第25話 風見潮は行動させたい
「何だこれ……?」
「じゃじゃーん!夏祭りのチケット~」
そう言って、風見がバッグから取り出したのは花火がイラストされた二枚のチケットだった。
「え、何?風見と二人で行けばいいのか?」
「ばっかやろー。なわけあるかっ!野郎二人で花火大会に行っていいとしたらそれは花火職人くらいだろ」
「なるほど、なら俺らは打ち上げる側をやればいいんだな」
「ちげえから。打ち上げ花火は野郎と下から見るんじゃなくて、少し離れたところで女の子と見るのが一番に決まってるだろ」
わあわあと騒ぎ立てる風見。俺はうすうすこいつの意図に気づいていながら少しふざけたが、多分そういうことだよな。
「てことは、これ……俺と神楽坂のためのものなのか?」
「話の流れ的にそうでないと、俺は意味もなく夏祭りのチケットを二枚買った変態になってしまうんだが……」
「あの……風見のこと疑ってるとかじゃないんだけどな……何か企んでる?」
「それ疑ってない?まあ普段の俺の振る舞いを鑑みれば、怪しむのも無理ないか……」
風見は後頭部をさすりながら、笑い交じりにそう呟いた。
ただより怖いものはないという言葉もあるが、相手が風見だと一層その言葉が強く聞こえる。
後で利用するためか。弱みを握るためか。はたまた、俺には予測できないような情報を掴むためか。
無償の善意なんてないと思っている。まあ、若干17歳の俺がそう結論付けるのは早すぎると理解しているが、少なくとも俺は受けたことがない。
神楽坂がほぼ毎日(俺がバイトで遅くなる日以外)晩御飯を作りに来ているのも、彼女が料理をするのが趣味で、そのついでってことだろうし。
俺だって神楽坂の助けになるようなことをするとき、彼女の喜んでいる姿や笑顔が見たいから行動を起こしていたりするのだ。
人の行動の裏には必ず、その人の打算が隠れている。
それゆえ、俺には風見の思考が読めないのだ。
カースト優先の風見がなぜ、一見無利益なことをしてきたのか。
わからないが、風見が「ほらよ」と二枚のチケットを手渡してきたので、俺は素直にそれを受け取る。
「その……ありがとな」
「いいよ、無理してお礼言わなくても。梓にそうやって疑わせるような態度を普段から取っているのは俺の方なんだし」
「感謝の気持ちは本当だ。風見がチケットをくれなかったら夏休みの間、多分、神楽坂と会う機会が格段に減っていたと思うからな……」
実は夏休みに入ってから神楽坂が今までみたいに晩御飯を作りに来てくれるかどうかまだ不明なのだ。
学校から帰るついでに来てもらっていたという感覚だったから、学校がなくなる夏休みはどうなるのだろうかと悩んでいた所でもあった。
彼女にも都合があるはずなので、俺から作りに来てくれなんて図々しいことを頼めるはずもなく、おそらくこのまま有耶無耶になっていただろう。
でも、風見がくれたこのチケットがあれば。
しばらく会えなくなるとしても、夏祭りにすがれるならこの長期休暇も耐えられるかもしれない。
まあ、神楽坂が一緒に行ってくれるとは限らないが。むしろ男と二人で夏祭りとか断られそうな気しかしないがな。
水族館の帰り際にまた遊びに行こう的な話になったから期待はしたいけど。
了承してくれたらラッキーくらいに思っとけば、断られたときの傷も浅いだろう。
そんなことを考えていると、風見はニマニマして俺を眺めていた。
「格段にってお前ら、どんだけ密会してたんだよ……」
「もう風見は俺の言葉の裏を読むな!」
「お前が読め読めと言わんばかりの言い回しをしてるんだろ。なんかその様子だと一年のときから変わってないどころか、もっと進展してるんじゃねえか?」
「進展とかそういうのはねえよ。今も俺の片思いは継続中だ」
「片思いねえ……」
「お前、今、俺のことピュアだって内心バカにしたろ?」
「内心じゃなくて、表情に出したつもりだったんだけどな」
「このやろっ。風見はそら今まで彼女とかいただろうから色々と達観してるのかもしれないがな。俺は正直、このチケットもどういうタイミングで渡せばいいか、思考を張り巡らせるのに精いっぱいなんだよ」
「は?そんなの神楽坂さんの誕生日を祝ったその勢いで渡しちまえばいいじゃないか」
「ん?誕生日?」
俺も風見も上手くかみ合わない歯車みたいに動きが止まる。
こいつ何言ってんだと風見のあっけらかんとした表情が物語っている。それは俺のセリフでもあるのだが。
はあーと風見がため息を吐いた。
「梓。まさか神楽坂さんの誕生日が8月3日ってこと知らなかったのか?」
「8月3日!?それって夏休み中じゃねえか!?」
「なんだよ、本当に知らなかったのかよ。てっきり祝う気満々なのかと思ってたわ」
呆れたような眼差しを向ける風見。
「だってそんな話一回もしてこなかったし。やばい、どうしよ……やっぱりプレゼントとかあげるべきかな?」
「俺に聞かれてもな。まあ、いつも仲良くしてるのならあげてもいいんじゃねえか?」
「んーそうだよな……あ、そうだ。風見――」
「却下」
「まだ何も言ってないし」
「プレゼント選ぶの手伝ってとか言うんだろ?そういうのはパスで」
「そ、そうか……」
「お前、そんなあからさまに落ち込むなよ。どんだけ神楽坂さんのこと好きなんだよ」
「ばっ……そ、そこまで落ち込んでねえし……」
風見が半ば引き気味なのは気のせいだろうか。まるで幼子をあやすかように風見はある提案をした。
「じゃあ暗根さんに相談してみたらどうだ?あの人ならいつも神楽坂さんの近くにいるし、かなり参考になると思うぞ」
それを聞いて、俺は一筋の光が差すのが見えた。
「それだっ!サンキューな風見!」
「さっきまで俺のこと疑ってた梓はどこへやら……」
「まあ正直風見のことはまだわかんねえけどさ。ただ、さっきのあの顔が本気だってことは伝わってきたからひとまずは安心かなって思っているだけだ」
「なるほどな。でも、だからって俺の言うことはこれからは信用していいってわけじゃねえからな」
信用するなだなんて。おかしなことを言うやつだ。そういうことを言えるのが風見潮だし、
「わかってるよっ」
信用するなと言われて了解するのが梓伊月って奴なのも風見は理解しているだろう。
「何かあったら連絡よこせよ〜」
風見がそう言ったのを聞いてから俺はベンチから軽くなった腰を上げた。
「また夏休み明けな」と風見に別れの挨拶を済ませて、帰路へつく。
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