第5話 梓伊月に教えてほしい
まさかこの私が。
お嬢様である私がうわさに聞いていたスーパーという市場に足を運ぶ日が来るなんて。
なんだか思っていたより賑やかね。
小さい子供がお菓子片手に走り回っていたり、ラジオから流れていると思われる男の人の売り文句だったり。
この雰囲気は少し苦手かもしれないけど、晩御飯のためなら仕方ないわ。
「じゃあ、神楽坂。まず何を買えばいいんだ?」
「そうですね。まず、目の前に野菜のコーナーがあるようなのでそちらから回りましょう」
梓くんと買い物かごを隔て、隣で並んで歩く。
周りを見渡しても制服で、ましてや男女で並んでいる人を全く見ない。
それとも今日はたまたまそういう日なの?
料理すると言っても食材は置いてあるものか、暗根が買ってくるかだったからスーパーなんて初めてなのよね。
放課後に男女で買い物するのが世間的に普通かどうかはわからないけど、少なくとも今はそういう人たちがいないのは確かで。
そう思うと、何とも言えない面映ゆしさが育ち始める。
「まずは、付け合わせの人参だっけか?」
「ええ。えっとたしかおいしい人参の見分け方ってなんだったかしら。梓くん知ってる?」
「俺はあんまそういうの詳しくなくてな。すまん」
「そうでしたか。それならシェフ的な人を呼ぶしかないですね」
「何を想像してるか知らんが、シェフ的な人なんて俺は見たことねーよ。神楽坂、スーパー来たことないのか?」
「むっ。ま、まあないですけど……」
「マジか……そんな人ほんとにいるんだな……」
「むむっ。人を無知だと思ってますね。わかってますよ。農家かあるいは責任者がいるんですねわかりますっ」
「わかってねえよ!いねえよ!」
「じゃああの従業員入口って書いた扉の奥には誰がいるのよ!?」
「従業員だよ!」
「もーっいいです。もうこの人参でいいですね。えいっ」
自分の無知さに恥ずかしくてプルプルと震えた手で人参を確保した。
何も知らないと思って内心絶対バカにしてる。
悪かったわね、何も知らないお嬢様で。
次は見返してやると心中で誓うも、歩けば歩くほど自分の知らなかったことばかりで、もう己の寡聞さを認めていた。
さっき梓くんに買い出ししたことないって言ったのがバカみたいだ。
冷蔵庫の中があんななのに梓くん、何が安いとか意外と知ってるし。
買い物かごの中身も徐々に積まれていった頃。
私たちはお肉のコーナーに差し掛かろうとしていて、私はあるものを見つけてしまう。
「あ、あれはうわさに聞いていた……試食!」
そう、試食コーナーだ。
一般の方ならおなじみだろうが、私からすれば、それはツチノコ発見と同じくらいの衝撃なのだ。
私の眼差しが試食という文字を捉えた暁には、もう食べるまで視線が離れないと自負できる。
実際、そうなっていたらしく、梓くんはそれに気が付いたようだった。
「神楽坂、お前食いしん坊みたいな目してるぞ」
「な、なぜ食いしん坊なの知って――」
「ん?」
「い、いえなんでもありません」
あー私は何も言わなかったし、彼も何も聞いてなかったよねー。(現実逃避)
悟ったような無気力な目をしつつも、試食への欲求は収まる気配はなく、そのまま目的地へ足を進める。
すると、梓くんは私に失礼なことを言ってきた。
「また、なんか変なこと言い出すなよ」
「むー。バカにしてぇ」
「ははっ。悪い悪い。もうさすがに出ないよな」
「当たり前です。で、このウインナーは全部食べてもいいんですよね?」
すると、梓くんは「うーわ」とか言ってしまいそうな表情を浮かべた。
「やっぱり出たよ。え?神楽坂って実はおバカなの?試食って文字見えてるよな?」
「え?え?なんで?なんで?なくなったら従業員の方々が足すだけじゃないんですか?」
「従業員入口の奥でウインナーばっか作ってるとか思っていそうで怖いんだが」
「そ、そんなことは思っていませんよ」
「そもそも試して食べるって書いて試食だぞ。何、チュートリアルでラスボスまで倒そうとしてるんだよ」
「ちょっと何言ってるかわかんないです」
「今の俺が悪くなるの理不尽じゃね?」
なんだか梓くんが意外と意地悪な気がする。
でも私に対してもそういうふうな態度を取ってくれるのはすごく嬉しくて。
爪楊枝に刺さったウインナーをパクっと口に入れ、見られないようにこっそり目を細めた。
それから数分後の出来事。
私たちの間で絶対に譲れない戦いが幕を開けることとなった。
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次話は???vs???といったお話です。
面白い、続きも読みたいと思っていただけたのであれば、コメントかレビュー☆を頂けると幸いです。
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