第13話 梓伊月は隠すしかない

「じゃあ、前の授業でも告知した通り、今日はグループ学習だ。五人ずつで席をくっつけろ」


 英語の先生がそう言うと、ガタガタとみんなが席を動かし始めた。


 グループが嫌だとは言え、動かさないわけにもいかず、俺も指示に従う。


「いや~俺神楽坂さんと一緒のグループとか超運良いわ~」


「よろしくぅ。神楽坂さん」


「はい。こちらこそよろしくお願いします」


「おいおい。鉄平も竜也もテンション上がり過ぎだって~」


「なんだよ、潮は嬉しくねえのかよ」


「俺実はそんなに嬉しくない……わけねえだろうがよっ!」


「きっしょ。潮が一番テンションたけえだろそれ」


「ははっ。まあな」


 とまあ、俺が空気と化していることからもわかるように、グループ学習は地獄だ。


 しかも人数が奇数ときた。


 絶対俺だけあぶれるやつだこれ。


 席が近い者同士で組まされたグループなのだが、俺の他には神楽坂と風見、あとAランクの男子が二人もいる。


 よりにもよって高ランクばっかかよ。


 俺はため息交じりに英語の教科書をパラパラと捲ったり、書きこむふりをしたりする。


(しゃべることがない者の特に意味のない行動)


 寝たふりという切り札は後に取っておこう。


「静かにしろよー」と先生が注意するも、群れることで活発になる陽キャたちはおしゃべりを止めなかった。


 そのため、先生はそのまま授業を説明し始めた。


「はぁー。教科書での学習の前に、まず最初はグループ内で軽く自己紹介をしてくれ。もちろん英語でだぞ」


「せんせーい。ラテン語で喋ってもいいですか~?」


「できるものならやってみろよ。その代わり後で職員室な」


 アハハと盛り上がる教室。


 人生楽しいだろうなこいつら。


「じゃあ俺、ドイツ語でやるわ」とか他にも色々とおふざけの会話が楽し気に入り乱れる。


 お前らはドイツ語なんてできないだろ。


 そんなことを考えていたら、俺たちのグループでは神楽坂を皮切りに自己紹介が始まろうとしていた。


「Hi! My name is Saya Kagurazaka. I am――」


 そうして神楽坂の流暢な自己紹介がスラスラと続いて、終わったころには俺も風見たちも


「おおー」


 と、感嘆していた。


 とはいえ、風見も他の男子もさすがBやAランクと言ったところか。


 それなりにまともな英語のテクニックで、わからない表現は高いテンションで押し切っていた。


「ほらっ。次は梓の番だぞ」


「キモオタ君は何のマンガを教えてくれるのかな?」


「おいおいちげえって。マンガじゃなくてアニメだろ?キモオタ君にまた注意されちゃうよぉ」


 Aランクの男子二人がヘラヘラと俺を嘲笑している。


 まあいつものことだから気にすることではないんだが。


 いくら割り切っているとはいえ、神楽坂の前で笑われるのはいささかきつい。


 すると、神楽坂は少し低めの声で男子を窘めた。


「お二人とも静かにしてください。これから梓くんが話すのですから」


「あぁ~ごめんごめん」


「おい。お前のせいで神楽坂さんに怒られたじゃねえか」


「俺のせいじゃねえだろどう考えても」


 Aランクの男子二人が小声で話し終わってからにしようか。


 


 このことをもう一度意識したうえで俺は自己紹介に臨む。


「I,i,i,i……」


「あーいあい。あーいあい」


「おさーるさーんだよー」


「いっひっひ」


 うるせえ。ちょっと噛んだだけだろ。


 心の中で舌打ちしていると、Aランクのうちの一人、鉄平が嘲笑混じりに訊いてきた。


「Are you happy now?」(今、幸せですか?)


 宗教勧誘かよ!とツッコミたくなったが、言うとまたバカにされるか、調子に乗るなと言われるだけだと思い、口をつぐむ。


「So,I'll suggest that you buy this eraser.Buy it for 10000 yen,and you'll become very very happy!」


(でさ、お前はこの消しゴムを買うべきなんだよ。1万円で買え。そうすればお前はめちゃくちゃ幸せになれるんだって!)


 どうやら宗教勧誘というより怪しい壺売りっぽかった。


 ポンっともうほとんど消しカスみたいな消しゴムをAランクの竜也が放ってきた。


 めんどくせえ。


 怒りというより、単純に邪魔くさかったので、俺はついつい口を滑らしてしまう。


「F○ck you……」


「お前後で覚えとけよ」


「ギャハハハ!やっぱ梓のそういうとこすげえわ!いっひっひ!」


「潮てめえ~」


 Aランク男子は風見といわゆる陽キャの馴れ合いをしていた。


 俺は後で殺されるだろうけど。


 あと、風見は笑いすぎだ。


 ふと神楽坂の方を見てみると、彼女はやれやれといった感じに呆れていた。


 すまんな。俺なんかの心配させて。


 そして、自己紹介は全グループが一段落し、そのまま教科書を使った授業に入っていった。


「小夜、この単語分かる?これはね、巻き込まれるって意味なんだよ」


 黙れ、お前がライオンシュレッダーに巻き込まれてしまえ。


「小夜、この単語は夢中になるって意味でも使われるんだよ」


 黙れ、お前もう一生夢の中で彷徨ってろ。


 と、言っててもおかしくないような表情で陽キャを見つめる俺。


 え?口には出さないよ。怖いし。(ビクビクと震えながら)


 まあ、俺が何に腹を立てているのかってそれはもう自分勝手な理由ではあるんだけどな。


 英語の授業だしってことで先生が班員を下の名前で呼ぶようにと指示を出したのだ。


 それを聞いた陽キャたちはこぞって神楽坂のことを小夜小夜ってあーーーーー!


 俺も小夜って呼びたいって。呼びたいけど自分の立場やら恥ずかしさやらで言えないでいるのだ。


「Thank you,Teppei,Ryosuke.」


 神楽坂もさすが普段から擬態しているだけあって、自然にAランクの男子を下の名前で呼んで……くっそむかついてきた。(理不尽)


 こうなったらやけだ。


 これは授業なんだ。あくまで先生が呼べって言ったからであって俺が呼びたいとかじゃない。


 そう思えば自然と口に出るはず。


「さ、小夜……ここ教えてもらっても……いいか……いや、いいですか……?」


 ギロッ。


 おい、周りの陽キャ怖いって。俺が小夜って言っただけで睨むなよ。


 一週間ハブをおあずけされたマングースか。


 俺がおそるおそる尋ねると、神楽坂は急に話を振られたことに驚いたのか、若干取り乱したように見えた。


「え、えと……その……い、い……いつ……き、くん……ね。こ、これはお気に入りのって意味、ですよ?」


「あ、そ、そっか……あ、ありがとうな……あ、いや……ありがとうございます」


「い、いえいえ。こちらこそ……ごちそうさまです」


「ごちそうさま?」


「あ、いや何でもないです」


 ごちそうさまの意味は良くわからなかったのだが、カーストトップの中ではそう言うのが流行っているのだろうか。


 これ以上話を掘り下げる必要もなさそうだったので、俺は手元の教科書に視線を落とすが。


 陽キャが口を開く。


「なあ、小夜。しょうもないこと訊くけどさ。この陰キャ(梓のこと)と付き合い始めたとか……ないよな?」


「「な、ないよっ!」」


 俺と神楽坂の声が揃った。


「そ、そうだよなー。いや、会話の詰まり具合とかが初々しいカップルみたいだったからつい……」


「それな。もしそういう関係だったならこの陰キャは死ぬ以上の苦しみを味わうことになってたよな」


 ハハハと笑う陽キャたち。


 こえーよ。中世ヨーロッパの拷問でもする気か。


 バカ笑いしている陽キャたちを尻目に、俺は決意する。


 神楽坂にこっそり弁当作ってもらってるとか絶対言えないなと。

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