第33話 梓伊月に窮地が襲う

 夏祭り当日。現地集合だと、人が多すぎてはぐれるだろうと考えたので、花火大会の場所近くの駅前に集まることにした。


 辺りはすっかりハレの日という感じで、空気が浮ついている。浴衣姿の女子高生グループを見ると、つい、神楽坂の浴衣姿を想像してしまい、ニヤけそうになる。


 駄目だ駄目だ。俺が不審者だと思われたら、一緒に連れそう神楽坂の迷惑になってしまう。


 いつもより色味を増したような夏の空を見上げながら、俺は神楽坂の到着を待つ。


 実は、集合時間はすでに5分を過ぎているのだ。あの真面目な神楽坂が珍しいな。


 まあ、浴衣を着たり、髪型変えたりと女子は色々やることが多そうだしな。


 むしろ、俺なんかのために一生懸命準備してくれていると思うと、多少の遅れなんて少しも気にならない。


 連絡が一つも来ないのも、おそらく手が離せないだけだろう。


 俺は駅の改札前の柱にもたれかかり、人込みの中から神楽坂の顔を探すことに集中する。


 来ないな。


 約束の時間から15分が経った頃。俺のスマホがブルブルと震えた。


 神楽坂か?と思い、えさに食いつく魚みたいな勢いで俺はスマホを手に取り、画面を確認する。


「暗根から電話?」


 目当ての相手じゃなかったことに若干落胆しながらも、なぜという疑問の方が大きかったため、俺は電話に出た。


「暗根から電話なんてレアだな。何かあったのか?」


『小夜様は……そちらに向かうことが出来なくなりました……』


 受話口から聞こえてきたのは、いつもの無気力な声ではなかった。


 非常に落ち込んでいるという印象だった。


 が、それよりも暗根が発した言葉の方が衝撃的で、俺は開いた口が塞がらなかった。


「……え?出来なくなったって、どういうことだよ……」


『……そのままの意味です』


「そのままって……。差支えがないなら、理由を聞いてもいいか?」


『ええ、もちろん。元より言うつもりで梓様にこうして電話させていただいたのですから』


 少し冷静になれたのか、電話越しから聞こえる声はちょっとずつ暗根っぽさを取り戻してきた。


『小夜様も1時間ほど前までは夏祭りに行く気満々でした。今も浴衣は着ていると思います』


 着ていると思いますという断定できない言い回しが気になったが、話の腰を折るべきではないと考え、何も言わなかった。


『ですが、バレてしまったのです。あの口うるさい小夜様のお父様直属の使用人に』


「直属の使用人?」


『はい。彼女は小夜様のお父様の方針に絶対服従するのがモットーでして。そのお父様は小夜様に問題を起こして欲しくなくて、ありとあらゆる方法で縛ってきました』


「なるほど、箱入り娘ってやつか?」


『箱入り娘ならまだ幸せだったかもしれません』


「ん?どういうことだ?」


『箱入り娘というのは娘可愛さに世間からシャットアウトするものでしょう。つまり、そこに愛があるんです。でも、神楽坂家は違う。小夜様のお父様、いえ、あのクズは小夜様を娘とも何とも思ってないんです』


「…………続けてくれ」


『彼は今家にいません。なぜなら愛人作って別の家で過ごしているからです』


「…………それで?」


『あの男が何を考えているかなんて私にはわかりません。ですが、おそらく一応血が繋がっている娘に厄介なトラブルは持ち込んでほしくないのでしょう。なので、自分は一切関わらず、直属の使用人を送り込んで、彼女を監視下に置いたのだと思われます』


「それでその使用人は何をまずいと考え、どういう対処を取ったんだ?」


『大変申し上げにくいのですが、その……小夜様が梓様とよく一緒にいるとどこからか情報を仕入れてきたらしくてですね。そして、その……梓様が学校でDランクと呼ばれ蔑まれていることを知り、そんな下賤な男を小夜様に近づけるわけにはいかないと言い出してですね……』


「もういい。わかった」


『あの……こういう言い方しか出来なくてすみません』


「別に暗根に怒ってるわけじゃないよ。俺がDランクだからとか今に始まったことじゃないし」


 マグマみたいに怒りが爆発してもおかしくないと頭では考えていても、意外と感情は波打っていない。


 また、カーストか、という呆れに近いのかもしれない。


 神楽坂の父親のことは正気を疑ったが、カーストの理不尽に慣れてしまった自分が一番くそに思えてきて、腹立たしかった。


 己の無力感に苛立つあまり、思わず唇を噛み切ってしまう。血の味がじわっと広がって、それが尚俺を自己嫌悪に陥れてくる。


 すると、受話口から気になることを言われた。


『あのですね。実はこの状況を打開する手立てがありまして……』


「打開?」


『それは梓様にしかできないことなんです。この電話もそれを頼むためにさせていただきました』


 今日一で力のある言霊を暗根がぶつけてきた。


「俺にしか……?」


 俺は周りの駅の喧騒を少し煩わしく思いながら、暗根の言葉に耳をすませる。


『それはですね…………梓様には今から神楽坂家に来てもらって、その使用人をチェスで負かせてほしいんです!』


「…………はあ?」




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

はてさて梓と神楽坂の夏祭りはどうなってしまうのやら……。

行く末を見届けていただけると幸いです。

by蒼下銀杏

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