第16話 神楽坂小夜は誘いたい

 放課後。私と梓くんは文芸部の部室にいた。


 部室と言っても文芸部は私たち二人だけで、そもそも文芸部という存在すらみんなには全く知られていないというほどだ。


 そんな部活、どうやって存続しているのかという疑問は私がSランクの特権を行使しているからという答えに留めておく。


 そして、私は自分にあるミッションを課している。


 それは、


『梓くんを今度の日曜日に水族館デートへ誘おう』


 という試みだ。


 この発案は暗根。


 チケットを二枚準備してくれたのも暗根。


 ほんとそういうところ大好きよ、暗根。


 まずは、


『元々、私と暗根で行く予定だったが、暗根が急用で行けなくなり、余ったチケットがもったいないから梓くんを誘った』


 という趣旨で頼み込むという作戦だ。


 これなら自然に誘える。


 よし、これなら絶対大丈夫、言うぞ。


 と、決意して早一時間が経過してしまっている。


「あ、梓くん……何か面白い話してくれませんか?」


「おい。その陽キャでも困りそうな話題の振り方やめてくれないか」


「すみません……」


 ああああーーーーーーーー!


 だっていざ言葉に出そうとすると、緊張するんですもの。


 行けると思っていても、もし断られたらという少しの不安が私の邪魔をするの。


 小説(おそらくライトノベル)を片手で読んでいる梓くんは失笑顔を見せた後、すぐに視線を本へ戻す。


 確かにいつもはこの部室に来てもお互い本を読むことしかしないけどね。


 今日くらい、何かの間違いでお話しする流れになってもいいじゃない。


 ねえ、聞いてる?神様?(理不尽)


 ムムムッと一人で眉をしかめて、話題を探した。


「梓くんが今読んでいるのはライトノベルですか?」


「おう。これは主人公が鳥に転生するっていう珍しい異世界系なんだ」


「へえ。面白そうですね。あ、そういえば以前お借りしたライトノベル読みましたよ」


「お。どうだった?」


「非常に濃い物語でした。恋愛の良い所だけでなく醜い所にもスポットが当てられていたのも好印象ですし、なにより主人公の劣等感や罪悪感がかなり心に刺さりました」


「めちゃくちゃちゃんと読んでくれてる!」


「当たり前です。ああ、早く続きが発売されると良いですね」


「だよなー」


 うんっ。なんか会話がすごくいい感じになってる気がする。


 あともう一押しすれば、自然に誘える流れになるはず。


 私は今、梓くんが読んでいるライトノベルがどういうものなのか気になって、なんとなく覗き込む。


 すると、彼は


「あ、ちょっ」


 と言って、慌てて中身を見せないように隠した。


 だが、その行動は手遅れで、私は彼が開いていた挿絵をばっちり目にしていた。


「……見た?」


「…………梓くんえっちです」


「いや、これは違くて!全編通してエロいわけじゃないんだよ。主人公がヒロインと様々な苦難を乗り越え、ようやく危機を乗り切った後のご褒美的なシャワーシーンってだけで……決してやましい気持ちで読んでいたわけじゃ……」


「でも、女性が生まれたままのお姿であらせられていました」


「なぜ急に固めの敬語!?」


「梓くんも男の子なんですね」


「ぐわあぁぁぁ誤解されたぁぁぁ」


 彼は頭を抱えて机に突っ伏した。


 とはいえ実は安心していたりもする。


 私と二人きりでいても、全くそういう素振りすら見せなかったので、梓くんは女の子に興味がないのかと心配していたのだ。


 その疑いが晴れたゆえの安心なわけだが。


 私は自分の胸に両手を当てて大きさや形を確認する。


 さっきの挿絵の女の子ほどはないけど大丈夫かな?


 ペタペタと服の上から何度も触っていると、横から「ゴフッ」と咳き込んだ音が聞こえた。


「お前、男の前で何やってるんだよ……」


「なっ――」


 梓くんはまだ突っ伏したままだが、赤くした顔をちょこっと覗かせながら注意してきた。


 痴女だ。


 制服の上からとはいえ男の子の前でじっくり弄っていたなんて。


 なんかこう、谷間を作るみたいに寄せた気もする。


「死にたい――」


 そう呟き、恥ずかしさのあまり、私も梓くんのマネをするみたいに机に突っ伏した。


 ほんと何やってるんだろ、私。


 ううぅ~と唸っていると、ヒラヒラと何かが床に落ちる音を聞いた。


 チラッと横目で見ると、それは渡そうとしていた水族館のチケットだった。


 それに気づいた梓くんは「なんだこれ?」と言って、床に手を伸ばした。


 急展開過ぎる。


 どどど、どうしよう。


 ここは何か私が言うべきだよね。


 えっと何て言うんだっけ。


「違うのっ!」


「ビックリしたー。どうしたんだ急に」


「え?あ、あははー」


 いや、あははじゃなくて!


 それに違わないし!


 まずは状況説明からだよね、うん。


「あの……それはね。わ、わ、暗根が行きたいって!」


「暗根?」


「あ。暗根じゃなくって。えっとその……暗根と行く予定だったんだけど、あの子急用で行けなくなっちゃって……だからね……」


 さあ落ち着いて言うのよ神楽坂小夜。


 まず言うことの確認から。


 何て言うんでしたっけ?


 く、く、鯨を食べたい……じゃなくて!


 そんなわけないじゃない!だって鯨は今、捕獲禁止で……ってそんなこと関係なくて……


 えっとーえっとー。


 手のひらに『人』と書いてそれを飲み込む仕草をする。


「わ、私とい、行きませんか?ふ、二人で!」


 言ってからものすごく恥ずかしくなり、視線を斜め下に逸らす。


 あと、勢い余って立ち上がってもいたので、静かに座り直す。


 下を向いているからわからない。


 梓くんがどんな顔しているのか。拒んでいるのか、無表情なのか。


 罪を言い渡される被告人みたいにビクビクしながら待っていると、ついにその時が来た。


「じ、実は俺、日曜日は一日中バイト入ってて……」


「わー、お花畑が見えますー(棒読み)」


 ガタンっ!


「お、おい。神楽坂!」


 私はショックで全身の力が抜けきってしまい、起き上がることができなかった。


 バイトって何?おいしいのそれ?お茶碗三杯とどっちが量多い?(謎)





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

神楽坂が借りて読んだラノベは何なのか。蒼下銀杏のツイートを遡って探すと、多分わかります。

僕が一番好きなラブコメ作品です。

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