武田さんは超がつくほど世話焼き

いちぞう

第1話

「じゃあ行ってくるわねー」


 俺の両親が、厚手の服を来てキャリーバッグを提げて、玄関のドアを開けた。

 俺は、ただそれを見送ることしか出来なかった。


「はーい。行ってらっしゃーい」


 バタン。

 途端、訪れる静寂。嗚呼、この世は無常だ。

 親は親戚と旅行に行くと、一昨日突然知らされた。俺は受験があるし、集中して勉強したいから、旅行にはついていけなかった。

 そして、もう1人。

 俺には妹がいるのだが、そいつは友達の家に何日家泊まるらしく、昨日からいなくなっている。


「……って言ってる場合じゃないか。俺も学校行かないと」


 時刻は朝の7時10分。家を出るにはまだ少し時間はあるが、弁当の準備が残っている。

 あのババア、弁当作るの忘れやがった。もし最初から言ってくれたらこんな焦らずに済んだものを……。

 俺は冷蔵庫を開けて、適当に冷凍食を取り出した。

 ……面倒臭いなぁ。たかが冷凍食品を温めるだけだが、これがかなり面倒臭い。

 手を抜いた挙句、俺の弁当はスッカスカの空気のような弁当になってしまった。これぞ本当の空弁。航空会社に怒られそうだからやめておこう。


 そんなこんなで支度を終えて、俺は電気ストーブを止めて外へ出た。

 

「あー……寒」


 季節は11月。非常に肌寒い季節だ。少し前までは動きが鈍くなったバッタやカマキリを見かけたのだが、今では音沙汰がない。合掌。

 

「あ、大輔ー。おはよ」


 家の前で、女の子に声を掛けられた。

 武田愛依。俺が幼稚園の頃から高校までずっと一緒で、ひとつ家を挟んだ隣の家に住んでいる。人懐っこい性格がクラスに人気な俺の幼馴染だ。

 家を出る時間がだいたい同じなので、集合時間は特に決めずに、今でも2人で登校している。


「武田さん。おはよう」


 俺が挨拶をすると、武田さんは途端に口を尖らせた。


「ちょっと、いつまで武田さんなの? その他人行儀な呼び方、ちょっと寂しい」


 とは言われても、毎日一緒に登校してるのに、挙句名前で呼び捨てなんかしたら、途端にクラスで面倒な噂になる。

 受験シーズンで勉強に集中したい今、余り余計な事で気を取られたくない。


「2人ならともかく、どこで俺の友達が聞いてるかも分からないだろ。それに、ふとした所で名前呼びしても困るし、それなら統一した方が効率的じゃない?」


「うわ、出た。これだから論理ばっかりの受験脳は……」


 失礼な。


「そういえば、大輔今日元気ないよね。何かあった?」


「今のくだりが超絶面倒くさかった」


「いや、そうじゃなくてさ。なんかいつもと違くて、不安そうというか……」


 ああ、そっちか。

 

「親が旅行に行っちゃって。そんでもって佳奈は友達の家に泊まるって」


「佳奈ちゃんもお兄ちゃんベタの妹って感じだったのにね。ようするに、ひとりぼっちで寂しいと」


「そんな事は言ってないんだけど。ただ、炊事とか家事全般さ、やった事なかったから正直不安なんだよね」


 お金は置いてくれたものの、勉強しないといけないのに外食なんて時間、俺にはない。

 ここからだとレストランまで行くのには車を使わないとかなり面倒臭い。それに出前を買う前提のお金では無いので、そんな事をしたらお金が持たない。

 なので、どう足掻いても自炊は必要不可欠。仮に炊事が何とかなったとしても、毎日着るワイシャツは洗濯しないと足りなくなるから洗濯は必須だし、最終日に下着が足りねぇとかは以ての外だ。それは何としてでも阻止しないといけない。


「あ、じゃあ私の家に来る?」


「武田さんの家のお父さん、妙に過保護で怖いじゃん。俺が泊まりに行ったら間違いなく殺される」


「殺……流石に言い過ぎじゃないかな」


「いいや、言い過ぎなんかじゃないね。俺達が一緒に登校するだけでも神経張り巡らせてるんだろ? 狂人だよ狂人」


「ひ、人の親をなんだと思ってるのかな……」


 ごめん、俺もちょっと言い過ぎた。でも、絶対言い過ぎなんかじゃない。どっちだよって話だけど、マジでそうなんだよ。


「あ、じゃあさ。私がやってあげよっか?」

 

 唐突に、武田さんがそう言った。


「……何を? ああ、ご飯作ってくれるとか?」


 俺は、何を持って言ってるのか分からなかったので、武田さんの表情を伺おうとした。でも、その表情からは何も読み取れない。


「ううん。全部」


「全部って、何を?」


「だから、家事全部」

 

 家事を、全部?


「本当にいいの?」


「うん。もう大学も推薦で決まったし。最初は少し分からないことはあるかもだけど、お母さんの手伝いとかしてるから慣れると思う」


 そういえば、もう指定校推薦で大学決まってたんだっけか。

 いやー、いいですなー。さっさと推薦が決まっていて。お気楽1番だね。


「って、ちょっと待って。流石に悪いよ、わざわざ全部手伝ったって、見返りなんて俺何も出来ないよ」


 俺は慌てて手を振りながら誤魔化した。


「そんなの良いよ。幼馴染でしょ? そんなこといちいち気にしなくても別にいいじゃん。それに、勉強時間も削れちゃうよ? それだったらわたしが手伝った方が……。ほら、私ならもう全部終わってるから」


 全部終わってる。多分、いつもなら何ともない一言と流すはずだったが、この時は何故か上から目線に感じて、俺は張り合おうとしてしまった。


「いや、それは駄目だ。俺ん家のことなんどし俺がやる。武田さんは手伝う必要は無いよ」

 

「うーん。それでも別にいいけど、大丈夫なの?」


「武田さんが気にするような事じゃないよ。全部俺がやるから」


 俺は真っ直ぐ武田さんの目を見て言った。すると、武田さんも何かを感じたようで。心配がっていた表情から変わり、少し驚いてからふわりと笑顔を見せた。


「そっか。じゃあ、頑張ってね。困ったことがあったら、私に連絡して。力になれると思うから」


「うん、まあ、それなりにやるよ」


 たかが家事手伝いだ、そんなに身構えることでもない。世の中そんなことより大変なことがいっぱいある。仕事や災害に比べたらなんてことは無い。

 だから、1週間の家事くらい簡単だ。俺はそう鷹を括っていた。

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