第49話 風見潮はオープンオタクだった

 体育祭が終わって初めての授業日。


 昼休みに俺は購買で買ってきたカレーパンにかぶりついていた。


 1年2組の教室ではいつものように生徒の喧騒に包まれていた。


 だが、俺の取る行動は一つだけ変わっていた。


 それは、目で追ってしまうのだ、神楽坂を。


 別に少し話をしただけで好きになったとかそういう恋愛漫画っぽい月並みな感情ではなくてだな。


 あいつ、普通に学校に来てるんだよ。


 あの日から時間が空いたとはいえ、相当無理していたから体調崩して一日くらいは学校を休むかと思案していたんだが。


 今のあいつは何食わぬ顔で、それこそ保健室で寝込んだなんて事実がなかったかのように平気で振る舞っている。


 素で平気なのか演技なのかはわからないが、少なくとも人前でいきなり倒れてしまうような危うさは感じられない。


 まあ元気ならそれに越したことはないが。


 どうしても心配で彼女の一挙手一投足に過敏になってしまう。


 あ、今神楽坂がクラスの男子と仲良さそうに歓談してる。


 頬杖をつきながらつまらなさそうにカレーパンを一口かじる。妙にインスタントなスパイスが口内に広がった。


「お~い。梓聞こえてるか~?」


「ん?ああ。なんだっけ?風見が妹にサンタの正体をばらして家庭崩壊しかけたって話だっけ?」


「ちげーよ。実話だけど今その話はしてなかったろ」


「実話かよ」


「ったく、ぼーっとしやがって。ほんと、人が話してる最中に放心していいのは薬物中毒者だけだろ」


「それは別の意味でよくねえだろ」


「いずれにせよ梓の対人コミュニケーションのなさが垣間見えたわ」


「それは風見も同じだろうが」


 はあと嘆息する俺。目の前にいるのは、フレームの太い眼鏡をかけ、長い前髪を目元まで伸ばしたザ・陰キャって印象の風見潮だ。


 彼はその野暮ったい黒髪を邪魔くさそうに弄って、話を再開した。


「まあまあ拙者のことはどうでもいいんだよ」


 出た。風見の一人称は基本『俺』なんだが、オタク話をするときは興奮して『拙者』になるという癖。


 俺はこれから発動されるオタク特有の早口を覚悟し、手に持っているカレーパンを一気に喉に押し込む。


「やっぱ今期のアニメは五分の一の花婿は外せないよな。なんたってヒロインが可愛すぎる。確かに作画がどうのとか懸念される点はあるけど、拙者からすればそんなのどうでもいいくらいヒロインたちが可愛いんだよな。いや、でもやっぱどうでもよくないか。まあそれは置いといて、どこが良いかって言動がすでに可愛くてさ。拙者は三女がもう好きすぎてしんどい。あの黒スト脱ぐシーンちゃんと30回は見たか?見たよな?ほんとさいっこうなんだよ。他にも修学旅行では……」


「おーけー、Mr.原作厨。少し落ち着け」


「梓も原作読んでるだろうが!んで、お前は誰推しだ?」


「んー五女かなー」


「えぇぇー!意外!!理由は!?」


「真面目な所とか……かな」


「拙者はお見合いでの無難な回答集を求めてんじゃねえんだよ!もっとさらけ出せよ!性癖を!!」


「お前、あんま性癖とか叫ぶな、ここ教室だぞ」


「教室にいようが家にいようが牢屋にいようが性癖は変わんねえんだよ!」


「最後捕まっちゃってるじゃねえか……」


「日本は思想の自由が認められてるからな。拙者は憲法という名のウォールマリアに守られちゃってるんだよ」


「公共の福祉に反したらそのウォールマリアも突破されるけどな」


「お黙り!」


 風見はビシッと俺を指さして威圧してきた。こいつの熱量には毎回気圧されてしまう。


 それからもオタク話に花を咲かせつつ俺たちは昼食を平らげた。


「なあ、図書室にラノベが追加されたって話、もう聞いたか?」


「いや、初耳だが。確かなのか?」


 それが本当なら楽しみ半分不安半分ってところだな。


 もちろん、学校でただでラノベが読めるのは儲けものだ。しかし、俺はきっとラノベ読みの中でもかなりの数のラノベを所有している自信はある。


 つまり、学校に追加されたラノベをすでに読んでいる可能性が高いということだ。


 変に浮かれていざ足を運んだら、全部読了済みだなんてことになれば無駄に気分を下げることになるだろう。


 なので、ぬか喜びにならないよう過度な期待は避けることにした。


 俺はとりあえず生返事だけはしないようにしようというスタンスで風見の話に耳を傾けた。


「ああ。この情報は100%正しい。なんせ、拙者が信頼しているツイッターのアカウント『暗闇ねえ』さんから入手した情報だからな」


「誰だそれ」


「あー梓はツイッターやってないって言ってたから知らないのも仕方ねえか」


「なんだ、有名なのか?」


「この学校のオタク界隈ではな。どの生徒のアカウントかはわからないが情報屋として結構活発に活動している方でさ。拙者もよくお世話になっているんだよ」


「へえー。んで、ラノベが入荷されたから放課後、図書室行こーぜって俺を誘おうとしたってわけか」


「さすが話が早くて助かるな。で、どうだ?」


「まあ、放課後は特に予定もないしいいぞ」


「よっしゃー!じゃあ終礼が済んだら即行な」


「はいはい……じゃ、さっさと午後の授業の準備始めるぞー」


「うーわ!次英作文の宿題あったじゃん。梓、チョコとアイスとマジックマッシュルームのつづりを教えてくれないか?」


「それ全部まとめてdrugでいいんじゃないか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る