第48話 暗根彩海はからかいすぎる

 体育祭があった日の夜。


 小夜様の部屋で私は憤慨していた。


「小夜様、私は体育祭のときあなたが倒れたということを聞いてとても怒りました」


「何、その英文翻訳みたいな怒り方……」


「誤魔化さないでください。保健室の先生から事の顛末を聞いてほんとに驚いたんですよ!小夜様、普通に競技に参加してましたし……」


「あのねえ、暗根。私がそういう人間だってとっくに知っているでしょ?」


「知っているから……知っているから後悔しているんです。もしかしなくても小夜様はご無理なさっているのではと気づいていたのに。私が競技に参加している間に倒れてしまわれるなんて……」


「別にあなたが気に病むことではないわ。私が勝手に無理して勝手に倒れただけ。そんな落ち込んだ顔しないの」


 小夜様は半泣きの私の頭を優しく撫でてくる。まるで姉が妹にするみたいに。


「私は、メイドの仕事を務めると決めた時から小夜様を第一に考えてきたんです!それなのに小夜様の健康に支障をきたしてしまうなんて……」


「そう言ってくれるのはありがたいのだけれど、まずあなたが蜂蜜をゴクゴクがぶ飲みするのを止めません?身体に悪いわ」


「誰かさんのせいでストレスが溜まってるんです。これくらい糖分を取らないとやっていけません」


「ご、ごめんなさい……」


 ぴしゃりと小夜様を窘めると、私は手に持っている、容器に入った蜂蜜を喉に流し込む。


 生き返る~。


「とにかく!小夜様は無理しすぎです。何のために頑張っていらっしゃるかは把握しているつもりですが、ご自身が倒れてしまっては元も子もないでしょう?」


「…………」


 小夜様は私から目を逸らして黙っている。


「これからは無理しないと私に誓えますか?」


「……善処します」


「そのセリフ吐く人、だいたい言うこと聞きませんよね」


「的確なツッコミしなくていいから!」


「的確って言っちゃいましたよこの人。やっぱり善処する気ないじゃないですか」


「んーもうっ!わかりました!ではこれからは暗根が見ているときだけ無理することにしますから。それでいいですね!?」


「はー。もうそれでいいですよ。その代わり少しでも危険だと感じたら強制的にでも止めますからね」


「暗根は話が通じる相手で助かります」


「梓伊月には通じなかったのですか?」


「そうなんですよ、まったく!この私に物怖じもせず抜け抜けと……って暗根今なんて?」


「小夜様って意外とブラフに引っかかりやすいですよね」


「ちょっと、それどういう意味!?」


「……口内炎が痛いんで部屋に薬取りに行ってもいいですか?」


「こんなところでおあずけしないで!ねえ。あなたもしかして保健室での一件見ていたの?」


 小夜様は私の両肩をガシっと掴んでゆさゆさと揺らしてくる。


 あーその必死そうな表情、ほんとに可愛いです。この顔が見られただけでも驚かし甲斐があったってものです。


 私はほんのわずかだけ口角を上げて事のあらましを説明した。


「おそらく全部は見ていません。私が見たのは保健室から顔を真っ赤にした小夜様が『おたんちんなんですか!?』と叫んで逃げていったところだけです」


「いたのっ!?」


「廊下にいましたし、なんなら小夜様に呼びかけもしたんですが普通に無視されました」


「全然気が付きませんでした……」


「あと、梓伊月が『おたんちんって何かよくわからんが可愛いな』とも独り言ちていました」


「か、かわっ!?」


「あーそうそう。あのときの小夜様もそんな感じで顔を赤くしてましたよ」


「…………」


「あの、無言で睨むのはやめてくれません?純粋に怖いです」


 小夜様をからかいすぎるとたまに鬼より怖くなるので気を付けるべきですね。でないとBの時間で私も殲滅対象になりかねませんので。


「まあだからこそ気づかなかったんですよ。思いっきり走って逃げるわ、活力はあるわで、まさか軽い熱中症と捻挫を引き起こしていたなんて思わないじゃないですか。少しはご自身のお体を労わってください」


 これは推測ですが、話の流れを整理すると、多分梓伊月も小夜様に注意喚起したのでしょう。無理するなと。


 特に接点もないのに梓伊月は小夜様を助けた。


 ということは小夜様はもしかして……。


 私がゲスな勘ぐりをしていると、小夜様は短く息を吐いた。


「この流れで私が責められるのはいささか癪ですが、あなたに心配をかけてしまったのは本当に申し訳なく思っています。ごめんなさいね……」


 小夜様は綺麗な黒髪を指でいじりながら謝罪の言葉を口にした。


 それを見届けた私はフッと優しく笑んで、「それはそうと」と言ってから、小夜様の耳元でこう囁いた。



「小夜様は梓伊月が好きなんですか?」



「いいえ、それは全然。全くと言っていいほどありえません」


「うえっ!?」


「うえっ!?って何ですか。急に変な声出さないでください」


「え、いや、だって、小夜様みたいなタイプってちょっとしたきっかけでコロッと好きになるチョロイン型だと思っていたので……」


「チョロインという単語の意味はわかりませんが、私はそんな軽い女ではありません。暗根は私を何だと思ってるんですか……」


 小夜様は即答だった。しかも真顔。これは本心だ。


 んー私の見立てでは小夜様が本気で梓伊月に恋愛感情を抱いたと思ったのに。意外です……。


「はあーそれは残念です……。小夜様をからかう材料が増えれば、小夜様おもちゃ化計画も進んだというのに……」


「暗根、今からBの時間の準備をしてくれませんか?」


「身の危険を感じるので今日はもう寝ますね」


「おやすみなさい、暗根。寝るときはひつぎを数えると安眠できるらしいですよ」


「安眠を通り越して永眠してしまいそうなので遠慮しておきます……」


 興が乗ってしまい小夜様をからかいすぎてしまいました。今夜は部屋に鍵かけて寝よう……。

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