思議に思うなという方が難儀で、その場にいる実行委員は真昼に訝しげな視線を送った。


 視聴覚室中に不穏な空気が漂い、それを良しとしなかったのか、東雲がパンパンと手を鳴らして注目を集める。


「とりあえず犯人捜しはこれくらいにしておこう。僕らがまずやらなければならないのは事態の収束と復旧だ。幸い、3組で壊されたものは残りの期間でなんとかギリギリ修繕できる範囲のようだしな。各々の実行委員の仕事は僕が片付けておこう。手の空く者は1年3組の修繕を手伝いに行ってくれ。わかったか?」


 実行委員は全員、了解の意を示した。


 ただ、神楽坂は俯いたままだった。当たり前だ。みんなから疑いの目を向けられているにもかかわらず、どういうわけかそれに反論できずにいるんだしな。


 だが俺にはさっきの神楽坂の叫びは本心のように聞こえた。俺がそう信じたいだけかもしれないが。神楽坂が人の大事なものを壊すような奴ではないと本能が俺に訴えかけている。


 だから、俺は神楽坂の無実を信じて、彼女が白であることを証明するため、真犯人が誰なのかを探すことに決めた。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

犯人とかアリバイとか言い出してますが、作者がラブコメに飽きたわけでは決してございません。今も早くイチャイチャさせてやりたいと皆様が思う斜め上の妄想を僕はいたしております。

お話の展開についてですが、本筋はラブコメですので、事件の発生から解決まではそれほど話数を費やさない予定です。あと事件のクオリティ低いと思います、すみません。

仕方ねえ見てやるかくらいのテンションでお読みいただければ幸いです。

厚かましいお願いではありますが、今後もよろしくお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る