第51話 暗根side in 図書室

「さて、どうなることやら……」


 画面上に映った『暗闇姉』という名のツイッターアカウントを閉じ、風見潮が梓伊月を図書室に連れてくるのを私、暗根彩海は待つ。


 気分はまるで黒幕フィクサーでも気取っているかのようで。図書室の一角にもたれ掛かり、フッと微笑する。


「小夜様が梓伊月と接触して面白いことでも起きないかなー……って敬語が抜けてしまいました」


 私は学生である前に神楽坂家に仕えるメイドでもある。つまり、常時その役職にふさわしい態度を心掛けなければならず、その戒めとして敬語は常日頃から使用していこうという制約を自らに課しているのだ。


「風見潮が予定通り梓伊月を連れてくれば良いのですけどね」


 画面が暗くなったスマホに再度目を落とし、ツイッターアカウント作成の動機を想起する。


 小夜様が時代の流行に遅れないように、私は日常的に様々な情報をあらゆる手段で仕入れている。


 ツイッターもその手段の一つで、『暗闇姉』では主に文化系の人間から情報を収集することが多い。


 彼らは普段学校では活動的ではないが、ネットを介してだと発言が活発になるので意外と耳寄りなことも聞けたりする。


 アニメや漫画などの流行や思想はもちろんだが、それよりも、私たちの学校では誰がどういう態度を取ると嫌われるのか、あるいはすでに嫌われてるのかというふうなことまで知られるので非常に便利だ。


 当然、100%信用できるわけではないが、自分が気づかないような視点で彼らは物を言うときがあるので、決して無下にはできない。


 他にもアカウントはいくつか持っているし、実地調査(普通に誰かと直接おしゃべりすること)も欠かせない。そのどれもが小夜様のための情報取得に役立っている。


 その内の一つ、『暗闇姉』のアカウントを利用して風見潮に何をしたのかについてだが、それほど凝った行動は起こしていない。


 ただ、図書室にラノベコーナーができたと知らせただけだ。


 そうすれば、風見潮の性格なら梓伊月を引き連れるだろうと考えたのだ。


 そして実際、お目当ての人物たちが来た。


 風見潮と梓伊月は声のトーンは抑えつつも、仲良さそうに話しながら歩いている。


 ここからが腕の見せ所ですよ、暗根彩海。


 数々の修羅場を潜り抜けてきたその実力を今こそ見せるときです。


 私は二人に気づかれないようにそっと背後に回る。


 そして、風見潮の左腕の袖口をキュッと引っ張る。その際、彼を驚かせないように優しくするのがコツ。


 風見潮が訝しげに振り向いた瞬間、すかさず私は自身の人差し指をぴんと立て、彼の唇の前まで持っていった。


(しー、ですよ?)


「?!??!?!?」


 彼は驚きつつも、やや顔を赤くしてコクコクと頷いた。


 どうやら私の上目遣い、あと、ほんのわずかだけ緩めた胸元にやられたのだろう。


 チョロい。


 私は彼の腕に胸部を軽く押し付けながら、風見潮を物影まで連れて行った。


 梓伊月には気づかれてないですね。


 これで良し。


 あとは梓伊月が、同じく図書室で毎度読書に勤しむ小夜様とエンカウントするまで風見潮を遠ざければオールクリア。


 もし小夜様と梓伊月に何か発展があっても、私が今いる位置からでは何も見えない。


 でもそれは問題なくて。屋敷でゆっくり小夜様を問い詰めれば勝手にゲロってくれるでしょう。うん、我ながら主人を舐めすぎな気もするがそこは目を瞑っておこう。


「あ、あの……あなたは確か神楽坂さんの侍従じじゅうの……」


「暗根です。私のこと知ってくれてるんですね。嬉しいです~」


 うーん。今のはちょっと媚びすぎたでしょうか。けど彼は満更でもなさそうですし、案外彼好みの反応だったのかもしれないですね。


「え、えっとく、暗根さんは拙者、じゃなくて俺に何か用があるのかな?」


「そうなんです~。私、どうしても抑えられない気持ちがあって。風見君にそのモヤモヤを取り除いてほしいんです~」


「モヤモヤ?」


「はい。今から私の気持ちを告白するので真剣に聞いてもらえますか?」


「こ、こ、告白!?お、俺でいいならいくらでも付き合うよ!」


「ちょっと~まだ何も言ってないですけど~。言質取りましたからね~」


 罠にかかったなと内心でガッツポーズする私は「少しだけ待っててください」と断りを入れて、近くの本棚に手を伸ばす。


 そこから数学書を取り出し、パラパラとページをめくって風見潮に差し出す。


「フェルマーの最終定理?」


「はい!私、昨日からずっとこの定理がわからなくてモヤモヤしているんです~」


「え?じゃあ告白って何のこと?」


「何の……ってこの定理を知りたいっていう私の気持ちを告白したじゃないですか~」


「えぇ……」


「いくらでも付き合ってくれるんですよね?さあ、今から時間の許す限り一緒に考えましょう!」


「あーそういえば俺今日バイトあるんだったわ帰らなきゃ――」


「嘘です。風見君、木曜日はバイトないじゃないですか」


「なんで知ってるんだよ!?」


「そんなことはどうでもいいですから、ほら、このページのこの数式はどういう意味なんですか?」


「ぐへぇ……」


 梓伊月と小夜様が邂逅を果たした裏で、私はこうして風見潮を捕まえ、時間稼ぎに成功したのであった。


 屋敷に帰ったら小夜様を追い詰め……小夜様のお話を楽しみにしておきましょうか。

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