第10話 梓伊月はドギマギする

「え?寝転がる?神楽坂が?何で?」


 上手く思考がまとまらない。


 脳の電気信号だけ時が止まったみたいに。


「あ、あのっ!ご、誤解しないでくださいっ!変な意味はなくてですね。旅行先のホテルに着いたら、いつもと違うベッドにテンション上がるときあるじゃないですか?あの感覚に似てて……その……あの……」


「あ、ああ。わ、わかるぞ。うん。そういうことだったんだな。うん、納得納得……」


 そらそうだ。


 女の子が男のベッドで寝転がりたいなんてそんな無防備な所業。


 一瞬勘違いしかけたが、そういう理由であれば、なくもない……のか?


 とにかく、根本的な問題、神楽坂が俺なんかに好意を抱いているわけがないんだ。


 なぜなら、俺はDランクのカースト底辺。


 片や神楽坂は最上級のSランク。


 これほど身分に差があるんだからいくら神楽坂とはいえ好意なんて。


 それに周りが、社会がそれを許してはくれない。


 神楽坂はレッテルで物事を決めないって言ってるが、それで全部自分の思い通りになるほど世の中は都合よくできていないんだ。


 だから、俺は今まで、それにこれからも身の程をわきまえない恋心は抱かないように気を付けていたのに。


 なのにだ。


 彼女と出会った時。そして今みたいな時。


 俺は性懲りもなく、神楽坂を意識してしまっている。


 このどっちつかずの心境がいけないことなのはよくわかっている。


 いつまでも続かないのではという不安もある。


 でもやっぱり、動くことでこの居心地の良い関係が終わってしまうのが怖くて。


 もう少しだけ。


 もう少しだけこのままでいさせてくれ。


 もじもじしていた神楽坂が上目遣いで訊いてきた。


「…………ダメ?」


「いや、ダメじゃない……」


 そう言うと、彼女は「や、やったっ」と小さく両手でガッツポーズした。


「では……その、どうぞ……」


「あ、は……はい」


 消え入るような声で返事をした神楽坂は暗闇の中で物を探るみたいにゆっくりと俺のベッドに乗った。


「ふわぁ……」


 一体何がいいのか。お嬢様なんだから普段もっとふかふかのベッドで寝ているだろうに。


 そう考えながら、子猫のようにフニフニと手で押したり跳ねたりしている神楽坂を眺める。


「はわぁ……」


 感情が高ぶってきたのか、彼女は四つん這いで楽しそうに上下に揺れている。


「………………ゴクリっ……」


 俺は思わず生唾を飲んだ。いや、欲しくなったとかではないけど。


 その、好きな女の子が自分のベッドで四つん這いになりながらはしゃいでいるのを見るのって、なんか背徳感とか情欲をそそられそうっていうか。


 それって俺が童貞だから?他の男子は別に気にすることじゃないのか?


 こういうときにベッド君はギシッギシッって鳴かないでほしい。


 神楽坂は校内ではスカートが短くない、というか膝下まであるので、むしろ長い方であって。


 スカートの中身が見えそうになるというハプニングは起きそうにないが。


 それでも臀部でんぶのラインはくっきりわかるわけで。


 カースト底辺でもせめて健全でいなければいけないと思い、必死の抵抗として、サッと目を逸らした。


「わっ。すごく硬いんですね~」


「なっ、何がっ!?」


「あー。ベッドがです。屋敷のベッドはふかふかでしかないので、今すごく新鮮な気分です」


「えっと、それ褒め言葉でいいんだよな……」


 きゃっきゃきゃっきゃと楽しそうな声をしばらく背後から聞き流していると。


「ハア……ハア」


 と神楽坂は荒く息を吐いていた。


 はしゃぎすぎて疲れたんだな。確か、体力がないのが欠点って一年の時言ってたし。


「では、お待ちかねの……」


 と背後から聞こえた気がするが、俺の気のせいだろう。


 ボフッっという音が聞こえたので、何があったんだと振り返ってみると。


 神楽坂はベッドの上で顔をピッタリとシーツにくっつけるようにうつ伏せになっていた。


「すう――――はあ――――すう――――はあ――――」


「いや、そんな体勢なら息苦しいに決まっているだろ」


 何がしたいのか、天然でやっているのか。


 やっぱり神楽坂ってどこか抜けてるとこあるよな。


 そのギャップが可愛かったりするんだが。


 顔を上げた神楽坂はこれ以上ないくらい恍惚とした表情をしていた。


 目とか口が妙にとろけていて、俺はなんだかイケナイものを見ている気分になり、心臓がオーバーワークしている。


 何なんだこの時間は。


 今度は寝転がった状態で俺の枕を抱きしめ、足をパタパタとさせていた。


 うん、可愛い。


 やばい、俺、尊さで死ぬかも。


 そんな時間が数分続き、ちょっと落ち着いた頃。


「少しこのままにしていていただけますか?」


「ま、まあ。それがお願いなんだしな」


 寝転がったままの神楽坂にそうお願いされて、一分もしないうちに。


「すうーすうー」


「寝ちゃったし……」


 どうするかなー。


 そろそろ神楽坂は帰る時間のはずだ。


 こんなところで寝ている場合ではないだろう。


 というか男の部屋で寝るなんて無防備すぎる。


 もうちょっと危機感ってものを持った方がいいんじゃないか?


 とりあえず、体が冷えるのはダメだと思い、彼女に布団を掛けてやる。


 こんなに気持ちの良さそうな寝顔晒されたら、起こすに起こせないんだよな。


 ね、寝顔……。


「くっ……」


 神楽坂の寝顔は俺の全身を緊張で熱くするには十分すぎた。


 優しく閉じられた目。


 可愛らしい寝息を立てる小さな口。


 口にほんのちょっとだけ入っている髪の毛。


「まったく、俺なんかの前で何で寝顔なんて見せられるんだよ……」


 口に掛かっている髪の毛をそっと指で払ってやると、


「ん……んむぅ……」


 と声を漏らし、身じろぎする。


 びっくりしたぁ。いや、まあ別に悪いことをしているつもりはないんだけどさ。


 そう思案した瞬間。


 悪い考えが頭をよぎった。


「柔らかそうな頬だな……」


 思わず呟いてしまったが、起きていないようなので問題ないだろう。


 こう、人差し指でツンっと突っついてみたいのだ。


 理由はない。


 でもなぜか無性にしたくなってきたんだ。


 わからない。


 けどこれは俺が悪いんじゃなくて、こんなに可愛い寝顔をしているお前が悪いんだろう。


 そう思うことにして、俺はゆっくりゆっくりと指を近づけていく。


 30センチ、20センチ、10センチ――


 もうすぐだ。


 9、8、7――


 固唾を呑む。もう少しで。


 6、5――


 いや、ダメだろっ。何バカなことしているんだ俺はっ。


 寝ている女の子を不躾に触るなんて。


 しっかりしろ。


「はあーっ」とため息を吐いて、距離を取る。


 ほんと何やってんだか。


 グルグルと自己嫌悪に陥っているときだった。



「梓くん…………すき……」



「えっ!?」


 い、今なんて?


 す、すき?俺?梓くんって、え!?


 聞き間違いじゃなければ、確かにすきって言ったぞ。


 寝言だが。


 これって、どうなんだ。


 本音?それとも夢だからノーカン?


 夢って実際の気持ちとリンクしているのか?


 もししているのであれば、神楽坂は俺のこと好きって――


 や、やばいどうしよう。


 さっきから顔が熱い。熱さのせいか目がジンジンする。


 口もからっからで。


 一人で慌てふためいていると、神楽坂の口から再び言葉が紡がれた。


「梓くん…………すき……すきやきに微炭酸かけないでよ……」


「……………………」


「う、うわぁ……しゅわしゅわ……して……すうー」


 どんな夢見てんだよっ!!


 なんでちょっとだけ炭酸なんじゃ!


 あーもう!わかってた。わかってたって、期待なんかしてなかった。


 神楽坂が俺のこと好きとかそんなわけないし。


 頭を抱えていると、ピンポーン、と玄関のインターホンが鳴った。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

寝顔は可愛い(挿絵欲しすぎる)

作者の蒼下銀杏です。

10話まで読んでいただきありがとうございます。まだまだ続きます。

面白い、続きも読みたいと思っていただけたのであれば、コメントかレビューを頂けるとすごく嬉しいです。

続きもよろしくお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る