第24話 風見潮は見抜いている
夏休み前の最後の授業も終わり、俺は誰もいない昇降口で外靴に履き替えようとしていた。
靴の入ったロッカーに手を伸ばしたそのとき、後ろから誰かに声を掛けられた。
「おーい。梓ー」
「ん?あーなんだ風見か」
「なんだってなんだよつめてーなー」
よッと小さく挨拶してこちらへ歩いてくる風見だった。
「何か用か?」
「用がないと話しかけちゃいけねーのかよ」
「いや、別にそういうわけでは……」
「まあ、用はあるんだけどな」
「さいですか……」
風見は「ちょっと向こうで話そうぜ」と言って、俺を学校の中庭のベンチに連れて行った。
風見の考えていることはわかるようでわからない。
俺とアニメとかの話題で盛り上がろうとするときもあるが、BやAランクの奴が近づいてくると、俺のことを貶めてまで、上位の奴らにすり寄ろうとする。
ただ、それは風見がカースト内でどういう風に生きればいいのかを分かっていての行動なのだろうと推測はすぐできる。
風見のやり方はこういった意味では間違っていないと俺も思う。
しかしだ。
それにしても、たまに感じるときがある。
俺に必要以上に構いすぎてやしないかと。
風見がBランクを維持、あるいはAランクへの昇格を果たそうとするのであれば、Dランクの俺なんかと絡むのはリスクでしかないはずだ。
なのに、前の購買のパンの件だったり、今こうやって俺を中庭に連れ出して、何か話し込もうとしたりと。
こんなことにいちいち意味を見出そうとするのは俺の悪い癖なのかもしれない。
だが、それくらい風見という男は俺にとって奇妙で不可思議な存在なのだ。
そんな思考を脳内で張り巡らせていると、いつの間にか中庭に着いていた。
そこにあるやや古風な木のベンチに俺たちは並んで腰かける。
「レディースエーンドジェントルメーン。大変長らくお待たせしましたー」
「レディースはいねえし、待ってもいねえ。JAROに訴えるぞ」
「広告じゃないからセーフってことで……」
仰々しい身振りはそのままで、風見はご近所の主婦と噂話をするみたいにニヤニヤしながら、小さめの音量で訊いてきた。
「お前、まだ神楽坂と仲良いだろ」
「なっ!?お、お前、それをどこで……っていや、やっぱちげえし。何だよその話初耳なんですけど?」
「誤魔化すの下手か」
くそっ。なぜ風見にバレてるんだ。ま、まあ仲良いかどうかは……そうだな、神楽坂はどう思ってるかわからないが、家に来て晩御飯作ってくれるし、水族館にも一緒に行ったし、それなりの仲は築けていると信じたいが。
「梓、今何で風見にバレてるんだとか考えただろ」
「…………考えてねえし」
「次シラをきるときは間が空かないと良いな」
「うっせえ」
俺は目を逸らしながら、雑に頭を掻く。
俺の反応が面白かったのか、風見はケラケラと笑いながら、俺の肩を軽く小突く。
「第一、俺は一年の時の梓と神楽坂を見てるんだよ。だから、今のお前ら見てても何となくだがわかるもんなの」
「別に、一年のときはそんなに目立つようなことしてなかったし……」
「おやおや。一年のときは?じゃあ、二年の今は何かバレるといけないようなことをしているのかなぁ~?」
「…………してない」
「だから間を空けるなって」
あまりよろしくない事態だ。良くも悪くも、風見はカースト内で上手く生きるすべを持っているのだ。
休み時間ともなれば、大抵誰かと一緒に雑談を交わしている男だぞ。
人と言うのはいくら口が堅いと豪語していても、それ以上に人と接する機会が多ければどうしてもうっかり秘密を漏らしてしまう生き物なのだ。
百パーセント漏らすとは言わないが、その可能性は高いと断言できる。
つまり、風見にバレるということは、俺と神楽坂の噂が、最悪の場合、尾ひれがついて広まるというかもしれないということである。
なんとか弁解したいものだが、口を出た言葉は二度と取り消すことはできない。まあ、俺の場合言葉が口から出なかったからバレたわけだが。
言葉ってムズカシイネ。
俺は最後の抵抗と言わんばかりに、掠れた声で訴える。
「……頼む。俺が神楽坂としゃっべったりしていること、誰にも言わないでくれ……」
今の風見なら、多分「オーケーオーケー」と即答して、次の日にはもう広まってたりするんだろうな。
そりゃそうだ。風見からしたらこんなうまい話ないもんな。会話のネタにできる。
カースト内を生きるにはそうやって人を蹴り落とすことも厭わないだろう。
気持ちはわかるからそれほど憎悪とかは湧いてこない。どちらかと言うと憐れみというか。
カースト内で戦ってすらない俺が言うのもお門違いかもしれないが、風見が自分を騙してまで顔色を窺い、時には人を蹴落とす。
そんな姿にもはや同じカーストを苦しむものとしての親近感すら脳裏をよぎっている。
固唾を呑んでいると、風見がついに返答した。
「梓……。お前は本気で神楽坂のことが好きなのか?」
予想外の回答であったことと、好きというワードの強さにたじろいだが、そんな俺の反応もお構いなしに、風見は言葉を続ける。
「相手は4人しかいないSランクのうちの一人で、お嬢様。周りの奴らはDランクの梓のことを絶対に認めないだろうな。今後、お前らが結ばれることがあっても、周りから、社会からいわれのない誹謗中傷を受けるかもしれない。そういう理不尽にさ、梓は耐えられるか?」
目の前にはもういつもみたいにヘラヘラと無理して笑っている顔は存在していない。
あるのは、一人の真剣な男の顔。
もはや誰だかわからないそいつの眼差しは刺すように痛くて。求められていない返事をしたら、そのまま殺されてしまいそうな気さえする。
日ごろから嘘で塗り固めてきたであろうそいつの顔は、今はただ風見潮がむき出しになっているだけだ。
そういう相手に、変に茶を濁すのは失礼だと思うから。
俺は難しい駆け引きとかは考えず、本音をぶつけることにした。
「わからない……。そんなの実際そういう状況に置かれてみないと答えられないだろ」
意気地なしだろうか。覚悟がないだろうか。それらは否定しないさ。
まさしくその通りだ。でもそれは俺だけじゃなく、人間誰にでも当てはまることではないだろうか。
未来のことなんてわかりっこない。その決定に自分しか影響を受けないのなら自分なりの答えを出せるかもな。
でも、他人が、自分の大事な人が関わっているのなら、安易に答えを口にすべきではないのではないか。
みんな無意識にそうしているはずさ。
考えてもわからないことにはとりあえず目を瞑って。
その時が来たらその時考える。
とまあ、心の中で見苦しく言い訳じみたことを独り言ちてしまったが、それをどう捉えるのかは眼前の風見が決めることだ。
俺は息が詰まるほどの空気の中、じっと見守る。
「……プフッ。プハハハっっ!!なんだそれ。そこは強がってでも耐えられるとか言うところじゃねえのかよ。あーやべえおもしれー」
「ちょっ……そんなに笑うことかよ」
「今のでM1とか出てみろよ」
「お茶の間の主婦が凍死するんじゃ」
「はーツボ……」
風見はパシンパシンと自分の頬を叩きながら、気持ちを落ち着かせている。
「あーでもさ。お前が耐えられるとか言い出したら、1組のグループチャットに情報垂れ流してたな、確実に」
「マジかよ……」
どうやら俺は危機一髪で風見のお眼鏡にかなったようだ。
「そんな簡単じゃねえって。カースト舐めんなってブチギレてたかもしれんね」
タハハと笑いながら、らしくない感情的なことを言う風見。
「ま、俺の目に狂いはなかったってことだな。てことでっ。そんな梓きゅんにいいものをやろう」
そう言ってカバンから引っ張り出したのは……
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