第12話 風見潮は友人以下他人以上

 一時間目と二時間目の間の休み時間でのこと。


 俺の所属する二年一組の教室では仲良さそうに談笑する数人組の男女がいれば、一人黙々と勉強に勤しむ者もいる。


 俺はどちらかというと後者で、何事もなく無難に時が過ぎればいいと思っているたちなのだが。


「なぁー梓。昨日の赤ネコ観たか?」


「いや、まだ観てない」


「おいおいマジかよ。あれは早く観た方がいいって。神回なんだって!」


 赤ネコというのは今季の覇権と言われているアニメのことだが。


 陰キャしていた俺に陽気に話しかけてきたのは、遅刻してきたBランクの風見潮かざみうしおだ。


 アシンメトリーの茶髪でそこそこ顔も整っているが、印象としては無理をしているイケメン。


 換言すれば、背伸びして生きているって感じ。


「お前ほんとリアルタイムでアニメ観ないよな」


「俺はいつも一時までに寝ないと朝起きられないんだよ」


 それに、昨日は神楽坂が来てたし。


 あの後、寝ようと思っても、ベッドで神楽坂が寝ていたと意識すると、妙な緊張で寝るのも一苦労だった。


 俺は頬杖をつき、窓の外を眺めていると、風見が言った。


「お前ほんと陰キャだよな」


「ほっとけ」


「もっと明るく行こうぜー」


「お前みたいな生き方は俺の性に合わないんだよ」


「生き方って大げさかよ!」


 バシッと俺の肩を叩く風見。


 馴れ合いなのはわかるが、結構痛いぞ。


 ふうーとため息を吐いて俺は問いかける。


「そんなに周りに気を遣いまくって、お前は疲れないのか?」


「え?何言ってんだよ。気なんて遣ってねえし。素だよ素」


「実質味の素なんだよ俺は」というわけのわからないボケをかまされ茫然としていた俺はふと思った。


 疲れてるからDランクの俺に絡みに来てるんだな。


 大方、低ランクの奴と話して優越感でも得ているのだろう。


 俺は風見が人の顔色を窺い、ひょうきんものを演じている所を実際に見てきた。


 初めはCランクだった風見はこいつなりの努力でBランクへと昇格したのだ。


 それは俺にはできないことなので、そこは素直に尊敬していたりする。


 しかし、そんな風見は俺から見ればかなり無理をしているように映っている。


 元々は俺と同じ陰キャのはずだったのに。


 Aランクの奴と話しているときが一番人間の醜い部分が出ている気がする。


 すると、ちょうどAランクの奴が風見に話しかけてきた。


「おおー潮。またキモオタと話してんのか?」


「涼介。俺はキモオタじゃねえし」


「嘘つけ!」


「マジだって。俺はこいつに情けをかけてやってんの」


「うぜー。潮うぜー」


「うっせえAランク。無駄にかっこいい顔しやがって」


 風見は貼り付けた笑顔でトンっと軽く触る程度にAランクの男子を小突く。


「んでさー潮」


「なんすか」


「お前が貸してくれたゲームさぁ。めちゃくちゃハマったからもうちょっとだけ貸してくんね?」


「おいおい今日までの約束だろぉ~?」


「頼むぜ~潮~。今度、後輩の女の子紹介してやるからさぁ~」


「おぉっ?マジっすか?マジっすか?」


「マジマジ」


「そこまで言うなら仕方ない。いいぜ」


「サンキュー!やっぱ持つべきものは友達だなぁ」


 そう言ってAランクの男子は別の男女の輪に戻って行った。


 正直、俺は風見のことを友人だとは思っていない。


 よく話しかけてくる他人くらいの認識ではあるのだが。


 こんな上っ面だけの風見でも実は、俺は嫌悪感を抱いてはいない。


 なぜなら同情しているからだ。


 同じカーストに苦しむ者として。


 弱者は強者に物も精神も搾取され。


 強者は弱者に成り下がらないために、必死に取り繕う。


 一度のミスも許されない。


 立場や方向性は違えど、俺も風見も苦しんでいるのだ。


 だから風見は悪くないと俺は思える。


 悪いのはカーストというくそみたいな制度。


 こいつがあらゆる自由を奪っている。


 こいつが作り出す空気はいわば裁判所だ。


 こいつが右だと言えばこの場所における正義は右であり、左を向いた者は罰を受ける。


 罰というのも、与える側は何の責任も持たない。


 全員目隠しをして、一斉に踏んだり蹴ったりするようなものだ。


 そうやって大胆に、かつ、ひっそりと正義が執行されていく。


 ほんと消えねーかなーカースト。


 一人で思考の世界に浸っていたが、突如生まれた歓声によって俺は現実へと意識を戻す。


「わー神楽坂さんですよ」


「お綺麗だわ」


「マジで可愛い、いや美しいと言った方がいいな」


「皆さん、もうすぐ授業が始まりますのでご自分の席に戻ってください」


 凛とした面立ちで注意を促した神楽坂はそのまま俺の隣の席へ腰を下ろす。


 そして、間髪入れずに彼女はチラッとこちらを向き、周りにバレないよう小さく会釈だけをする。


 俺もそれを見て同じように会釈し返す。


 登校したときならまだしも、もう二時間目だぞ。


 今みたいな歓声を彼女は冗談抜きでほぼ毎回浴びているのだ。


 Sランクと言うこともあり、それだけ期待されているということだ。


「いや~神楽坂さんおはよう!」


「風見くん、おはようございます。今日もお元気ですね」


「いやっはーまーそれだけが取り柄っすからねぇー。神楽坂さんも綺麗っすよぉー」


「まあ。お上手ですね」


 神楽坂は綺麗すぎる笑顔で受け答えをしていた。


 綺麗すぎるってのがミソで。


 多分、この笑顔は作ってる気がする。


 Sランクは特に大変だと俺は考えていて。


 ゆえに俺は二年になってランク制度が生まれてから神楽坂に言っておいたことがある。


 それは、


「みんなの前では俺と必要以上に関わるとまずい」


 と。


 Sランクはブランドだ。


 みんなからの憧れの対象が一人のDランクを特別扱いしていると、確実にそれは神楽坂にとって不評になる。


 箔が落ちるってやつだな。


 俺は神楽坂に迷惑をかけないために忠告したんだ。


 だが、正義感の強い彼女に今の理屈をそのまま伝えれば、必ず拒否してくる。


 だから、神楽坂が俺に話しかけると、俺が妬まれ、悪意をぶつけられる可能性があるとも加えて伝えておいた。


 それもまた信ぴょう性があるので、神楽坂は今もその約束を守ってくれているのだろう。


 そうして今の秘密の関係が出来上がったわけだ。(弁当を食べさせてくれる時間は神楽坂の提案だが、未だに理由はわからない)


 これでも一年の時は


「……おはよう……神楽坂……」


「……おはようございます……梓くん」


 と学校でも挨拶し合えたのに、今は会釈しかできない。


 俺も神楽坂って名前を呼んでおはようくらい言いたいなと考えていたら、チャイムが鳴り、英語の授業が始まった。


 特に面白くもない英語の授業を淡々と聞き流していた。


 途中、後ろから『キモオタ』と書かれた紙切れが回ってきたりしたが、慣れていたので、表情一つ変えずポケットにしまった。


 そして、授業の終盤の先生の言葉に俺は困惑することとなった。


「えー。では次の授業は皆さんに英語でグループ学習をしてもらいます」


 は?嘘だろ?


 コミュ力皆無の奴らが涙目になること間違いなしだろ。


 周りの陽キャたちは「マジかー」と笑いながら叫んでいる中、俺は憂鬱で仕方がなかった。




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おそらく作中最もキャラ、風見潮が満を持して登場です。

表現の誇張こそあれ、こういう人実際にいません?

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