第26話 神楽坂小夜は怪しむ

「んんんんんんん~~~~!!!!」


 神楽坂小夜はこの通りご乱心である。


「んんんんんんん~~~~!!!!絶対おかしい!!」


 自分の部屋の無駄に広いベッドの上でゴロゴロと転がりまわりながら嘆いている。


 今は部屋着であり、制服がしわになるとかそういう心配は無用なので、ゴロゴロゴロゴログルングルンと心の中のモヤモヤを必死に追い出そうとしている。


 が、その甲斐なく、私を覆いつくす不安は消える気配がなかった。


「梓くんが怪しい~~~~!!」


 何があったのか。


 順序だてて簡潔に説明するなら、まずは私がいつものように梓くん宅へ晩御飯を作りに行ったときのこと。


「どうですか?今日は特に腕によりをかけて作ってみたのですが……」


「え、ああ。うん……美味しいよ」


 なんだかよそよそしかった。心ここにあらずって感じだった。


 また、こんな会話も――


「夏休みは何かご予定などはあるのですか?」


「へ!?よ、予定?えっと、まあぼちぼち……」


「へえ。何されるんですか?」


「そ、それは内緒」


 内緒って。私にバレるといけないことでもするつもりなのでしょうか。わかりません。


 はたまた、こんな場面も。


「誰と連絡を取っているのですか?」


「へあっ!?か、神楽坂には内緒だ……」


 女の気配がする。内緒という言葉を初めてこの世から消し去りたいと思った。


 私以外に親しくしている(梓くんが私に心を許してくれていると信じたいだけだが)女の子が他にいるなんて。


 気になる。場合によっては早めに手を打たなければならない。


 あとは……梓くんが夏休み中も家に来てくれと言ってくれなかったことかな。


 いや、これはシンプルに残念だっただけだけど。夏休みのときくらいは梓くんは一人でいる時間も確保したいかなと思って、私から言い出せなかった。


 私も結構強引に押しかけたみたいなとこもあったし。梓くんが頼んでくれたのなら夏休み中でもご飯作りに行ったのになー。


 頼まれなかったってことはやっぱりお邪魔だったのかなぁ……。って駄目よ、弱気になっちゃ。


 梓くんに振り向いてもらうために頑張ってるんだから。そう決意したは良いものの。


 ついさっき、家に帰ったときに、決定的な現場を目撃してしまったのだ。


 それは暗根の部屋の前の出来事。


 ほんの少しだけ扉が開いていて、耳をそばだてると、どうやら暗根は誰かと電話をしているようだった。


 暗根が電話なんて珍しいと思った私はつい盗み聞きのような真似をしてしまったのだが。


「なかなか折れないですね。今日でもう電話、4回目ですよ」


『すまないって。でももう頼れるのは暗根しかいないんだよ』


 電話の相手は男でしょうか。ますます珍しいですね。それにしても相手の声どこかで聞いたことのあるような声質をしている気が。


「はあ……確かに梓様には私しか頼れる人はいないですね。では、今週の土曜日、昼の1時にエオン(ショッピングモールの名前)の東入り口前に集合でよろしいですか?」


『おう。サンキューな』


 ほえ?相手は梓くんなの?エオンの前に集合?こ、これってデートのお誘い?いやいや、まだ二人っきりと決まったわけじゃないわよね。


 うん。きっと何かの間違いだわ。梓くんが暗根を誘うわけない。きっと他に誰かいるに決まっているわ。


 それに私だって梓くんとショッピングしたことないし。行きたいのはむしろ私だし。


 半開きの扉の前で一生懸命違う違うと言い聞かせていた私も、次に聞こえてきた衝撃的な発言で、現実に直面することとなった。


「このことは小夜様には秘密ですよね」


『ああ。もちろんだ』


 ああああああああああああああああああああああああああああ。


 なんとなくだけど、雰囲気が二人きりっぽい!わ、私も梓くんと二人でショッピングしたいのに、どうして抜け駆けみたいなことするの?


 暗根は私の味方じゃなかったの?


 私に秘密で梓くんは女の子とデートするんだ。ふーん。そうなんだー。ふーん。


 そっと部屋の扉を閉じ、私は自室へ戻る。そのままベッドへダイブし、今のゴロゴログルングルン状態になったのだ。


「これは夢これは夢これは夢これは夢」


 布団に包まって、ビクビクと体を震わせる。


「もうっ!なんでこんなに私が悩まなくちゃいけないの!?あ、梓くんの……おたんちんっ!」


 傍から見ると芋虫みたいな格好に、あるいはチョココロネみたいになっているであろう私は顔を赤くして嘆く。


 すると、何かを察知したかの如く、暗根が部屋に入ってきた。


「どうかなさいましたか、小夜様」


「ふわ~ん。泥棒猫が来ました~」


「いきなり主人から罵倒された気がするのですが」


「ご、ごほんっ。失礼。取り乱しました。忘れてください」


「忘れたとしてももう録音しておりますので意味がないかと」


 自慢げにボイスレコーダーを見せつける暗根。


 この子ったら、またそんなことを……。もしかして舐めているのかしら。舐めているから暗根は梓くんを横取りしようと。


 うーん。考えれば考えるほど、思考が悪い方向に向かっていくわ。


 モヤモヤ。


 あ、ダメ。これはプチプチでも抑えきれそうにないわ。あの時間を解放するしかありませんね。


「暗根」


「何でしょう小夜様」


「Bの時間にしましょう。用意してください」


「……かしこまりました」


 私は暗根を連れてある部屋へと足を運んだ。


 突然だが、ストレス発散について少しだけ語らせていただきたい。


 よく耳にするのはジョギングなど運動をするとか、好きな音楽を聴くとかだろう。男の子は寝たら嫌なことは忘れるというのも聞いたことがある。


 人それぞれストレスの発散方法は違うし、何が一番いいかなどはない。


 ではこの私、神楽坂小夜はいったいどのような方法を取るのか。


 一つはプチプチを潰すこと。こう、自分のか細い指でもプチっプチっという心地よい音と共に潰れていくあの感覚。


 あの一つ一つが私の心を落ち着かせるのだ。


 しかし、さしものプチプチでも抑えきれないであろうストレスも存在し、私はそういうとき、Bの時間というものを設ける。


 BとはBreakの頭文字、Bのことである。休憩と壊すという2つの意味を内包したこの言葉はまさにうってつけで。


 私の気持ちはすでに高ぶっている。


 迷いなく歩き、辿り着いたのは通称Bの部屋。私はBの時間に備えるため、ヘルメット、つなぎ、手袋、安全靴などの防具をフル装備する。


 誤解が生まれないよう、先に言っておくが、私はかなり物は大切に扱う方だ。シャーペンだって芯が折れないほどに丁寧に使うし、制服のボタンの糸が解れたら、綺麗に縫い直すくらいに。


 だからこその衝動というか。ありませんか?物を無性に壊したくなるとき。


 Bの部屋に入ると、そこにはすでに壊れて動かなくなった時計や使えなくなったテレビなどの家電や食器や空き瓶が。


「えへへ~」


「小夜様、そこにある物は例のごとく全て使えなくなったものですので、ご自由にしてください」


「わかりました」


 私はバットを片手に無邪気に笑みを浮かべる。


「ではいきますね」


 バットを両手に握り直し、ブンッと振りかぶってから思いっきりテレビをぶっ叩いた。


 ガシャーンという非日常の音が私の破壊衝動に火をつけた。


「……いい。とてもいいですこの感じ……」


 もう一振り。今度は隣の花瓶にフルスイング。やったことはないけど、校長室の前にある花瓶を割ったらこんな快感なのだろうか。あるいは背徳感が付きまとう分、もっと甘美なのだろうか。


「以前は物が壊れる映像で満足していたのに。主人はいつ壊す側に回ってしまったのでしょうか」


「暗根何か言いましたか?」


「いえ、何も言ってないですので、物騒な破片が付いたバットを笑いながらこちらに向けるのだけはやめてくれませんか?」


「そうですか。楽しいから暗根もやればいいのに」


 パリーン、ガシャーン、ガタンッという破壊音がBの部屋に響き渡っている間は悩みを忘れることができるのです。


 梓くんのことは明日考えましょうか。

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