第11話 梓伊月は暗根彩海にからかわれる

「誰だろうか、こんな時間に。ってもしかして神楽坂の迎えか?」


 そう思案して、俺は「はーい」と言いながらドアを開ける。


「梓様、こんばんは」


「あ、ああ。やっぱりいつも神楽坂の隣にいる……」


「暗根です」


「あーそうそう。いや、ほんとにすみません。こんなに遅くまで神楽坂を引き留めてしまって」


「いえいえ。むしろこちらこそお礼を申し上げたいところです」


「そんな、頭を下げないでください。まあ立ち話もなんなんでまずは入ってください」


「では失礼いたします」


 そう言って、暗根は丁寧に靴を脱ぐ。


「で、今、小夜様はどちらへ?」


「ああ。神楽坂は――」


 やっべえ!やばいよ。


 だって今、神楽坂って言ったら俺の部屋で寝てるじゃないか。


 そんなところ暗根に見られたら、絶対勘違いされる。


 とはいえ家の中じゃ、しかも神楽坂は夢の中だし、どう足掻いても誤魔化せる気がしない。


 対処法に悩んでいると、暗根が挙動不審な行動を取り始めた。


「くんくん。むっ。どうやらこの部屋から小夜様の香りがします」


「あ、そっちは……」


 ガタンっと俺の部屋の扉が開かれる。


 そこには相も変わらず、可愛い寝息を立てている神楽坂が。


 いや、ちょっとだけ様子が変わっている。


 布団を抱き枕みたいにギュッと抱きしめているのだ。


 細い脚も絡ませて。


 くっそ可愛い!


「梓様……」


「はっ!はい!」


「避妊はしましたか?」


「ごふっ!な、そういうことは一切してないよっ!」


「はあ?」


「あ、いや。避妊してないとかじゃなくて。その、だからそういうあの……え、え、エロいことはしてないってことだからっ」


「ああ。セックスしてないんですね」


「男の俺が言うのもあれだけど、もうちょっとオブラートに表現するとかないの?」


「交わったって言えばいいんですか?」


「あーもうそれでいいよ……」


「煮え切らないですね。言葉まで被らせようとしているんですか?」


「おい。何か含みのある言い方だな。勝手に決めつけるのは止めてもらおうか」


「さて、それより……」


「無視かよっ」


 クマができている眠たそうな目で、暗根は神楽坂の近くまで寄っていく。


「ああ……可愛い寝顔……眼福です」


 パシャパシャパシャパシャ。


「え?ちょ、何してんの?」


「連写です」


「なんで?」


「可愛いからです」


「あんたの主人だろ?勝手なことしていいのか?」


「小夜様が怒るか怒らないかで言えば怒ります」


「じゃあダメじゃないか……」


「でもその怒った顔も可愛いので大丈夫です」


「何が大丈夫なのかさっぱりわからんのだが……」


「梓様は思っていたより細かいお人なんですね」


「あんたは思ってたより大胆な人だったよ」


「それはどうも」


「そういうところだよ……」


 学校にいるときはこんな感じだとは一ミリも想像していなかった。


 いつも恭しくて、従順。大人しいとかそういうイメージが今のやり取りでガラガラと崩れ去った。


 パシャパシャパシャパシャ。


「あーこのアングルいいですねー」


「あんまやりすぎるなよ」


「後でベストショットを送ると言ったら?」


「もっと撮ってくれ」


 我ながら恐ろしく速い手のひら返し。


 俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。


 だが、パシャパシャという音が鳴るだけの奇妙な時間も神楽坂が目を覚ますことで終わりを告げる。


「ん……こ、ここは……?」


「おはようございます、小夜様。お帰りの時間ですよ」


「んん~!やだぁ~。まだここにいたいぃ~」


「小夜様。ここはお屋敷ではないのにそんなみたいな猫なで声で話されてもよろしかったのですか?」


「えぇ~?」


 コスコスと寝ぼけ眼をこする神楽坂は俺と目が合った。


 俺はどういうテンションで会話したらいいかわからず、自分の後頭部を撫でてたら思っていたことが口をついて出てきた。


「お、おはよう。神楽坂って家ではそんな甘えた声を出すんだな……」


「~~~~~ッッッ!?!?!?」


 神楽坂は眠たげな表情から一気にリンゴみたいな赤へと変貌した。


「なななななななんで梓くんがここへ?」


「いや、ここ俺の家だし」


「ほえっ!?」


 どうやらまだ頭が働かないらしく、状況を整理できていないようだ。


 荒れた呼吸を整え、ようやく落ち着きだした神楽坂は絞り出すように声を紡ぐ。


「さ、さっきのはどうか忘れてください……」


「む、無理だと思う……」


「ほわぁ…………」


 神楽坂、再びノックアウト。シュポシュポと頭がショートしているようだ。


 こうなったら起きないらしく、再びベッドに寝かせる。


「梓様、追い打ちかけてどうするんですか。そこは嘘でもわかったって言えばよかったでしょうに」


「いや、だってあんな可愛い一面、忘れられるわけ……ってあぁ!?」


「今度は何ですか……」


「いや、だって、もしかして暗根に俺が神楽坂のこと――」


「ああ。梓様は小夜様のこと好きなんですよね」


「バレてた!?」


「逆に今まで隠し通せているとでも思っていたんですか?」


「い、一体いつから……?」


「……一年の体育祭のときからですかね」


「最初からかよっ」


 まさか暗根にそこまで知られていたとは。


 まあ常に神楽坂の隣にいるしありえなくはないか。


「ま、まああんたが知ってたのはわかった。でもこのことはまだ――」


「はい。小夜様には秘密にしておきます」


「すまんな」


「にしても何をそんなにこだわっているのか。私からすればチョー意味不です」


「……やむにやまれぬ事情があったんだよ」


「そうですか……まあ私は応援していますよ」


「神楽坂の意志は良いのかよ……」


 失笑気味に俺はため息を吐く。


 すると、暗根もため息を、ただし呆れたようなニュアンスで吐く。


「梓様は本当に……」


「ん?なんだ?」


「恋心というのはよく色が変わります。桃色になったり青色になったり、時には黒かったり白かったりもするでしょう。ですが、無色透明になってしまったらどうすることもできません。そのことをどうかお忘れなきよう……」


「助言ありがとな。何となくだが言いたいことはくみ取れた気がする」


「なら良かったです。丼鼠色どぶねずみいろの梓様」


「どんな色だよっ!」


「すみません、言いたすぎました。では私はそこで伸びてる小夜様を運んで帰りますね」


「俺も何か手伝おうか?」


「いえ、これ以上迷惑かけるわけにもいかないですし。では」


 そう言って、神楽坂をお姫様抱っこした暗根は俺の家を出た。


 でもな。


 そうは言ってもやはり、一歩踏み出す勇気が出ないんだよ。

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