第4話

 朝、穏やかな眠りは、立て続けに鳴り響くインターホンによって奪われた。

 ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン。


「誰だよこんな朝っぱらから」


 まだ目覚ましも鳴ってないのに、玄関に立っているだろうヤツは、元気にインターホンを鳴らし続ける。

 流石にこれ以上聞かされるのは堪らないので、俺は欠伸をしながら玄関に向かい、誰が来たのかも確認せずにドアを開けた。

 すると、パジャマ姿の武田さんがいたのに気付いた。

 パジャマではあるが、髪だけは手入れをしたのか、寝癖はなく、体が動く度にきめ細かな髪がゆらゆらと揺れていた。


「おはよ。やっと起きたんだ」


「やっとって、今何時だと思ってるんだよ」


「でも朝ご飯作らないと、学校間に合わないでしょ?」


 ああ、そういえば家事を手伝ってもらうことになったんだっけ。

 

「ああ、そっか。でも、そんなん別に良いよ。朝は別に食べなくても何とかなるし」


「だめだよ。不健康な生活は受験に支障が出るから。そこはちゃんとしないとね」


 と言って顔を覗いてきた。


「まだ顔洗ってないでしょ。先に準備しておくから洗っておいで。あ、あとこれ今日のお弁当ね」


「……ありがとう」


 なんか子供扱いされてる気がする。

 まあ、いっか。こういうのも悪くは無い。

 ノロノロと洗面所に向かって、顔を洗い、歯磨きをした。

 歯磨きをしていると、ベーコンを焼くいい匂いが漂ってきた。

 

「ジャムとはちみつあるけど」

 

 鏡を見ていたら、武田さんが後ろからひょこっと顔を出して言った。


「ん? んふー……んふひふん」


「はーい」


 ダメもとで言ってみたけど、なんか通じたっぽいな。

 俺は口をゆすいでリビングへ戻り、テレビをつけた。見るのはニュース番組だ。


「普段ニュース見てるの?」


「いつもは親がずっとつけてて、何となく見てる」

 

 地味に朝の時間って退屈なんだよ。本読むわけにはいかないし、かと言ってスマホばっか弄ってても怒られるし。

 

「もうご飯出来てるよ。早く食べよ」


「ああ」


 机にはトーストと、ジャムの瓶。そして目玉焼きとベーコンとレタスが置いてあった。

 コップをキッチンから取って、俺は牛乳を注いだ。


「毎食牛乳だね」


「飲まないの?」


「朝は飲まないかな。夜はたまに飲むけど」


 なんだ。何処も牛乳を毎食飲んでるものだと思ってた。案外そういう訳では無いのか。

 その後も、ニュース番組を見ながら適当に話しながら食べ終えた。

 ご飯を食べ終えた後は、また2人で食器を洗い、武田さんは着替えてくると言って家に帰った。

 1人になった俺は、机に置かれた弁当箱を見た。武田さんの手づくりか……。まあ、手作りなら既にさっき食べたが、弁当となると少し意味が変わる。大した問題ではないけど。

 弁当箱をバッグに詰めて、制服に着替え外へ出た。


 俺の学校は、偏差値は大体真ん中ぐらいで、人によっては難関受ける人がいるって位のレベルだ。

 部活は基本弱小。見どころがそこまである訳でもない、至ってシンプルな学校で、そのくせ町の中心部からは離れているから毎年定員割れギリギリになる。

 あまり人気のない学校だ。


 ドアを開けると、声をかけられた。

 

「よ、相変わらずお前らは仲がいいな」


 正岡明。学校でよく一緒にいる友達で、受験シーズンになってからは良く一緒に勉強をしている。

 その後ろでニヤニヤしてるやつが一人、正岡の友達の五島純平だ。ホームルーム前は、よく正岡と五島でゲームの話をしている。

 

「えへへ……」


 おい、そこの幼馴染。嬉しそうにするんじゃない。

 

「別に、仲良くはねーよ」


「はいはい、分かった分かった」


 学校に着いたのが何時もより早かったこともあり、少しだけ単語の問題を出し合った。

 早めに学校行くのって、意外と良いな。眠いから気乗りしなかったけど、実際に着てみると考えが変わるものだ。

 武田さんは、女子グループに交じって話をしていた。受験が終わっているのもあり、気楽そうな雰囲気だ。

 武田さんと目が合い、笑いかけてきた。それを見て、俺は思わず顔を逸らしてしまった。

 丁度、そこで先生が教室へ入ってきたので、俺は自分の席に座った。


 昼休みになると。俺は正岡と五島で集まった。この時も大概ゲームの話だ。

 だが、今回は少し違った話題が上がった。


「お前、料理なんてできたっけ?」


「確かに。羨ましいな……俺なんてなんも作ったことないし」


 正岡と五島が、俺の弁当を覗き込んで言った。それもそのはずだ。親がいないのは正岡も知っているし、俺が料理できないことも知っている。それに大概昼の弁当は冷凍食品を弁当に詰めるだけだった。

 それが、突然弁当を作ってきたら驚くのも無理はない。


「いや、これは……」


 武田さんが作ってくれた。そう言おうとして、俺は口を閉じた。

 武田さんに作って貰ったなんて言ったら、正岡たちのことだし弄ってくるに決まってる。

 それは少し面倒なので俺は適当に誤魔化すことにした。


「親が作り置きしてただけで……」


 いつも通りだ。そう言おうとしたが、トントンと肩を叩かれた。


「――お味は?」


 俺の後ろにはいつの間にか、武田さんが立っていた。


「……美味い」


「よかったー。ちょっと張り切って色々作ってみたから、喜んでくれたみたいで良かった。これも、何時もより作る量が多いお陰だよ」

 

 ほうれん草のおひたしは味がしっかり染みてて美味しいし、肉じゃがは出汁がしっかり効いていた。

 

「ちくしょー。お前はいいな、弁当作ってくれるやつがいてな」


「さっさと付き合えよクソ野郎」


「……へ?」


「ば、お前武田さんの前でそんな事言うなよ!」


 くそっ、変なこと言うな馬鹿野郎この野郎。どうする? 殺るか? 殺っちまうか?

 少し焦ったが、運良く武田さんはいまいち話が見えていないみたいだ。その証拠に、武田さんは笑顔を見せるだけ。

 その後すぐに女子グループに呼ばれて戻って行った。


「あ、そうだ。今日、俺らでビデオ通話で勉強会しようぜ」


「なにそれ」


「最近友達とかよく使ってるんだよね。俺らもやってみようぜ」


「そうだな、別にいいけど」

 

「おっしゃ。そうと決まれば早速帰ったら始動だな」


 オンラインで勉強会か……。ネットが発達するとそんな事ができるようになるんだな。そのうち、何でもかんでもオンラインになって、外に出なくなったりして……。

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