第2話

 親が旅行に出てから1日目。学校でのシュミレーションは充分。それから帰宅して、遂に本番だ。さて、まず何からするか……。


「なんだろ。洗濯か?」


 取り敢えずワイシャツを抜いで、適当にジャージを着た。

 そして、手からぷらーんと垂れるワイシャツ。

 ……でも、これ1枚だけ洗濯ってのは良いのか? 水がもったいない気が……てか水はどうすれば……。

 母さんってあの時どうやって選択してたっけな。確か風呂の水使ってたか?

 でもどうやって? バケツか? でもそんなことしたらめっちゃ疲れるし……。

 なにか使えるものは無いかと周りを物色した、すると俺は洗濯機の横にある長いチューブを見つけた。


「そうか、そういえばそうだった」

 

 このチューブを風呂の水にぶっ刺して吸い込めばいいんだな。

 幸い水は風呂にたっぷり溜まっている。取り敢えずはこれを使えってことだな。


 あとは洗剤、あれ、洗剤って何処だ?

 

「分かんねぇ」


 まあ、よく分かんないし、最悪シャンプーぶち込んでおくか。絶対間違ってそうだけど、まあどうにかなる。

 ここで時計を確認する。時刻は5時半。

 ……5時半!?


「これが初日ってヤバいな」


 これは勉強どころじゃない。家事だけで精一杯だ。そして明日は朝ごはんと弁当の準備。更に3日毎に掃除機を掛けろと親に言われている。つまり日が進むにつれてさらなる地獄が待っている。

 俺を1人にするならせめて機械の使い方くらい説明してくれよ。なんも出来ねぇ

じゃん。


「やべぇ……」


 俺は洗濯機の前で壁に寄りかかって座った。

 ……腹、減ったなぁ。

 飯作らないとだめだ。でもまだ風呂も入ってないし、洗濯もしてない。洗濯、めんどいから明日でいいか。

 

「風呂、入るか」


 一旦落ち着いた方が良いよな。落ち着いたところで、何か解決する訳では無いけど。

 でも、自分の事を1つづつ終わらせれば、少しは余裕が出来るかもしれない。

 家事……甘く見てたな。思った何倍も大変だ。

 諦めて、風呂場の水を抜こうと風呂場の扉を開けた。そして、栓を抜こうとボタンに手を掛けると――突然インターホンが鳴った。

 ……こんな時間に誰だ? 郵便かと思い、俺はインターホンの通話ボタンを押した。

 画面には、きめ細かなショートヘアーが揺れていた。


「武田さん?」


『うん。そうだよ』


「今行く」


 急いで玄関を開けると、門の前で武田さんが小さな鍋を持って立っていた。

 俺は武田さんの姿をみて、少し安心した。


「こんな時間にどうしたの?」

 

「大輔が少し心配で見に来た。どう? 上手くやってる?」


 武田さんは平静を装って、気軽に話しかけている。でも、俺の目を気にしているのが何となくわかった。

 恐らくだが、俺の事を本気で心配してくれているんだ。

 それに、手に持っている小さな鍋。俺が今どんな状況なのかも、全部分かっているのだろう。

 こんな状態で、大丈夫ですなんて言っても、説得力なんてないよな。


「いや、全然。さっきから何も出来てない」


「そっか。だから、そうだと思って持ってきたよ。今日、シチューを作ってて、お裾分けとしてあげる。一緒に食べよ」


 は? 一緒に?


「いや、でもお前のお父さんって」


「大丈夫。私の家で食べるんじゃなくて、大輔の家だから」


 それはもっとダメなのでは?


「でも、その前にやること片付けなきゃね。私に何して欲しい?」


 え、そんなにしてくれるの? 嫌でも頼るのは俺のプライドが……でも、背に腹はかえられぬ。


「そうだな。風呂に入りたい、けどその前に洗濯も」


「うん。じゃあまずは洗濯だね。あ、ごめん手が空いてないから門開けて欲しいな」


「ああ」


 門を開けて、武田さんを家の中へ入れた。

 言ってみると、意外とあっさりしてた。

 それにしても、武田さんを家にあげるのは久しぶりだな。最後に家にいたのはいつ頃だったかな。もう記憶にない。

 家にあがると、武田さんは鍋敷きの上に鍋を置いて、洗濯機のある洗面所に向かった。

  

「洗濯物は?」


「ワイシャツと靴下、あと……いや、それだけ」


 俺の下着、なんて口が裂けても言えない。

 

「それなら明日でもいいような……でも1週間くらいいないんだっけか。了解。じゃあやっておくよ」


 そう言って、慣れた手つきで洗濯機を弄り始めた。

 流石、普段から家事を手伝ってるだけあって頼りになる。


「……よし。これでいいかな。お風呂も沸かしたから、入って良いよ」


 おお、仕事が早いな。


「ありがとう。助かるよ」


「ううん。大輔は受験で大変なんだから、少しでも良いから勉強に集中しなきゃね。だから、どんどん私に頼ってね」


 武田さんは自慢げに笑った。

 なんか、何もかも負けてるな。俺が一般入試の為に勉強している間に、いつの間にか推薦決めてたり、料理とか感じ全般も出来るし、人の為に世話を焼けるし。社会に出ても、上手くやってけそうだよな。武田さんは。

 湯船に浸かって、俺はそんなことをずっと考えていた。

 風呂の外から、何やら声が聞こえてきた。呼びかけているふうではないし、どうやら、武田さんがなにか独り言を言っているようだった。


『そういえば、お風呂入ったら洗濯物出るに決まってるよね。全く、なんでお風呂後にしないのかな……』


 ……え、ちょっと待て。おま、そこにあるのって。

 声を掛けようとするが、なにか言える訳でもない。だって、そこにあるのはさっき来てたジャージと脱いだばっかの下着だ。

 武田さんの影が動いているのが風呂場越しからでもわかった。そして、しゃがんで何かを手に取ったかと思うと。影は立ちつくして動かなくなった。


『あ……。うん、そうだよね。まあ、分かってたけどね』


 なにか呟いてるのが丸聞こえなんだけど。

 そして、立ち尽くしたまんま動こうとしない。

 俺もなんて声を掛けていいか分からず、そのまま時間が過ぎ……だんだんのぼせてきた。

 このまま出れないのはちょっと厳しい。うん、取り敢えず、アピールはしておくか。


「ん゛んっ」


 俺が咳払いをすると、途端にビクッと影が震えた。

 そして、「し、失礼しました……」と小さな声で言って、洗濯機を開け閉めする音が聞こえた。その影はそろ〜っとリビングの方へ戻って行った。

 もしかしなくても……見られたよな、今の感じは。


 くそっ、どんな顔して風呂出ればいいんだよ!!

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