第27話 暗根彩海は頼りになる

 7月末の土曜日。エオン前。じりじりと夏らしい日差しがアスファルトを焼いている。


 周りにはハンカチで汗を拭う女性や、大仰に手で顔を煽って熱を冷ます仕事着の男性などが群れていて、そんな光景を見ているこっちもより暑く感じてしまう。


 俺は歩きながらも襟をヒラヒラとさせ、服に覆われた体表にささやかな風を送る。


 暑いな。暗根もう来てないかなーとか外で待ちたくないなーとか考えていたら、ばったり暗根に出くわした。


「おう。まさか来る時間がこんなピッタリ合うとは思わなかったよ」


「まあ時間通りに来ましたからね。もし梓様が遅れていたら、私はすぐに帰ってましたけどね、暑いので」


「うわ、ほんとに帰りたそうな顔しながら言うなよ」


 隈のせいでもあるのか、目つきこそ悪いが、顔立ちはすごく整っている。


 少し袖が短めでボーダーの入った白のTシャツにデニムのショートパンツというボーイッシュな見た目が妙に似合っている。


 身長が女子の平均より高いからか、ショートパンツからすらりと伸びている健康的な生足はより目立つし、袖から覗く柔らかそうな二の腕が適度に女の子らしさを主張している様は、普通のJKにいそうだし、なんなら普段メイドやってるとか想像はできないだろうな。


「暗根ってそういう格好もするんだな」


「梓様は公衆の面前でメイドプレイをご希望なのですか。さすがに引きます」


「ちっがうからっ!私服は意外とラフなんだなって思っただけだよ」


「何を基準にして意外と言ったのかはわかりませんが、私は動きやすさ重視ですので」


「そんなJKほんとにいるのかよ……」


「間違えました。小夜様に変なことしようとする輩を抹殺するのを重視に変更しておきますね」


「なんで俺を見ながらそんなこと言うの?俺なんもやってないし、やらないからっ!」


 マジで暗根といると、気が付いたら会話のペースを握られているんだよな。こう、自分の芯があるというかブレないというか。


 メイドってのはそうまでしないと成り立たない仕事なのかなと密かに考える俺。


「とりあえず、暑いので中に入りましょう」


「そうだな」


 暗根が先行してそそくさとエオンの入り口に吸い込まれていく。


 自動ドアがぶうぉんと開いた瞬間、肌身に感じる冷気が心地よい。


 暗根も気持ちよかったのか「ううーん」と控えめに唸ってから、ガサゴソと小さいバッグから蜂蜜が入ってそうな容器を取り出した。


 それを彼女はためらいなくグイッと飲んだ。


「ん?何飲んだの?」


「蜜です」


 本当に蜂蜜だった。


「なんで蜂蜜?」


「甘いからです」


 一切のよどみなく彼女は答える。


「蜂蜜直で飲むのは体に悪くないか?」


「蜂蜜だから大丈夫です」


「蜂蜜だからやべえって言ってるんじゃい!」


「うるさいですね。メイドは色々疲れるんです。こうやって糖分をこまめに補給しないとやっていけないですよ」


「お前プー○んに呪われてるのか?」


「そんなこと言ったら○ッキーが夢に出てきますよ」


「悪夢じゃないことを祈るだけだな」


 そう軽口をたたき合いながら、俺たちは館内全てを網羅したマップを見ていた。


「どこから回ろうか?まずは一番近い東口エリアから一つ一つしらみつぶしに探していくか?」


「そんな無駄に糖分使うような提案止めてください。何のために私がいると思っているんですか」


「何のためって、それは神楽坂の誕生日プレゼントは何にすべきかを助言してもらうためだが」


「そうです。ということは助言できるほど、小夜様の傾向と対策はばっちりなんですよ。それならば、いちいち全部回る必要はありません」


「なるほど。頼りになるな」


 確かに、このエオン内の店を全て回るとなったら日が暮れてしまうだろう。というか最悪回り切れないとか、買えなかったという事態にも陥りそうだ。


 俺も店を回るとはいえ、神楽坂の好みなどの知識はほとんどゼロに等しい。


 なら、なおさら店を片っ端から見ていくというのは効率が悪い。


 あらかじめ、このあたりの店を押さえておけば大丈夫という指針があれば、プレゼント初心者の俺でも十分戦えそうだ。


 そう思うと、なんだかゲームで最強装備を身に纏った時みたいにワクワクしてきた。


「……まずは二階に行きましょう」


「了解しました暗根様」


「キモいのでその呼び方はやめてください」


「あ、すいません……」

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